一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 井上咲良のつまみ食い⑩

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「ふあ~ぁ……」
 今日もいつも通り、眠い。靴を履くのすら億劫だ。
「いってきまーす」
 薄暗いような、明るいような、微妙な天気。こういう天気の日ってしんどいんだよなあ。いつも以上に学校がめんどいというか、さぼってやろうかなとさえ思う。あんまりだるくて、傘も持ってこなかった。
「はあー……」
 まだ人が少ないバス停で待つ。この待っている間すらだるい。出るのはため息ばかりだ。年に何度かやってくる、色々だだ下がりな日である。
「なんだ、朝から辛気臭いな」
「あ? ……なんだ、菜々世か」
「感じ悪っ」
 誰かと思えば、見知った顔がケラケラ笑ってやがる。
「急に話しかけられたらそりゃ警戒するっての」
「友達の声ぐらい聞き分けろよ」
 菜々世はスマホを取り出し、操作しながら言う。
「今日はそんな元気ねーよ」
「こんな天気だもんなあ」
「お前は朝から元気そうでいいな」
「寝起きはいい方なんで」
 ずんずんと重たい雲が迫ってくる空。傘持ってくればよかったかなあ。菜々世は……もって来てんなあ。
「そーいやさ、お前らんとこの文化祭どうだった?」
 菜々世はスマホを見ながら聞いてきた。
「なんか、二日に渡ってやったんだろ? 盛り上がった?」
「まー……いつもよりは」
「感動少ないなあ」
「部活は楽しかったけど、疲れたし」
「ま、そんなもんだよな」
 あ、バス来た。今日は座れそうだ。
 一番後ろの席の窓際に座る。菜々世は同じ学校の知り合いを見つけたみたいで、そっちに行ってしまった。
「さて……」
 音楽でも聞くか……あ、忘れてきてる。あれー、いれっぱにしてるはずなんだけど……そういや充電してたな。そのまんまにして忘れちまったか。
「ちぇ」
 こうなると途端に暇になる。外でも眺めているしかない。スマホ……は、充電がもったいないし、外で使うとすぐ通信制限くらうし。
「はあぁ」
 今日何度目かのため息をついた時、雨が降り出してきた。こりゃ、夕方には本降りになるだろうなあ。

 ほら、予想通り。帰りのホームルームが終わる頃にはすっかり大降りだ。
「げー……まあ、帰るだけだし。走ればいっかぁ」
 教室を出ようとしたところで、誰かと鉢合わせる。なじみ深いこの身長差。
「っと、あぶねえ」
「あれえ、春都じゃん。どしたの、こっち来んの珍しいね」
「まあ、お前のおかげでな」
 ん、と春都が差し出してきたのは俺の英単語帳だった。
「さっき来た時、俺の机に置きっぱにしてっただろ」
「ありゃそうだっけ? ありがとなあ」
 ロッカーに入れて帰ろう。ふと見上げると、春都が怪訝そうにこっちを見ていた。
「どうした?」
「……いや」
「あ、明日は英単語テスト無いから、置いて帰ってもいいんだぜ」
「そうか」
 春都と連れ立って、賑わい始めた廊下を昇降口に向かって行く。運動部が準備を始めている頃だ。とっとと帰ろう。
「ちょっと待て、お前、傘は?」
「忘れたー。走ろうかなーと思って」
「お前なあ」
 春都は呆れたようにため息をついた。そんで、傘を突き出してきた。
「へ?」
「お前、これ使え。俺は折りたたみあるから」
「えー、いいよ」
「いつもは遠慮ねぇくせに、こういう時はしおらしいんだな、お前」
 使っとけ、と春都は言うと、とっとと折り畳み傘を広げてしまった。どうしたものかと考えていると、春都はいつもの調子で言った。
「大丈夫だ。行きがけならまだしも、帰ってしまえば折り畳み傘はどうにでもできる」
「……へへっ、そっか。春都、片づけるの下手そうだもんなあ」
「うるせぇ」
 悪態をつきながらも、春都は笑っていた。
 あ、空。少しだけ日が差してきた。雨はまだ当分降り続きそうだが、少しだけ気分は晴れやかだった。

 なんとなく傘を閉じるのがもったいない気がして、いつものバス停より少し遠い方に行く。時間はまだまだ十分にある。
 その途中、コンビニでアメリカンドッグを買った。なんだか無性に腹が減った。
「いただきます」
 食べ歩き、先生に見つかったらどやされそうだなあ。ま、いっか。ケチャップとマスタードをこぼさないようにしないとな。
 あー、香ばしくて甘い生地。これこれ、アメリカンドッグはこうじゃなきゃ。ほーせーじにたどり着くまでのこの分厚い生地の部分、割と好きなんだよなあ。ホットケーキみたいで、ドーナツにも似ていて、でもやっぱり、アメリカンドッグなんだ。
 ケチャップは甘くて、マスタードはちょっとすっぱい。あんま辛くないからと油断していたら、ひりひりするから気を付けよう。
 ソーセージは魚肉ソーセージに似ているといつも思う。あんま、肉っぽくない。でもこのあっさりした感じが合うんだよなー。
 これって、ケチャップとマスタード、中に入れたらどうだろう。食べ歩きしやすいんじゃ? あ、すげー春都に言いたい。
 カリカリのところをかじりながら、メッセージを送る。あいつはそろそろ家に帰りついた頃かな。お、既読ついた。
『急にどうした』
『いや、今食ってて思ったから』
『まあ……食べやすそうではある』
 ふふ、乗ってくれた。お、続くのか。
『でも、ソーセージに入れるのか? それとも生地の間? 揚げにくそうだし、違う問題出てきそう』
「へへ」
 真剣にメッセージを打つ春都が想像できて、思わず笑ってしまう。
 帰りのバスの中は、退屈しなさそうだ。

「ごちそうさまでした」
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