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日常
第六百七十四話 ばあちゃん飯
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文化祭の準備が始まって、すっかり疲れてしまった。それなのに土曜課外はある。いやはや、学校ってのは容赦がない。
「連休かあ。どーしよかなあ」
休み時間の教室で、移動教室途中に立ち寄ったらしい咲良が言った。ずいぶんとのんびりしているな。
「春都、なんか予定ある?」
「何も」
「だよなあ。連休中に大それた予定があるやつの方が少ないって」
「そうだよ~」
と、話に加わってきたのは山崎だ。
「俺も、ちょっと街に遊び行くくらいだもん」
しかし、山崎が言った街というのは、俺からしてみれば十分と大それた場所である。連休どころか、もっと長い長期休みに行くか行かないかというくらいだ。というか、よっぽどの用事でもない限り、ふらっと思い付きで行くような場所ではない。
「人多そうだな」
「まあねー、でも、どこも行かないってのも、もったいないじゃん?」
「そうか?」
「ま、俺は家でアンデスの相手するか~」
咲良は教科書を持ち直すと、大きく一つあくびをして言った。
「平日はのんびりできないからな~」
「だいぶ大きくなっただろ」
「なったなった」
俺も、うめずと散歩に行こうかな。普段はじいちゃんやばあちゃんに任せっきりだもんな。でも、構う元気が俺にあるだろうか。
何かを期待するようなうめずの声が、聞こえたような気がした。
ちょっとした決意もむなしく、下校する頃にはもうすっかりくたびれ果ててしまって、連休中はもうずっと家に引きこもっていようかと思ってしまう。
「週明けの予習と、提出物と……」
エレベーターの中で指折り、やらなければならないことを考える。結構いろいろやらないといけないなあ。あ、放送部でどっか行くのも来週だっけ。歴史資料館、だったか。それをもとに何か書けって……なあ。
「はあ」
いろいろ、やらなければいけないことは多い。
「ただいまー」
扉を開けると、そこにはばあちゃんが立っていた。エプロンを着て、頭には三角巾をしている。手には空になった洗濯かごが握られていた。
「おかえり」
「あ、ばあちゃん」
「洗濯物を干してたら、ちょうど、春都が帰って来てるのが見えたの」
「そっか」
「わふっ」
「うめずも、お迎えしてくれたんだな」
寒の戻りで少し寒い外から、暖かな室内に入る。台所から聞こえる調理音と明るい室内、揺れる洗濯物、清潔な洗剤の香り。
自分一人の時とは少しだけ違う空気に、心が緩むのを感じた。
「お昼は?」
「まだ」
「準備するから、その間に着替えておいで」
窮屈な制服からジャージに着替える昼下がり。解放感がすごい。
昼飯は適当に、と思っていたから、ばあちゃんのご飯が食べられるのはとてもうれしい。鶏そぼろと小松菜を炒めたものをご飯にのせて、付け合わせはきゅうりの塩もみ。
「味が足りなければ、醤油かけてね」
「はーい、いただきます」
そぼろはご飯と混ぜながら食べるのがいい。というか、無意識にそうしてしまう。うまいこと箸ですくって、口に運ぶ。ぽろぽろとしたそぼろは、塩こしょうでシンプルに味付けがされていて、脂っこくなくてうまい。小松菜はみずみずしく、鶏肉とよく合う。
キュウリの塩もみは、夏っぽい味だ。しんなりとしながらもポリッといい食感のきゅうりは、程よい塩加減。ここに、少しだけ醤油を垂らすと、香ばしくていい。
「お昼食べながら聞くのも何だけど」
と、ばあちゃんが冷蔵庫の中身を見ながら聞いてくる。
「夜ご飯は何が食べたい?」
「夜か……」
何がいいだろう。ばあちゃんが作るご飯はどれもおいしいから、悩む。でも、やっぱりあれかなあ。
「豚の天ぷら」
「好きねぇ」
分かった、とばあちゃんは笑った。
うまい飯が待っているのであれば、気がかりなことは済ませておくに限る。とっとと課題を終わらせてしまおう。
「ごちそうさまでした」
さて、思ったより早々に課題が片付いたので、何をしよう。なんて、悩むことはない。ばあちゃんが準備してくれた風呂に入り、晩飯ができるまでの間、ゲームをして待つ。少し明るい時間に入る風呂も、良い匂いを感じながらするゲームも、全部が、いい。
「そろそろできるよー」
「はーい」
ゲームを充電器に繋ぎ、席に着く。
揚げたての豚の天ぷらにサツマイモの天ぷら、揚げのみそ汁、ご飯。うまそう。
「いただきます」
やっぱりまずは、豚肉から。
……ん~、これこれ。ザクッとした食感でスナックっぽいと思いきや、しっかりとした肉の歯触りと脂身のジューシーさがある。うっすらとまとうふわふわの衣がまた、これぞ豚肉の天ぷらって感じだ。
そして何より、にんにく醤油。にんにくの風味と醤油の加減が、絶妙なんだなあ。この塩梅はばあちゃんにしかできない。
サツマイモの天ぷらは、ばあちゃんが揚げ物をするとき、決まって出てくる。
少々薄めのサツマイモは甘く、ほくほくとしている。厚めこそ最強、と思っていた時もあったが、薄切りって、ちょうどいい。
「どう? 味足りなくない?」
「んーん、うまい」
「そう」
揚げのみそ汁って、うま味があるよなあ。シンプルに、短冊切りの揚げと小口切りのネギが入ったやつだけど、妙にうまいんだ。
揚げからジュワッと出汁があふれる感じは、他じゃなかなか味わえない。
千切りキャベツにはマヨネーズを。うん、すっきり。あ、そうだ。豚肉の天ぷらにもつけてみよう。
やっぱり、合う。まったりまろやかな口当たりと、程よい塩気が加わってうまい。
ちょっと醤油を垂らすのもいいんだよなあ。少ししんなりしてきたところもうまい。要は、どう食ってもうまいということだ。
サツマイモの天ぷらは、みそ汁に浸してもうまい。ジュワジュワのぷわぷわに出汁を吸って、何ともいえない食感になる。そして、いもはみそと相性がいい。
こりゃ、明日まで残りそうなぐらい山盛りだ。一日経った天ぷらを温め直して食うのも、好きなんだよなあ。
これは幸先がいい。素晴らしい連休になりそうだ。
「ごちそうさまでした」
「連休かあ。どーしよかなあ」
休み時間の教室で、移動教室途中に立ち寄ったらしい咲良が言った。ずいぶんとのんびりしているな。
「春都、なんか予定ある?」
「何も」
「だよなあ。連休中に大それた予定があるやつの方が少ないって」
「そうだよ~」
と、話に加わってきたのは山崎だ。
「俺も、ちょっと街に遊び行くくらいだもん」
しかし、山崎が言った街というのは、俺からしてみれば十分と大それた場所である。連休どころか、もっと長い長期休みに行くか行かないかというくらいだ。というか、よっぽどの用事でもない限り、ふらっと思い付きで行くような場所ではない。
「人多そうだな」
「まあねー、でも、どこも行かないってのも、もったいないじゃん?」
「そうか?」
「ま、俺は家でアンデスの相手するか~」
咲良は教科書を持ち直すと、大きく一つあくびをして言った。
「平日はのんびりできないからな~」
「だいぶ大きくなっただろ」
「なったなった」
俺も、うめずと散歩に行こうかな。普段はじいちゃんやばあちゃんに任せっきりだもんな。でも、構う元気が俺にあるだろうか。
何かを期待するようなうめずの声が、聞こえたような気がした。
ちょっとした決意もむなしく、下校する頃にはもうすっかりくたびれ果ててしまって、連休中はもうずっと家に引きこもっていようかと思ってしまう。
「週明けの予習と、提出物と……」
エレベーターの中で指折り、やらなければならないことを考える。結構いろいろやらないといけないなあ。あ、放送部でどっか行くのも来週だっけ。歴史資料館、だったか。それをもとに何か書けって……なあ。
「はあ」
いろいろ、やらなければいけないことは多い。
「ただいまー」
扉を開けると、そこにはばあちゃんが立っていた。エプロンを着て、頭には三角巾をしている。手には空になった洗濯かごが握られていた。
「おかえり」
「あ、ばあちゃん」
「洗濯物を干してたら、ちょうど、春都が帰って来てるのが見えたの」
「そっか」
「わふっ」
「うめずも、お迎えしてくれたんだな」
寒の戻りで少し寒い外から、暖かな室内に入る。台所から聞こえる調理音と明るい室内、揺れる洗濯物、清潔な洗剤の香り。
自分一人の時とは少しだけ違う空気に、心が緩むのを感じた。
「お昼は?」
「まだ」
「準備するから、その間に着替えておいで」
窮屈な制服からジャージに着替える昼下がり。解放感がすごい。
昼飯は適当に、と思っていたから、ばあちゃんのご飯が食べられるのはとてもうれしい。鶏そぼろと小松菜を炒めたものをご飯にのせて、付け合わせはきゅうりの塩もみ。
「味が足りなければ、醤油かけてね」
「はーい、いただきます」
そぼろはご飯と混ぜながら食べるのがいい。というか、無意識にそうしてしまう。うまいこと箸ですくって、口に運ぶ。ぽろぽろとしたそぼろは、塩こしょうでシンプルに味付けがされていて、脂っこくなくてうまい。小松菜はみずみずしく、鶏肉とよく合う。
キュウリの塩もみは、夏っぽい味だ。しんなりとしながらもポリッといい食感のきゅうりは、程よい塩加減。ここに、少しだけ醤油を垂らすと、香ばしくていい。
「お昼食べながら聞くのも何だけど」
と、ばあちゃんが冷蔵庫の中身を見ながら聞いてくる。
「夜ご飯は何が食べたい?」
「夜か……」
何がいいだろう。ばあちゃんが作るご飯はどれもおいしいから、悩む。でも、やっぱりあれかなあ。
「豚の天ぷら」
「好きねぇ」
分かった、とばあちゃんは笑った。
うまい飯が待っているのであれば、気がかりなことは済ませておくに限る。とっとと課題を終わらせてしまおう。
「ごちそうさまでした」
さて、思ったより早々に課題が片付いたので、何をしよう。なんて、悩むことはない。ばあちゃんが準備してくれた風呂に入り、晩飯ができるまでの間、ゲームをして待つ。少し明るい時間に入る風呂も、良い匂いを感じながらするゲームも、全部が、いい。
「そろそろできるよー」
「はーい」
ゲームを充電器に繋ぎ、席に着く。
揚げたての豚の天ぷらにサツマイモの天ぷら、揚げのみそ汁、ご飯。うまそう。
「いただきます」
やっぱりまずは、豚肉から。
……ん~、これこれ。ザクッとした食感でスナックっぽいと思いきや、しっかりとした肉の歯触りと脂身のジューシーさがある。うっすらとまとうふわふわの衣がまた、これぞ豚肉の天ぷらって感じだ。
そして何より、にんにく醤油。にんにくの風味と醤油の加減が、絶妙なんだなあ。この塩梅はばあちゃんにしかできない。
サツマイモの天ぷらは、ばあちゃんが揚げ物をするとき、決まって出てくる。
少々薄めのサツマイモは甘く、ほくほくとしている。厚めこそ最強、と思っていた時もあったが、薄切りって、ちょうどいい。
「どう? 味足りなくない?」
「んーん、うまい」
「そう」
揚げのみそ汁って、うま味があるよなあ。シンプルに、短冊切りの揚げと小口切りのネギが入ったやつだけど、妙にうまいんだ。
揚げからジュワッと出汁があふれる感じは、他じゃなかなか味わえない。
千切りキャベツにはマヨネーズを。うん、すっきり。あ、そうだ。豚肉の天ぷらにもつけてみよう。
やっぱり、合う。まったりまろやかな口当たりと、程よい塩気が加わってうまい。
ちょっと醤油を垂らすのもいいんだよなあ。少ししんなりしてきたところもうまい。要は、どう食ってもうまいということだ。
サツマイモの天ぷらは、みそ汁に浸してもうまい。ジュワジュワのぷわぷわに出汁を吸って、何ともいえない食感になる。そして、いもはみそと相性がいい。
こりゃ、明日まで残りそうなぐらい山盛りだ。一日経った天ぷらを温め直して食うのも、好きなんだよなあ。
これは幸先がいい。素晴らしい連休になりそうだ。
「ごちそうさまでした」
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