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日常
第六百六十七話 ナポリタン
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「デパートの食堂?」
就寝前、珍しくテンション高めな父さんから電話がかかってきたから何かと思えば、開口一番、デパートの食堂を見つけた、と。
『そう、デパートの食堂』
「デパートの食堂……」
『春都は知らないか。昔はな、デパートの屋上にあったんだよ』
そもそもデパートになかなか行かないからなあ。などと考えていたら、父さんは続けた。
『最近は見ないなあ、と思ってたんだけどな。今日行った先で、見つけたんだ』
「へえー」
自分の知らない、食べ物の話を聞くのは好きだ。今はもうなくなってしまった店や、きっと食べることはかなわないであろう料理。自分がそういうのを味わえないのは惜しいが、話を聞くだけでも楽しいものである。
あ、でも、父さんが言ってることはちょっと違うな。昔あったけど今はもうなくなってしまった、と思っていたものが見つかった、ってことだもんな。
「どういう場所?」
『ショーケースに食品サンプルがずらっと並んでてな、悩んじゃうんだよ~』
父さんは相当嬉しかったのか、話したくてしょうがないらしい。食品サンプルって、確かにワクワクするよな。
『広い場所に席があってな。レストランとはまた違うんだけど、広いテーブルがあって……』
「フードコートみたいな?」
『う~ん、ちょっと違うんだよなあ。なんていうんだろう。やっぱり、食堂って感じなんだよ、とにかく』
「なるほど?」
『一緒に行ってみたいなあ。楽しいぞ~』
それはもう、父さんの話を聞いていたら分かる。
「なんか食べた?」
『ナポリタン』
「おー」
それはベタな、というべきか、意外なのか。分からん。何せその、デパートの屋上にある食堂というものに行ったことがないから。ナポリタンって、どっちかっていうと喫茶店のイメージが強い。
「おいしかった」
『うん、それはもちろん。あの空気の中で食べるのもいいんだよ』
「ほう」
『デザートにはバニラアイスだね。金属の器に盛られてて、さくらんぼとウエハースが添えられてるんだ』
それは、また、いかにもなバニラアイスだなあ。ちょっとあこがれる。うちで作れないこともないけど、やっぱお店で出されると特別感、あるよなあ。
「楽しんでるなあ」
『ちゃんとお土産買ってくるから、心配するな』
「それはまあ……うん」
『きっと、母さんも知ってると思うよ、そういう食堂。聞いてみるといい』
「うん、聞いてみる」
父さんとの通話の後、母さんにも電話をかけてみる。食堂のことを聞けば、案の定、楽しそうにいろいろな思い出話を話してくれた。それはもう、盛り上がったものだ。
二人とも、ナポリタンが好きなようで。さんざん話を聞かされたおかげで、ナポリタンが食いたくなってしまったじゃないか。
確か食堂にあったな、ナポリタン。明日食べよう、そうしよう。
食堂に向かう途中、咲良にもデパートの食堂のことを話すと、「俺も聞いたことある」と言った。
「それで、ナポリタンの話聞かされて」
「なるほど、それでナポリタンね。納得~」
咲良が弁当だったらどうしようかと思ったが、今日はそもそも、咲良も食堂に行く予定だったらしい。
「咲良は何にするんだ、またかつ丼か?」
「へっへっへ、今日は違いまーす」
咲良はポケットから、わざとらしいしぐさで食券を取り出した。
「なんだ、もう買ってるのか?」
「人気だからすぐ売り切れるんだよ、ジャンボカツ定食」
ジャンボカツ定食。薄く伸ばした鶏肉と豚肉を揚げたものが一枚ずつのっている定食だ。薄いからって油断していると、持ち帰りをする羽目になる代物である。腹ペコであればペロリだが、それでもなかなかのボリュームで、満腹間違いなしである。
「今日はこれ食うために、間食しなかった」
「そうか、偉いな」
「だろ? でもさ、ナポリタンもいいなあ」
「さすがに食べきれないんじゃないか?」
食堂に人の姿はまだ少ない。これなら、早々に食べられそうだ。
「うん、無理。だからさ、春都。一口ちょうだい」
咲良はにっこりと笑ってこちらを見る。
「別にいいけど」
「俺のカツ、二切れあげるから」
「いいだろう」
出来立てのナポリタンは甘いようなしょっぱいような、ケチャップの香りがして、真っ赤である。ベーコンとピーマン、玉ねぎといったシンプルな具材の、ナポリタンといわれれば多くの人が思いつくであろうビジュアルのものだ。
「いただきます」
他のスパゲティよりふわっとしたような食感の麺。それに絡まる、ケチャップソース。もともとのケチャップよりもトマト感強めで、コクがある。これはバターだろうか。しょっぱすぎず、甘すぎなくておいしい。
ソースがよく絡んだ面は、鮮やかなオレンジ色。それにピーマンの緑がよく映える。
ポリポリとみずみずしい食感のピーマン。このうっすらとした苦みが、ナポリタンの中ではいい感じに輝く。ピーマン多めにしてほしいくらいだ。
ベーコンからにじみ出たうま味もいい。塩気がトマトの風味と相まって、ちょうどよくなる。
玉ねぎはほぼ主張がないが、確かに、うまさに一役買っている。
咲良から貰ったカツも一緒に食べてみよう。
あっ、うまい。チキンカツは思ったよりあっさりとしていて、濃い目の味付けのナポリタンとばっちりだ。食べ応えもあるし、何より、香ばしさが加わってまた、違うおいしさというか。塩こしょうがやや強めだから、淡白な肉質でも負けていない。
とんかつはジューシーだ。そういや、ベーコンも豚肉だなあ。そりゃ合うに決まってる。
しかも薄くしてあるから、食べやすい。これが分厚いと、こうはいかないんだろうな。ナポリタンに合わせるなら、薄めのカツがいい。
デパートの食堂。ちょっとあこがれるな。父さんが行った場所はちょっと遠いし、近くにないか探してみよう。
その時は何を食べようか。やっぱりナポリタンかな。うーん、決めきれるかなあ、俺。
「ごちそうさまでした」
就寝前、珍しくテンション高めな父さんから電話がかかってきたから何かと思えば、開口一番、デパートの食堂を見つけた、と。
『そう、デパートの食堂』
「デパートの食堂……」
『春都は知らないか。昔はな、デパートの屋上にあったんだよ』
そもそもデパートになかなか行かないからなあ。などと考えていたら、父さんは続けた。
『最近は見ないなあ、と思ってたんだけどな。今日行った先で、見つけたんだ』
「へえー」
自分の知らない、食べ物の話を聞くのは好きだ。今はもうなくなってしまった店や、きっと食べることはかなわないであろう料理。自分がそういうのを味わえないのは惜しいが、話を聞くだけでも楽しいものである。
あ、でも、父さんが言ってることはちょっと違うな。昔あったけど今はもうなくなってしまった、と思っていたものが見つかった、ってことだもんな。
「どういう場所?」
『ショーケースに食品サンプルがずらっと並んでてな、悩んじゃうんだよ~』
父さんは相当嬉しかったのか、話したくてしょうがないらしい。食品サンプルって、確かにワクワクするよな。
『広い場所に席があってな。レストランとはまた違うんだけど、広いテーブルがあって……』
「フードコートみたいな?」
『う~ん、ちょっと違うんだよなあ。なんていうんだろう。やっぱり、食堂って感じなんだよ、とにかく』
「なるほど?」
『一緒に行ってみたいなあ。楽しいぞ~』
それはもう、父さんの話を聞いていたら分かる。
「なんか食べた?」
『ナポリタン』
「おー」
それはベタな、というべきか、意外なのか。分からん。何せその、デパートの屋上にある食堂というものに行ったことがないから。ナポリタンって、どっちかっていうと喫茶店のイメージが強い。
「おいしかった」
『うん、それはもちろん。あの空気の中で食べるのもいいんだよ』
「ほう」
『デザートにはバニラアイスだね。金属の器に盛られてて、さくらんぼとウエハースが添えられてるんだ』
それは、また、いかにもなバニラアイスだなあ。ちょっとあこがれる。うちで作れないこともないけど、やっぱお店で出されると特別感、あるよなあ。
「楽しんでるなあ」
『ちゃんとお土産買ってくるから、心配するな』
「それはまあ……うん」
『きっと、母さんも知ってると思うよ、そういう食堂。聞いてみるといい』
「うん、聞いてみる」
父さんとの通話の後、母さんにも電話をかけてみる。食堂のことを聞けば、案の定、楽しそうにいろいろな思い出話を話してくれた。それはもう、盛り上がったものだ。
二人とも、ナポリタンが好きなようで。さんざん話を聞かされたおかげで、ナポリタンが食いたくなってしまったじゃないか。
確か食堂にあったな、ナポリタン。明日食べよう、そうしよう。
食堂に向かう途中、咲良にもデパートの食堂のことを話すと、「俺も聞いたことある」と言った。
「それで、ナポリタンの話聞かされて」
「なるほど、それでナポリタンね。納得~」
咲良が弁当だったらどうしようかと思ったが、今日はそもそも、咲良も食堂に行く予定だったらしい。
「咲良は何にするんだ、またかつ丼か?」
「へっへっへ、今日は違いまーす」
咲良はポケットから、わざとらしいしぐさで食券を取り出した。
「なんだ、もう買ってるのか?」
「人気だからすぐ売り切れるんだよ、ジャンボカツ定食」
ジャンボカツ定食。薄く伸ばした鶏肉と豚肉を揚げたものが一枚ずつのっている定食だ。薄いからって油断していると、持ち帰りをする羽目になる代物である。腹ペコであればペロリだが、それでもなかなかのボリュームで、満腹間違いなしである。
「今日はこれ食うために、間食しなかった」
「そうか、偉いな」
「だろ? でもさ、ナポリタンもいいなあ」
「さすがに食べきれないんじゃないか?」
食堂に人の姿はまだ少ない。これなら、早々に食べられそうだ。
「うん、無理。だからさ、春都。一口ちょうだい」
咲良はにっこりと笑ってこちらを見る。
「別にいいけど」
「俺のカツ、二切れあげるから」
「いいだろう」
出来立てのナポリタンは甘いようなしょっぱいような、ケチャップの香りがして、真っ赤である。ベーコンとピーマン、玉ねぎといったシンプルな具材の、ナポリタンといわれれば多くの人が思いつくであろうビジュアルのものだ。
「いただきます」
他のスパゲティよりふわっとしたような食感の麺。それに絡まる、ケチャップソース。もともとのケチャップよりもトマト感強めで、コクがある。これはバターだろうか。しょっぱすぎず、甘すぎなくておいしい。
ソースがよく絡んだ面は、鮮やかなオレンジ色。それにピーマンの緑がよく映える。
ポリポリとみずみずしい食感のピーマン。このうっすらとした苦みが、ナポリタンの中ではいい感じに輝く。ピーマン多めにしてほしいくらいだ。
ベーコンからにじみ出たうま味もいい。塩気がトマトの風味と相まって、ちょうどよくなる。
玉ねぎはほぼ主張がないが、確かに、うまさに一役買っている。
咲良から貰ったカツも一緒に食べてみよう。
あっ、うまい。チキンカツは思ったよりあっさりとしていて、濃い目の味付けのナポリタンとばっちりだ。食べ応えもあるし、何より、香ばしさが加わってまた、違うおいしさというか。塩こしょうがやや強めだから、淡白な肉質でも負けていない。
とんかつはジューシーだ。そういや、ベーコンも豚肉だなあ。そりゃ合うに決まってる。
しかも薄くしてあるから、食べやすい。これが分厚いと、こうはいかないんだろうな。ナポリタンに合わせるなら、薄めのカツがいい。
デパートの食堂。ちょっとあこがれるな。父さんが行った場所はちょっと遠いし、近くにないか探してみよう。
その時は何を食べようか。やっぱりナポリタンかな。うーん、決めきれるかなあ、俺。
「ごちそうさまでした」
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