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日常
第七百四話 麻婆豆腐
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今日は朝から、しとしとと冷たい雨が降っている。空気はひんやりとして、少し湿っぽい。
「めんどくさいなあ……」
こういう天気の日に学校行くの、嫌なんだよなあ。休みの日だったら十中八九家に引きこもるな。ゲームしたり、音楽聞いたり、動画見たり……ああ、いいなあ。
ま、現実逃避はこれくらいにして。行くとしますか。
「は~……行ってきます」
「大きいため息」
そう言って母さんは笑い、笠を差し出した。
「気を付けて行ってらっしゃい」
「車が多いだろうからな。気を付けるんだぞ」
「わうっ」
「はーい。行ってきまーす」
吹き込んでくるようなことはないが、淡々と降り続く雨である。これは長く降りそうだ。帰りも降ってんだろうなあ。
こういう雨の日は、校舎内もどこか薄暗い。電気はついているが、まるで夜みたいだ。廊下もなんか濡れてるし、ロッカーはひんやりして結露っぽいのができている。
夕方にもなれば、その暗さは増し、すっかり夜そのものだ。せっかく日が長くなったというのになあ。
「教科書がしんなりしている……」
「あ、一条だ」
「ん? おー、朝比奈」
いつもより五割り増しで重そうな髪をした朝比奈が、教室の方からやってくる。
「今日図書館当番だっけ、朝比奈」
「ああ」
「俺も図書館行こう。返す本があるんだ」
渡り廊下を行く途中、風が吹いたのか、雨が窓にざあっと当たった。朝比奈は外に視線を向ける。
「帰りまでに止むといいけど……」
「そうだな」
多分、今日は一日降り続くだろう。
雨の日の放課後は、校舎内がいつにも増して騒がしい。外で練習ができない部活の部員たちがひしめいているからだ。野球部、サッカー部、陸上部にテニス部……賑やかすぎる。図書館の前まで人がひしめいてるぞ。
合間に、吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。これはいつもの通りだ。しかし、それがまた、この喧騒を増長させている。
「雨の日の放課後は、相変わらず騒がしいなあ」
そう言うと、朝比奈は頷き、「図書館の中まで地響きしてるよ」と真面目な顔で言った。
「地響きって。まあ、言いたいことは分かるけど」
これは、とっとと帰るか、時間を置いて帰るかしないと、昇降口までたどり着けないかもしれないな。とっとと返して、とっとと帰ろう。
陸上部が走り込みを始める寸前だった一年生の廊下を通り過ぎ、昇降口の軒先で野球部が素振りしているところをかいくぐり、柔道部と卓球部と剣道部が活動をしている体育館の一階と、バスケ部とバレー部が練習している二階から聞こえてくるいろんな音をBGMに、帰路につく。
傘という荷物が一つ増えた状態で、いつも以上に帰りにくいコースである。しかし、校門を出てしまえばこっちのもんだ。
「明日は晴れるといいなあ」
そんなつぶやきも、雨の音にかき消されてしまう。
小学生の送迎の車も多い。幼稚園はすっかり静かだ。おっ、レインコート集団。ランドセルを背負っている部分が大きく膨らんで、なんともアンバランスなフォルムが小学生っぽい。
中学生は、カッパ着て自転車乗って大変だなあ。あ、それは高校生になってもそうか。雨の日って、登下校面倒だよなあ。
雨の日って薄暗いから、余計に気分が萎えるし……
「……あ」
自分ちが見えてきて、ふと見上げると、うちの部屋にこうこうと明かりがついているのが目に入る。
そっか、今、父さんと母さんがいるのか。
いつも通り真っ暗な窓を想像祖いていたから、少しびっくりしてしまった。そうだよな、こんだけ薄暗いと部屋も暗いだろうし、人がいるならそりゃ、つけるよな。
「ただいま~」
廊下から居間につながる扉を開ける。
ほんのりオレンジ色の光、外よりも少し温かい部屋、台所からはお湯が沸ける音がしていて、テレビの音が賑やかだ。
「おかえり。お疲れ様」
「おかえり」
「わう!」
「……うん、ただいま」
なんだかそれがすごくまぶしい気がして、緩む頬をごまかすために、目を細める。
胸のあたりがきゅうってなって、涙が出そうになるのを必死でこらえた。
風呂から上がると、何やらスパイシーな香りがした。このスパイシーさはカレーではなく、唐辛子か。
「ちょうどできてるよ。食べよう」
おっ、麻婆豆腐だ。いいなあ。
「今日はちゃんと豆腐茹でたから、おいしいと思うよ~」
「豆腐を茹でると、おいしくなるのか?」
そう聞くのは父さんだ。母さんは頷いた。
「そうよ。水分が抜けてね」
「へぇ」
俺もそれは分かっているし、作り方の手順にも載っているが、やったことはあまりない。ひと手間だもんなあ。
「いただきます」
大皿にたっぷりと盛られた麻婆豆腐。豆腐はフルフルと揺れ、オレンジ色の油がキラッと光る。
まろやかな口当たり、次いでやってくる辛さ。確かに辛いが、痛いとか食べられないほどのものではない。淡白な豆腐と豚バラ肉に合う、程よい辛さだ。
肉は、豚バラ肉を細かく切ったものだ。脂がジューシーで、肉のところはうま味が凝縮している。ひき肉のやつとか、鶏肉でもうまいんだけど、中華料理にはなんとなく豚肉が合う気がする。
豆腐が確かに、いつもと違う。水分が抜けているというのがよく分かるな。水っぽくない分、味も濃いし豆腐独特のにおいがないというか……豆腐の味は確かに分かるんだけど、麻婆豆腐としての味付けによくなじんでいる。
これをご飯にかけてかきこむのが好きだ。飯食ってるって実感できる。
ほろほろと崩れるごはん。噛みしめると甘さが滲み出してきて、麻婆豆腐の辛さとよく合うんだ。本格的な中華だとこうはいかなのだろうか。うまいんだよなあ、この食い方。
最後までしっかり、ご飯でからめとって食べる。ちょっとご飯の割合が多めになって、辛さは薄まる。
ここまで食ってこそ、麻婆豆腐である。はあ、うまかった。
「ごちそうさまでした」
「めんどくさいなあ……」
こういう天気の日に学校行くの、嫌なんだよなあ。休みの日だったら十中八九家に引きこもるな。ゲームしたり、音楽聞いたり、動画見たり……ああ、いいなあ。
ま、現実逃避はこれくらいにして。行くとしますか。
「は~……行ってきます」
「大きいため息」
そう言って母さんは笑い、笠を差し出した。
「気を付けて行ってらっしゃい」
「車が多いだろうからな。気を付けるんだぞ」
「わうっ」
「はーい。行ってきまーす」
吹き込んでくるようなことはないが、淡々と降り続く雨である。これは長く降りそうだ。帰りも降ってんだろうなあ。
こういう雨の日は、校舎内もどこか薄暗い。電気はついているが、まるで夜みたいだ。廊下もなんか濡れてるし、ロッカーはひんやりして結露っぽいのができている。
夕方にもなれば、その暗さは増し、すっかり夜そのものだ。せっかく日が長くなったというのになあ。
「教科書がしんなりしている……」
「あ、一条だ」
「ん? おー、朝比奈」
いつもより五割り増しで重そうな髪をした朝比奈が、教室の方からやってくる。
「今日図書館当番だっけ、朝比奈」
「ああ」
「俺も図書館行こう。返す本があるんだ」
渡り廊下を行く途中、風が吹いたのか、雨が窓にざあっと当たった。朝比奈は外に視線を向ける。
「帰りまでに止むといいけど……」
「そうだな」
多分、今日は一日降り続くだろう。
雨の日の放課後は、校舎内がいつにも増して騒がしい。外で練習ができない部活の部員たちがひしめいているからだ。野球部、サッカー部、陸上部にテニス部……賑やかすぎる。図書館の前まで人がひしめいてるぞ。
合間に、吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。これはいつもの通りだ。しかし、それがまた、この喧騒を増長させている。
「雨の日の放課後は、相変わらず騒がしいなあ」
そう言うと、朝比奈は頷き、「図書館の中まで地響きしてるよ」と真面目な顔で言った。
「地響きって。まあ、言いたいことは分かるけど」
これは、とっとと帰るか、時間を置いて帰るかしないと、昇降口までたどり着けないかもしれないな。とっとと返して、とっとと帰ろう。
陸上部が走り込みを始める寸前だった一年生の廊下を通り過ぎ、昇降口の軒先で野球部が素振りしているところをかいくぐり、柔道部と卓球部と剣道部が活動をしている体育館の一階と、バスケ部とバレー部が練習している二階から聞こえてくるいろんな音をBGMに、帰路につく。
傘という荷物が一つ増えた状態で、いつも以上に帰りにくいコースである。しかし、校門を出てしまえばこっちのもんだ。
「明日は晴れるといいなあ」
そんなつぶやきも、雨の音にかき消されてしまう。
小学生の送迎の車も多い。幼稚園はすっかり静かだ。おっ、レインコート集団。ランドセルを背負っている部分が大きく膨らんで、なんともアンバランスなフォルムが小学生っぽい。
中学生は、カッパ着て自転車乗って大変だなあ。あ、それは高校生になってもそうか。雨の日って、登下校面倒だよなあ。
雨の日って薄暗いから、余計に気分が萎えるし……
「……あ」
自分ちが見えてきて、ふと見上げると、うちの部屋にこうこうと明かりがついているのが目に入る。
そっか、今、父さんと母さんがいるのか。
いつも通り真っ暗な窓を想像祖いていたから、少しびっくりしてしまった。そうだよな、こんだけ薄暗いと部屋も暗いだろうし、人がいるならそりゃ、つけるよな。
「ただいま~」
廊下から居間につながる扉を開ける。
ほんのりオレンジ色の光、外よりも少し温かい部屋、台所からはお湯が沸ける音がしていて、テレビの音が賑やかだ。
「おかえり。お疲れ様」
「おかえり」
「わう!」
「……うん、ただいま」
なんだかそれがすごくまぶしい気がして、緩む頬をごまかすために、目を細める。
胸のあたりがきゅうってなって、涙が出そうになるのを必死でこらえた。
風呂から上がると、何やらスパイシーな香りがした。このスパイシーさはカレーではなく、唐辛子か。
「ちょうどできてるよ。食べよう」
おっ、麻婆豆腐だ。いいなあ。
「今日はちゃんと豆腐茹でたから、おいしいと思うよ~」
「豆腐を茹でると、おいしくなるのか?」
そう聞くのは父さんだ。母さんは頷いた。
「そうよ。水分が抜けてね」
「へぇ」
俺もそれは分かっているし、作り方の手順にも載っているが、やったことはあまりない。ひと手間だもんなあ。
「いただきます」
大皿にたっぷりと盛られた麻婆豆腐。豆腐はフルフルと揺れ、オレンジ色の油がキラッと光る。
まろやかな口当たり、次いでやってくる辛さ。確かに辛いが、痛いとか食べられないほどのものではない。淡白な豆腐と豚バラ肉に合う、程よい辛さだ。
肉は、豚バラ肉を細かく切ったものだ。脂がジューシーで、肉のところはうま味が凝縮している。ひき肉のやつとか、鶏肉でもうまいんだけど、中華料理にはなんとなく豚肉が合う気がする。
豆腐が確かに、いつもと違う。水分が抜けているというのがよく分かるな。水っぽくない分、味も濃いし豆腐独特のにおいがないというか……豆腐の味は確かに分かるんだけど、麻婆豆腐としての味付けによくなじんでいる。
これをご飯にかけてかきこむのが好きだ。飯食ってるって実感できる。
ほろほろと崩れるごはん。噛みしめると甘さが滲み出してきて、麻婆豆腐の辛さとよく合うんだ。本格的な中華だとこうはいかなのだろうか。うまいんだよなあ、この食い方。
最後までしっかり、ご飯でからめとって食べる。ちょっとご飯の割合が多めになって、辛さは薄まる。
ここまで食ってこそ、麻婆豆腐である。はあ、うまかった。
「ごちそうさまでした」
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