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日常
番外編 百瀬優太のつまみ食い④
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うっすらと日が差し始め、小鳥が鳴きだす早朝。唐突に思いついた。
「……ケーキ、作りたいな」
それからの行動は、我ながら賞賛に値するほど早かったと思う。
まずは場所の確保である。みんなで作りたい、となれば、呼ぶとすれば三人。貴志と、一条と、井上。つまり、うちの台所では狭すぎる。
『……ケーキ』
「そう、ケーキ! みんなで作りたいから、台所貸して!」
『……うち、今日来客あるから使えないんだけど……』
「じゃあ、予定だけ開けといて!」
電話の向こうの貴志は眠そうだった。『……分かった』という言葉を聞いて、通話を切る。
『ケーキかあ。いいよ~、作ろうぜ~』
「井上は話が早くて助かるよ!」
『でもうち、今日、妹いるし。できれば別のやつの家で……』
「了解!」
次は一条だ。一条がだめだったらどうしよう。
……そん時はそん時だな!
『え、なに、ケーキ? うちで? みんなで?』
電話越しに聞こえる、一条のびっくりした声。少なくとも、不機嫌そうではなかった。
「そう。なんか予定ある?」
『いや、特にない。いいぞ、百瀬と、あとは咲良と朝比奈が来るんだな?』
「材料は全部揃えていくから!」
大体の時間を伝えて、通話を終える。
さあ、さっそく準備だ。何のケーキがいいかなあ。簡単なのがいいよな。材料もそろえなきゃいけないし。
あー、楽しい!
「急に何事かと思えば、お前なあ……」
買い物に行く途中で、貴志の家に立ち寄った。荷物持ちが必要なほどの買い物をするつもりはないけど、なんとなく。
この浮ついた気持ちを落ち着けるためというか、高ぶったテンションをどこかにぶつけたいというか。
外の少し冷たい空気の中を話しながら歩いていると、落ち着くような気がした。
「思いついたんだからしょうがないよね!」
「……そうか」
今の貴志は、黒縁眼鏡をかけている。気だるげな目に寝癖が少し残る髪、ジャージ姿。寝起きだったかなあ。
「でも何で急に思いついたんだろうなあ。自分でも謎なんだよなー」
「また遅くまで本でも読んでたんだろ」
「そうかも~。でもまあ、一条も井上もノリがよくて助かったな」
「ノリがいいというか、何というか……」
貴志は少し考えこんで言う。
「一条は飯が絡むとたいていやる気満々だし、井上もまあ、楽しそうなことには目がないというか……」
「それもそっか」
「まあ、嫌なら嫌って言うからな、あいつら」
「そうそう。だから、気が楽なんだよね」
こうこうと明かりの灯る、早朝営業かつ閉店の早いスーパーが目に入る。この辺では重宝される店だ。たいていのものはここで揃うし、昼間忙しかったり休みたかったりする人たちにとっては大変に便利のいい場所なのだ。
店先には何やらテントが立っているが、あれは何の店だろう。準備中のようではある。
「何を買うんだ?」
「色々考えたんだけどさ、やっぱ、簡単なのがいいかなって思って」
検索画面はそのままにしておいたので、朝比奈にスマホを突き付ける。
「チーズケーキを作ろうかと」
「じゃあ……チーズ? を買えばいいのか?」
「そうだね。それと製菓用のバターとクッキーと……」
この店はチェーン店でもなんでもないが、品ぞろえがいい。生クリームとか、いろんなメーカーのものがあるし、クッキーも選び放題だ。
「クッキーはいったい、どれを買えば……」
あ、貴志が迷ってる。
「えーっと、どうしようかなあ。こっちのクッキーでもいいし、ああ、こっちもおいしいよね。のりが入ってるビスケットも捨てがたいけど、今日は無難なので作ろうか」
「ふむ……?」
「これ。バターの風味があんまりないやつね」
チーズはクリームチーズを。よし、こんなもんかな。
会計を済ませ、外に出る。すっかり外は明るくなって、店先のテントでは営業が始まっていた。
「はーい、お待たせ。こぼさないように気を付けてねー」
なんだろう、あれ。貴志と視線を合わせる。貴志も気になっていたようで、どちらからともなくテントに足を向ける。
どうやら和菓子屋さんのテントのようで、手作りのポップが飾ってあった。
『わらび餅』
ほう、わらび餅。おいしそうだ。
「貴志も食べる?」
「食べる」
「二つください」
「はーい」
お店の人は、大きなスプーンのようなもので、きな粉にまみれた一口サイズのわらび餅をもなかにのせ、きな粉をすくってかけ、もなかで蓋をした。なるほど、入れ物も蓋も食べられる、と。
「はい、こぼさないように、気を付けてね」
「ありがとうございます」
せっかくだし、店先のベンチに座って食べることにした。
「いただきます」
まずはわらび餅だけで。
歯切れのいい、もちもちとした食感。きな粉の風味も香ばしい。これは……熱いお茶が欲しくなるなあ。
「ん~、うまいね~」
「ああ」
何より、このかわいらしい一口サイズ。心躍るその見た目もまた魅力的だ。大きい、ということももちろんいいのだが、小さいものには小さいものにしかない良さがあるんだ。
もなかと一緒に食べてみる。
何やら不思議な食感。パリッとしていて、でも、もちっとしている。噛めば噛むほど不思議だ。もなかとわらび餅がなじむようで、各々が独立しているような。これは面白い。
もなかもうまいなあ。
「はい、お兄さんたち。これサービス。よかったらどうぞ」
と、お店の人から熱い緑茶をもらってしまった。
「ありがとうございます。おいしいです」
「よかった。お店にもぜひ買いに来てね」
濃いめの緑茶は、和菓子の素朴な甘さによく合う。
この後、チーズケーキも食べられるんだよなあ。なんて贅沢な一日だろう。
はっ、こういうのを早起きは三文の徳、というのだろうか。
「ごちそうさまでした」
「……ケーキ、作りたいな」
それからの行動は、我ながら賞賛に値するほど早かったと思う。
まずは場所の確保である。みんなで作りたい、となれば、呼ぶとすれば三人。貴志と、一条と、井上。つまり、うちの台所では狭すぎる。
『……ケーキ』
「そう、ケーキ! みんなで作りたいから、台所貸して!」
『……うち、今日来客あるから使えないんだけど……』
「じゃあ、予定だけ開けといて!」
電話の向こうの貴志は眠そうだった。『……分かった』という言葉を聞いて、通話を切る。
『ケーキかあ。いいよ~、作ろうぜ~』
「井上は話が早くて助かるよ!」
『でもうち、今日、妹いるし。できれば別のやつの家で……』
「了解!」
次は一条だ。一条がだめだったらどうしよう。
……そん時はそん時だな!
『え、なに、ケーキ? うちで? みんなで?』
電話越しに聞こえる、一条のびっくりした声。少なくとも、不機嫌そうではなかった。
「そう。なんか予定ある?」
『いや、特にない。いいぞ、百瀬と、あとは咲良と朝比奈が来るんだな?』
「材料は全部揃えていくから!」
大体の時間を伝えて、通話を終える。
さあ、さっそく準備だ。何のケーキがいいかなあ。簡単なのがいいよな。材料もそろえなきゃいけないし。
あー、楽しい!
「急に何事かと思えば、お前なあ……」
買い物に行く途中で、貴志の家に立ち寄った。荷物持ちが必要なほどの買い物をするつもりはないけど、なんとなく。
この浮ついた気持ちを落ち着けるためというか、高ぶったテンションをどこかにぶつけたいというか。
外の少し冷たい空気の中を話しながら歩いていると、落ち着くような気がした。
「思いついたんだからしょうがないよね!」
「……そうか」
今の貴志は、黒縁眼鏡をかけている。気だるげな目に寝癖が少し残る髪、ジャージ姿。寝起きだったかなあ。
「でも何で急に思いついたんだろうなあ。自分でも謎なんだよなー」
「また遅くまで本でも読んでたんだろ」
「そうかも~。でもまあ、一条も井上もノリがよくて助かったな」
「ノリがいいというか、何というか……」
貴志は少し考えこんで言う。
「一条は飯が絡むとたいていやる気満々だし、井上もまあ、楽しそうなことには目がないというか……」
「それもそっか」
「まあ、嫌なら嫌って言うからな、あいつら」
「そうそう。だから、気が楽なんだよね」
こうこうと明かりの灯る、早朝営業かつ閉店の早いスーパーが目に入る。この辺では重宝される店だ。たいていのものはここで揃うし、昼間忙しかったり休みたかったりする人たちにとっては大変に便利のいい場所なのだ。
店先には何やらテントが立っているが、あれは何の店だろう。準備中のようではある。
「何を買うんだ?」
「色々考えたんだけどさ、やっぱ、簡単なのがいいかなって思って」
検索画面はそのままにしておいたので、朝比奈にスマホを突き付ける。
「チーズケーキを作ろうかと」
「じゃあ……チーズ? を買えばいいのか?」
「そうだね。それと製菓用のバターとクッキーと……」
この店はチェーン店でもなんでもないが、品ぞろえがいい。生クリームとか、いろんなメーカーのものがあるし、クッキーも選び放題だ。
「クッキーはいったい、どれを買えば……」
あ、貴志が迷ってる。
「えーっと、どうしようかなあ。こっちのクッキーでもいいし、ああ、こっちもおいしいよね。のりが入ってるビスケットも捨てがたいけど、今日は無難なので作ろうか」
「ふむ……?」
「これ。バターの風味があんまりないやつね」
チーズはクリームチーズを。よし、こんなもんかな。
会計を済ませ、外に出る。すっかり外は明るくなって、店先のテントでは営業が始まっていた。
「はーい、お待たせ。こぼさないように気を付けてねー」
なんだろう、あれ。貴志と視線を合わせる。貴志も気になっていたようで、どちらからともなくテントに足を向ける。
どうやら和菓子屋さんのテントのようで、手作りのポップが飾ってあった。
『わらび餅』
ほう、わらび餅。おいしそうだ。
「貴志も食べる?」
「食べる」
「二つください」
「はーい」
お店の人は、大きなスプーンのようなもので、きな粉にまみれた一口サイズのわらび餅をもなかにのせ、きな粉をすくってかけ、もなかで蓋をした。なるほど、入れ物も蓋も食べられる、と。
「はい、こぼさないように、気を付けてね」
「ありがとうございます」
せっかくだし、店先のベンチに座って食べることにした。
「いただきます」
まずはわらび餅だけで。
歯切れのいい、もちもちとした食感。きな粉の風味も香ばしい。これは……熱いお茶が欲しくなるなあ。
「ん~、うまいね~」
「ああ」
何より、このかわいらしい一口サイズ。心躍るその見た目もまた魅力的だ。大きい、ということももちろんいいのだが、小さいものには小さいものにしかない良さがあるんだ。
もなかと一緒に食べてみる。
何やら不思議な食感。パリッとしていて、でも、もちっとしている。噛めば噛むほど不思議だ。もなかとわらび餅がなじむようで、各々が独立しているような。これは面白い。
もなかもうまいなあ。
「はい、お兄さんたち。これサービス。よかったらどうぞ」
と、お店の人から熱い緑茶をもらってしまった。
「ありがとうございます。おいしいです」
「よかった。お店にもぜひ買いに来てね」
濃いめの緑茶は、和菓子の素朴な甘さによく合う。
この後、チーズケーキも食べられるんだよなあ。なんて贅沢な一日だろう。
はっ、こういうのを早起きは三文の徳、というのだろうか。
「ごちそうさまでした」
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