一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百八十一話 総菜パン

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 久々にバスに乗って、やってきたのは咲良の住む町。なかなかの田舎町で、結構時間がかかるが、空気がよくて気持ちのいい場所だ。色々な果物が有名で、ところどころに果物の形をした置物や看板がある。
「……行くか」
 数日前から、部活は休みに入っている。文化祭の準備で忘れかけているやつもいたが、文化祭の前に一大イベントが待っている。
 中間テストだ。
 そんで咲良は、すっかり忘れていた奴の一人である。おかげで、勉強を教えてくれと泣きつかれたというわけだ。
 そういうわけで今日は咲良の家に連行され……もとい、お呼ばれしたのだ。
「なんか手土産買ってった方がいいか」
 確か、橘と青井も来るんだったよな。何にしようかなあ。てか、手土産を買えるようなお店が……
 なんか、おしゃれな店しかない。えー、何がいいんだろう。あ、この店、知ってる。
 香ばしい小麦の香りが漂う、おしゃれなパン屋。雑誌やテレビで何回か見た。小ぢんまりとした店で、奥の方はイートインになっている。何人か、お客さんがいるみたいだ。
 何を買おうか。おや、カレーパンは揚げたてか。ソーセージパンにパニーニ、この葉っぱみたいなやつはベーコンエピとかいうやつだ。あとは明太フランスにオニオンチーズマヨ、四種のチーズ、スイーツ系のパン。
 これ、家に持って帰る分も買っとこう。
 朝日が差し込む店内は小麦の香りで満ち、甘く香ばしい空気である。ふわりと鼻をかすめるのはイートインスペースから漂うコーヒーや紅茶の香り。いつかここで食べてみたいな。
 えっ、イートイン限定商品とかあるんだ。これはますます気になる。
 ……っと、こんなことをしている場合ではない。そろそろ約束の時間だ。
 店のロゴが印刷された、茶色の紙袋いっぱいにパンを詰めてもらう。その様子さえおしゃれである。
 でっかいフランスパンに少し後ろ髪をひかれながら、店を出た。
 さて、咲良の家はどっちだっけ。

「あー、もう分かんねえ。休憩にしようぜー」
 勉強を始めてしばらくして、咲良は大の字に寝転がってしまった。こいつにしてはもった方か。
「お前な、教えてもらいたいって言ったのは自分だろ。態度ってもんがあるだろ」
「だって、分かんねぇもんは分かんねぇの」
「後輩もいるってのに」
「別に今更取り繕ってもねぇ」
 ああ言えばこう言う。口ばっかりは達者だ。
「あの、い、一条先輩」
「ん? どうした、青井」
「教えてもらいたいところがあって……」
「いいぞ、どこだ?」
 隣に座る青井は、少し近寄って来てノートを広げた。英語か。
「文法がよく分かんなくて」
「うんうん」
「ねー、井上先輩は何か教えてくれないんですか?」
 と、橘が言う。咲良は寝転がったまま手を挙げてひらひらと振り、「俺は、教わる専門です~」と言った。
「丸暗記するのは限界があるから、ここは、こういうふうに……」
「なるほど、法則みたいなのがあるんですね」
「そうそう。その法則を一つ覚えとくだけで楽だぞ。で、例外はいくつもないから、それだけ暗記すればいい」
「分かりました」
 一通り説明を終えたところで、咲良が起き上がる。そろそろやる気を出したか?
「よし、休憩にしよう」
 違った。
 でも、腹が減ってきたのは確かだ。
「春都が買って来てくれたパン食おうぜー」
「いいですねえ、みんなで分けましょう」
 橘が言ったので、咲良は意気揚々と台所に行くと、パン切りナイフを持ってきた。俺が一緒に買ってきた牛乳も持って来ている。
「あ、僕切りますね」
 手際よく、サクサクと、橘がパンを等分していく。おお、うまい。パンって、うまく切れないと、引きちぎっちゃうんだよな。俺がそうだ。
「はい、できました~」
「ありがとな」
「いえ!」
 カレーパンにパニーニ、オニオンチーズマヨ、ベーコンエピ、そんで甘いパンはシナモンロール。実に豪華だ。
「いただきます」
 まずはカレーパンから。
 こんがりといい色をしている表面、真っ白な中身には、スパイシーなカレーが詰まっている。サクッとした食感と餅っとした食感の両方が楽しめるのが好きだ。野菜たっぷりのカレーだから、思ったよりも濃すぎない。
 パニーニって、なんか買っちゃうんだよなあ。コッペパンみたいな形のパンを平たーくした白いパン、中にはトマトとチーズと玉ねぎとバジル。おしゃれを詰め込んだような見た目をしている。
 カリッと歯ごたえの後、トマトの水分と甘みがあふれ出す。バジルの風味がよく合う。玉ねぎは薄く、チーズは濃い。
 パニーニって、結構腹いっぱいになる。
 オニオンチーズマヨって、いたる所にある気がする。そして、それぞれで結構特徴がある。パンの感じにしても、のっている具材にしても。
 ここのは、つやっとした表面で、ふわふわとしたパンだ。まんべんなくマヨネーズが塗られ、パラパラと散る玉ねぎとベーコン、そしてこんがりチーズ。
 火を通したマヨネーズは、ほんの少しすっぱい。つやっとしたパンの表面は不思議な食感だ。ふわふわのパンにマヨネーズの油が染み、チーズのこってり感と相まってうまい。底に爽やかな玉ねぎと塩気のあるベーコンがあるから、バランスがちょうどいい。
 そしてこういうパンには、牛乳が合う。パックの牛乳とパンって、テンション上がるよなあ。
「テスト終わったら、もーすぐ文化祭だよなあ」
 そう言って、咲良はカレーパンをほおばり牛乳を飲む。
「外部の客って、今年は多いんかな」
「かもなあ」
 ベーコンエピは、買ってきたパンの中で一番歯ごたえがある。こういうパン、俺、好きだな。あっさりしている、という表現は正しいか分からないが、パンそのものに油っ気がなくシンプルで、ベーコンがその分、際立つ。
 野菜スープとかと一緒に食ったらうまそうだ。
「結構町で見ますよね、文化祭のポスター」
 と、青井が言う。
「あ、そう?」
「はい」
「ネットでも上がってますしねぇ」
 橘はそう言いながら、シナモンロールに手を伸ばす。あ、俺も食おう。
 表面にアイシングがかかっていて、見た目からしておしゃれだ。すでにシナモンの香りが漂ってくる。
 独特のこの風味は、苦手だという人も多い。自分が好きだからつい何も考えず買ってきたが、みんな好きでよかった。
 んー、甘い。でも、歯が溶けるような甘さではない。シナモンの香りは少しスパイシーだから、ピリッと引き締まる。でも、やっぱり甘さが後から染み出してくる。アイシングのシャリシャリが面白い。
 お土産にも買っといてよかった。
「さて、食ったら昼寝だな!」
 と、咲良が楽しそうに言う。
「一休みだぞ、一休み」
 釘をさしておかないと、いつまでもだらけてしまいそうだ。
 テスト明け、また買いに来ようかな。その時は別のパンも、あるのだろうか。
 楽しみがまた、一つ増えた。

「ごちそうさまでした」
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