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日常
第七百十三話 ハンバーガー
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一人になると、どうにもいけない。
特に、父さんと母さんが長いこと家にいた後は、よくないな。
「明日の昼飯何にすっかなあ……」
思わず口からこぼれる。そう、寂しいのもそうなのだが、料理をするのがどうにも億劫になってしまうのだ。母さんがいるときは、母さんに甘えてばっかりだもんなあ。弁当作るのも大変だし。
休みの日の昼ご飯。これがまた、厄介だ。外食ばっかりってわけにもいかないしなあ。
「なんだ、飯の心配か?」
「漆原先生は何食べたいです?」
背もたれに身を預けたまま、先生の方を向く。先生はずっと本を読んでいたが、俺が聞くと、しおりをはさんで本を置いた。
「あ、読書中にすみません」
「いや、なに。ちょうど眠くなってきたところだった」
放課後は疲れてどうにもな、と先生は伸びをしながら言った。
「そうだなあ……俺はたいてい、出来合いの物を買ってくるなあ」
「自炊はしないんですか?」
「やる気はあるんだがなあ、追いつかないなあ」
「何がですか?」
「色々な」
まあ、なんとなくその感覚は分かる。なんか作らなきゃなあ、と思いながらも結局だるくて、とりあえず食えるもん買ってくるか、とか、家にあるものでどうにかするか、とか。
そう考えると、母さんもばあちゃんもすげえなあ、と思う。仕事して、家のことして、疲れるだろうに、買い物行って料理作って片付けまでして……俺、まだまだだなあ。
「ん、どうした一条君」
「自分の未熟さを痛感してたところです」
「急にどうした」
と、先生は笑った。
「で、何だったかな。食べたいものか。そうだなあ……ああ、刺し身は良いな。今の時期は特に、火も使わないからなあ」
「刺し身か……」
「レンジで温める総菜もいい。最近は冷凍も豪華になったから楽しいな」
「それは確かに」
冷凍か……洋食プレートとか、おいしいんだよなあ。和食のやつはあんまり食べたことがない。中華とかもあるのかなあ。ああいうのがいっぱい揃っているような店ってないだろうか。
「片付け、終わりました」
「やあ、ご苦労様」
本を片付けていた朝比奈が戻ってくる。朝比奈は先生の言葉に頷くと、カウンターの中に入って来た。
「そうだ、朝比奈君」
「はい?」
「君は明日のお昼、何が食べたいかな?」
にこやかに聞いてくる先生に対し、朝比奈はぱちくりと目を開く。急になんだろう、この人は、と表情が雄弁に語っている。
「明日のお昼ですか……?」
朝比奈は少し考えた後、つぶやくように言った。
「家に用意してあるご飯ですね」
「おっ、いいねえ、準備してあるのか」
「はい。なのであまり、何が食べたいとか、考えたことがないです」
「なるほどなあ……だってさ、一条君」
先生が言うと、朝比奈は俺を振り返った。
「明日のお昼、悩んでるのか?」
「まあなー。作るのしんどくて」
「なるほど、俺にはあまり分からない感覚だが……」
朝比奈は結構はっきり、そういうことを言う。でも、嫌味っぽく聞こえないのはなんでだろう。咲良が言うと、角が立つことも多そうだ。そんなこと言ったら怒られそうだな。
「そういえばこの間、優太に聞いたものがあるんだ」
「百瀬から?」
朝比奈は頷いた。
「スーパーとかの、パンコーナーに売ってるハンバーガー。あれ、おいしいって」
「あー、あれなあ」
漆原先生と声が被る。朝比奈は俺と先生を交互に見た後、俺に視線を向けた。
「知ってるのか」
「ああ、なかなか買わないけどなあ。妙にうまそうに見えるときがある」
「へえ……俺は知らなかった。優太は、休みの日の昼ご飯は、そういうのを食べるって言ってた。安いし、量がちょうどいいんだって」
「確かにな」
そうか、それもいいなあ。
よし、帰りに買って行こう。
黄色い包装紙にでかでかと書かれた『チーズバーガー』の文字。もっといろいろ種類があると思っていたが、やはり人気なのか、これしか残っていなかった。チーズバーガーは特に人気なのか、スペースが広かった。それでも残りわずかだからすごいもんだ。
何とか三つ確保した。オレンジジュースと一緒に、アニメ見ながら食べる。
「いただきます」
レンジでチンしたから熱々だ。パンはふわふわのしなしな、って感じだ。チェーン店のハンバーガーとは全然違う。おいしそう。
んふふ、噛むとパンからふうっと空気が出てくる。なんか、甘い。結構もちもちしているんだなあ。
挟まってる肉は、玉ねぎ多め。香辛料の風味はあまりなく、塩こしょうって感じだ。野菜の甘味も感じられるし、肉の食べ応えもある。あ、メンチカツの中身って感じかな。ちょっとほろほろしてる感じもある。
それにケチャップというシンプルな組み合わせがよく合う。お子様ランチっぽい。
チーズはあまり濃くない。トロッとしたところもあるし、ほろっとしたところもある。程よい風味だから、いいな。癖があまりない。
オレンジジュースは酸味がある。ハンバーガーとよく合うなあ。
少し冷めたハンバーガーも、これはこれでうまい。サンドイッチっぽいなあ、これ。三個なんてあっという間にペロリだ。
それに何より、この明るい包装紙でハンバーガーを食う、っていうのが楽しい。そういえば、自販機で売っていたハンバーガーがこんな感じだったって、父さんと母さんが言ってたなあ。
いろいろ野菜を別に挟んで、アレンジするのもありかもしれない。
次は、他のやつも食べてみたいなあ。
「ごちそうさまでした」
特に、父さんと母さんが長いこと家にいた後は、よくないな。
「明日の昼飯何にすっかなあ……」
思わず口からこぼれる。そう、寂しいのもそうなのだが、料理をするのがどうにも億劫になってしまうのだ。母さんがいるときは、母さんに甘えてばっかりだもんなあ。弁当作るのも大変だし。
休みの日の昼ご飯。これがまた、厄介だ。外食ばっかりってわけにもいかないしなあ。
「なんだ、飯の心配か?」
「漆原先生は何食べたいです?」
背もたれに身を預けたまま、先生の方を向く。先生はずっと本を読んでいたが、俺が聞くと、しおりをはさんで本を置いた。
「あ、読書中にすみません」
「いや、なに。ちょうど眠くなってきたところだった」
放課後は疲れてどうにもな、と先生は伸びをしながら言った。
「そうだなあ……俺はたいてい、出来合いの物を買ってくるなあ」
「自炊はしないんですか?」
「やる気はあるんだがなあ、追いつかないなあ」
「何がですか?」
「色々な」
まあ、なんとなくその感覚は分かる。なんか作らなきゃなあ、と思いながらも結局だるくて、とりあえず食えるもん買ってくるか、とか、家にあるものでどうにかするか、とか。
そう考えると、母さんもばあちゃんもすげえなあ、と思う。仕事して、家のことして、疲れるだろうに、買い物行って料理作って片付けまでして……俺、まだまだだなあ。
「ん、どうした一条君」
「自分の未熟さを痛感してたところです」
「急にどうした」
と、先生は笑った。
「で、何だったかな。食べたいものか。そうだなあ……ああ、刺し身は良いな。今の時期は特に、火も使わないからなあ」
「刺し身か……」
「レンジで温める総菜もいい。最近は冷凍も豪華になったから楽しいな」
「それは確かに」
冷凍か……洋食プレートとか、おいしいんだよなあ。和食のやつはあんまり食べたことがない。中華とかもあるのかなあ。ああいうのがいっぱい揃っているような店ってないだろうか。
「片付け、終わりました」
「やあ、ご苦労様」
本を片付けていた朝比奈が戻ってくる。朝比奈は先生の言葉に頷くと、カウンターの中に入って来た。
「そうだ、朝比奈君」
「はい?」
「君は明日のお昼、何が食べたいかな?」
にこやかに聞いてくる先生に対し、朝比奈はぱちくりと目を開く。急になんだろう、この人は、と表情が雄弁に語っている。
「明日のお昼ですか……?」
朝比奈は少し考えた後、つぶやくように言った。
「家に用意してあるご飯ですね」
「おっ、いいねえ、準備してあるのか」
「はい。なのであまり、何が食べたいとか、考えたことがないです」
「なるほどなあ……だってさ、一条君」
先生が言うと、朝比奈は俺を振り返った。
「明日のお昼、悩んでるのか?」
「まあなー。作るのしんどくて」
「なるほど、俺にはあまり分からない感覚だが……」
朝比奈は結構はっきり、そういうことを言う。でも、嫌味っぽく聞こえないのはなんでだろう。咲良が言うと、角が立つことも多そうだ。そんなこと言ったら怒られそうだな。
「そういえばこの間、優太に聞いたものがあるんだ」
「百瀬から?」
朝比奈は頷いた。
「スーパーとかの、パンコーナーに売ってるハンバーガー。あれ、おいしいって」
「あー、あれなあ」
漆原先生と声が被る。朝比奈は俺と先生を交互に見た後、俺に視線を向けた。
「知ってるのか」
「ああ、なかなか買わないけどなあ。妙にうまそうに見えるときがある」
「へえ……俺は知らなかった。優太は、休みの日の昼ご飯は、そういうのを食べるって言ってた。安いし、量がちょうどいいんだって」
「確かにな」
そうか、それもいいなあ。
よし、帰りに買って行こう。
黄色い包装紙にでかでかと書かれた『チーズバーガー』の文字。もっといろいろ種類があると思っていたが、やはり人気なのか、これしか残っていなかった。チーズバーガーは特に人気なのか、スペースが広かった。それでも残りわずかだからすごいもんだ。
何とか三つ確保した。オレンジジュースと一緒に、アニメ見ながら食べる。
「いただきます」
レンジでチンしたから熱々だ。パンはふわふわのしなしな、って感じだ。チェーン店のハンバーガーとは全然違う。おいしそう。
んふふ、噛むとパンからふうっと空気が出てくる。なんか、甘い。結構もちもちしているんだなあ。
挟まってる肉は、玉ねぎ多め。香辛料の風味はあまりなく、塩こしょうって感じだ。野菜の甘味も感じられるし、肉の食べ応えもある。あ、メンチカツの中身って感じかな。ちょっとほろほろしてる感じもある。
それにケチャップというシンプルな組み合わせがよく合う。お子様ランチっぽい。
チーズはあまり濃くない。トロッとしたところもあるし、ほろっとしたところもある。程よい風味だから、いいな。癖があまりない。
オレンジジュースは酸味がある。ハンバーガーとよく合うなあ。
少し冷めたハンバーガーも、これはこれでうまい。サンドイッチっぽいなあ、これ。三個なんてあっという間にペロリだ。
それに何より、この明るい包装紙でハンバーガーを食う、っていうのが楽しい。そういえば、自販機で売っていたハンバーガーがこんな感じだったって、父さんと母さんが言ってたなあ。
いろいろ野菜を別に挟んで、アレンジするのもありかもしれない。
次は、他のやつも食べてみたいなあ。
「ごちそうさまでした」
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