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日常
第六百七十話 ファストフード
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平日のお昼過ぎ、ファストフード店に人は少ない。ほぼ貸し切り状態の店内のボックス席で、咲良は頭を抱え、朝比奈は頬杖をつき微動だにしない。
それにしても、新商品のジュースうまいなあ。柑橘系の甘味とさわやかさが爽快な炭酸。
「だーっ、もう! どうすりゃいいんだよ!」
咲良が頭をかきむしる。
「……外注?」
と、割と本気のトーンで言う朝比奈。
「どうしようかねえ」
自分でも上の空だと分かる感じの声が出る。
さて、こうなったのには、当然というべきか、文化祭が関係している。
それは一時間ほど前のこと。今日は短縮授業で、午後からは休みである。とっとと帰ろうとしたところ、職員室に呼びつけられた。
「お、咲良」
職員室の前には、咲良がいた。咲良は壁に寄りかかり、どこを見つめていたのか分からない視線をこちらに向けると、いつものように笑ってひらひらと手を振った。
「春都~、お疲れぇ。どうしたの」
「矢口先生に呼ばれて」
「マジ? 俺も~」
職員室に先生はいないらしい。先生を待つ間咲良と話をしていたら、今度は朝比奈がやって来た。
「おっす朝比奈!」
「よう」
「……まさか二人も、矢口先生に呼ばれたのか?」
ご明察。咲良が「おう、朝比奈もか?」と聞けば、朝比奈は静かに頷き、落ち着かない様子の表情を浮かべた。
「どしたー?」
「なんか……嫌な予感がする」
嫌な予感? 不思議に思って咲良と視線を合わせる。咲良も首をかしげていた。
「お待たせ、三人そろってるか」
あ、矢口先生来た。
「ホームルームが長引いてね。とりあえず、職員室に入ろうか」
「はーい」
一人で入るより、先生とか他のやつと一緒に行くと、職員室にも入りやすいものだ。先生の机があるところまでくると、先生は持っていた荷物を置き、椅子に座った。その前に三人、並んで立つ。
「なんか怒られてるみてぇだな」
と、咲良がこそっと耳打ちしてくる。確かに。
「起られるような心当たりが?」
先生が面白がって聞いてくるので、咲良は「ないですよ~」と笑って答えた。
「まあいい。それより三人とも、脚本に興味はないか?」
「脚本……ですか」
なんとなく、朝比奈の言っていた嫌な予感というものが分かってきてしまった。放送部の雑用係――文化祭の準備で忙しいが、司会進行よりは忙しくない三人組が集められ、脚本の話……
無茶振りの気配がする。
先生は何かを企んでいるような悪い笑みを浮かべると、言った。
「書いてみないか? 文化祭のラジオドラマ」
「えっ、俺たちが? ですか?」
「そうだ。いろいろやってみるのも、いい経験だと思うぞ?」
どうだ? と一応はお願いや提案の体を保ってはいるが、実質、逃げ場はない。脚本は放送部の部員が書くと決めたし、手が空いてそうなのは俺らだ。
しかしすんなり返事ができないでいると、先生は言った。
「まあ、急に言われても分からんだろうから……」
渡されたのは、一冊の本。表紙には『シナリオの書き方』と書いてあった。
「視聴覚室にあった本だ。これを読んでみて、一回書いてみて、持って来てほしい」
「はあ……」
先生はカレンダーを見ながら続けた。
「そうだな……とりあえず、来週までに、持って来てほしい」
有無を言わせぬその言葉に、俺たちはなすすべもなく。
「……分かりました」
と答えるしかなかった。
「なあ、朝比奈。お前知り合いにシナリオライターとかいないの?」
「探せば、一人くらいは……」
「おいおい、それはさすがにやめとけって」
言えば咲良も朝比奈も、空気が抜けていく風船のようにうなだれた。
「じゃあどうすんだよ~。脚本とか書いたことねーよ、俺」
「俺だってない」
「……まずはこれを読むしかないか」
と、朝比奈は先生から預かった本を手に取った。咲良はそれを見ると、何かをあきらめたように、あるいは、覚悟を決めたように長いため息をついた。
「やるしかないのかあ」
「そうだな」
話が一段落して一息つくと、少し腹が減っていることに気が付く。食堂で飯は食ってきたが、何か頼むか。
となれば、ポテトとチキンナゲットかな。
「いただきます」
自分ちで上げたポテトとはまた違う魅力があるんだなあ、これが。
ほぼ同じ細さに切られたポテトは、カリッと揚がって、うま味のある塩が少し多めにかかっていてうまい。揚げたてだとなおうまい。サクサクとした香ばしさに気を取られがちだが、これが結構ほくほく感もあるんだ。
たまに入っているほっそいやつは、クリスピーな感じでいい。平たいやつもある。
ファストフード店のポテトって、お店によっても全然特徴が違う。でもどれも、突然食べたくなっちゃうんだよな。
チキンナゲットも冷凍で売ってるやつを自分で揚げたのとは違う。味のついた衣はカリカリのザクザクで、ソースがよく絡む。バーベキューソースが好きだな。少し酸味がある、甘辛いこの味は、一番口なじみがいい。
このソース、もちろんポテトとも合う。チキンナゲットにつけて食うより、甘さが際立つのはポテトと塩気のおかげか。
ここに、炭酸を流し込む。そうそう、ジャンクフードには炭酸がよく合う。
さて、エネルギーを補給したら、そろそろ現実と向き合おう。
どうせやるなら、楽しみたいものだ。そう思えたなら、満腹の証である。
腹が減っては戦はできぬ、ってな。
「ごちそうさまでした」
それにしても、新商品のジュースうまいなあ。柑橘系の甘味とさわやかさが爽快な炭酸。
「だーっ、もう! どうすりゃいいんだよ!」
咲良が頭をかきむしる。
「……外注?」
と、割と本気のトーンで言う朝比奈。
「どうしようかねえ」
自分でも上の空だと分かる感じの声が出る。
さて、こうなったのには、当然というべきか、文化祭が関係している。
それは一時間ほど前のこと。今日は短縮授業で、午後からは休みである。とっとと帰ろうとしたところ、職員室に呼びつけられた。
「お、咲良」
職員室の前には、咲良がいた。咲良は壁に寄りかかり、どこを見つめていたのか分からない視線をこちらに向けると、いつものように笑ってひらひらと手を振った。
「春都~、お疲れぇ。どうしたの」
「矢口先生に呼ばれて」
「マジ? 俺も~」
職員室に先生はいないらしい。先生を待つ間咲良と話をしていたら、今度は朝比奈がやって来た。
「おっす朝比奈!」
「よう」
「……まさか二人も、矢口先生に呼ばれたのか?」
ご明察。咲良が「おう、朝比奈もか?」と聞けば、朝比奈は静かに頷き、落ち着かない様子の表情を浮かべた。
「どしたー?」
「なんか……嫌な予感がする」
嫌な予感? 不思議に思って咲良と視線を合わせる。咲良も首をかしげていた。
「お待たせ、三人そろってるか」
あ、矢口先生来た。
「ホームルームが長引いてね。とりあえず、職員室に入ろうか」
「はーい」
一人で入るより、先生とか他のやつと一緒に行くと、職員室にも入りやすいものだ。先生の机があるところまでくると、先生は持っていた荷物を置き、椅子に座った。その前に三人、並んで立つ。
「なんか怒られてるみてぇだな」
と、咲良がこそっと耳打ちしてくる。確かに。
「起られるような心当たりが?」
先生が面白がって聞いてくるので、咲良は「ないですよ~」と笑って答えた。
「まあいい。それより三人とも、脚本に興味はないか?」
「脚本……ですか」
なんとなく、朝比奈の言っていた嫌な予感というものが分かってきてしまった。放送部の雑用係――文化祭の準備で忙しいが、司会進行よりは忙しくない三人組が集められ、脚本の話……
無茶振りの気配がする。
先生は何かを企んでいるような悪い笑みを浮かべると、言った。
「書いてみないか? 文化祭のラジオドラマ」
「えっ、俺たちが? ですか?」
「そうだ。いろいろやってみるのも、いい経験だと思うぞ?」
どうだ? と一応はお願いや提案の体を保ってはいるが、実質、逃げ場はない。脚本は放送部の部員が書くと決めたし、手が空いてそうなのは俺らだ。
しかしすんなり返事ができないでいると、先生は言った。
「まあ、急に言われても分からんだろうから……」
渡されたのは、一冊の本。表紙には『シナリオの書き方』と書いてあった。
「視聴覚室にあった本だ。これを読んでみて、一回書いてみて、持って来てほしい」
「はあ……」
先生はカレンダーを見ながら続けた。
「そうだな……とりあえず、来週までに、持って来てほしい」
有無を言わせぬその言葉に、俺たちはなすすべもなく。
「……分かりました」
と答えるしかなかった。
「なあ、朝比奈。お前知り合いにシナリオライターとかいないの?」
「探せば、一人くらいは……」
「おいおい、それはさすがにやめとけって」
言えば咲良も朝比奈も、空気が抜けていく風船のようにうなだれた。
「じゃあどうすんだよ~。脚本とか書いたことねーよ、俺」
「俺だってない」
「……まずはこれを読むしかないか」
と、朝比奈は先生から預かった本を手に取った。咲良はそれを見ると、何かをあきらめたように、あるいは、覚悟を決めたように長いため息をついた。
「やるしかないのかあ」
「そうだな」
話が一段落して一息つくと、少し腹が減っていることに気が付く。食堂で飯は食ってきたが、何か頼むか。
となれば、ポテトとチキンナゲットかな。
「いただきます」
自分ちで上げたポテトとはまた違う魅力があるんだなあ、これが。
ほぼ同じ細さに切られたポテトは、カリッと揚がって、うま味のある塩が少し多めにかかっていてうまい。揚げたてだとなおうまい。サクサクとした香ばしさに気を取られがちだが、これが結構ほくほく感もあるんだ。
たまに入っているほっそいやつは、クリスピーな感じでいい。平たいやつもある。
ファストフード店のポテトって、お店によっても全然特徴が違う。でもどれも、突然食べたくなっちゃうんだよな。
チキンナゲットも冷凍で売ってるやつを自分で揚げたのとは違う。味のついた衣はカリカリのザクザクで、ソースがよく絡む。バーベキューソースが好きだな。少し酸味がある、甘辛いこの味は、一番口なじみがいい。
このソース、もちろんポテトとも合う。チキンナゲットにつけて食うより、甘さが際立つのはポテトと塩気のおかげか。
ここに、炭酸を流し込む。そうそう、ジャンクフードには炭酸がよく合う。
さて、エネルギーを補給したら、そろそろ現実と向き合おう。
どうせやるなら、楽しみたいものだ。そう思えたなら、満腹の証である。
腹が減っては戦はできぬ、ってな。
「ごちそうさまでした」
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