691 / 846
日常
第六百四十七話 手羽先
しおりを挟む
父さんと母さんの仕事は、一応、休みというものはあるが、それでも急に連絡が入ったり仕事が入ったりするものである。そういうところは、じいちゃんとばあちゃんの仕事にも似ている。
ここ何日かはお客さんからちょいちょい連絡が入っていたみたいで、少し……いや、かなり疲労の色が見えていた。
「今日を乗り越えれば、あとは何とか」
「そうね」
そう言いながら、父さんと母さんはつかの間の休憩時間を過ごす。
残しておいたチーズケーキをあっという間に平らげ、栄養ドリンクを一本ずつ飲み干す。小さいころからよく見る光景だ。
「晩ご飯は俺が作るから。洗い物もしておくし」
空になった瓶を受け取ると、母さんは俺の手をがっしりとつかんできた。
「ありがとう。あなたが息子で本当によかった」
「今言われるとなんか複雑だな……」
「何言ってんの。あなたはいるだけで十分だっていうのにそのうえ、私たちのためにいろいろやってくれてるんだから」
「そうだぞ。春都がいなかったら、ここまで頑張れないんだからな~」
ああ、もう、この二人は。
「……それは、どうも」
「さーって、もうひと頑張りしてきますか!」
「晩ご飯が楽しみだなあ」
父さんと母さんは自室に戻った。ついでに、廊下の物置に置いている、不燃物を分別した箱に洗った瓶を入れに行く。すると、うめずがトテトテとついてきた。
「わふっ」
「せっかくだし、買い物ついでに散歩行くか」
「わうっ!」
いい返事だ。
「あ、春都。そういえば」
何か思い出したらしい母さんが、部屋から顔を出す。
「冷蔵庫に手羽先ならあるからね」
「手羽先」
「きれいなのが売ってたから買ってたの。じゃ、よろしく」
それだけ言い残して、母さんはまた部屋に戻った。
手羽先かあ……それじゃあとりあえずメインは決まったな。あとは何をしようか。
今日は少し遠回りをして買い物に向かう。人通りの少ない道、小学校の裏側。
「おお、こりゃ」
一気に咲いたもんだ。花見客は一人もいないが、ここの桜もなかなかきれいなものである。
たいていの人はもう少し足を延ばした先、小京都といわれている、古くからの町並みが残る場所へ向かう。もちろん、そこもきれいだ。前は、桜の咲く時期がとても遅くて、歓迎遠足の時が満開だったっけ。
でも、こういうふうに、生活の一部になっている桜の花って好きなんだよなあ。玄関を出た時に花びらがひらひらと飛んできたり、ベランダから見る景色の中に、淡い薄紅色が増えたり、あとは……
「わうっ」
「帰りにちゃんと取ってやるからな」
桜の花びらがたくさんついたうめず、とかな。
さて、帰ってきたらさっそく調理開始だ。まあ、複雑な工程も何もないのだが、時間がかかるからな。
まずは、オーブンの鉄板にクッキングシートを広げる。その上に、手羽先をのせていく。塩こしょうを振りかけ、ビニール袋を手にはめて、全体に広げる。似たような作業をついこの間やったばかりな気がする。あの時は押さえつけたが、今回は優しく。
うーん、ビニール越しに伝わる生肉の触感と冷たさ。なんとも。生肉って、夏場でも我慢できないくらい冷たいんだよなあ。
両面に広げたら、オーブンで焼いていく。
最近何かと酷使しがちだが、頼んだぞ、オーブンよ。
野菜も何か食べたいから、キャベツの千切りを買ってきた。それにピーマンの細切りと玉ねぎスライス、トマトを小さめに切ったものをのせる。
せっかくだし、ハムものせよう。
「次は……」
スーパーできれいなのが売っていて、つい買ってしまった。かつおのたたき。だって、ないときはないもんな、これ。それに少し安かった。
添えるのはにんにく。薄切りにしよう。カツオのたたきは熱すぎな池と食べ応えのあるくらいに。きれいに盛り付けられたら理想なんだが、まあ、ベチャってしてなければいいだろう。
手羽先が焼きあがったら、やけどしないように皿に盛る。ああ、いい匂いだ。
あ、そろそろ風呂の準備もしとくかな。
晩ご飯を見た父さんと母さんは、いたく感動してくれた。なによりも、「酒に合う」と喜んでいた。
そして、酒の肴は、白米に合うのだ。
「いただきます」
まずは温め直した手羽先。
カリッとした表面、ジュワッと染み出す脂、噛み応えがありつつもほろほろとほどける身、少し濃い目の塩こしょう。
これこれ、これが食いたかった。
もちろん、細い部分のところも食う。といっても食べられるところは少ないが、香ばしさは最高だ。
皮を最後に食べるのは、つい癖で。このパリパリだけで食うの、好きなんだ。
身をほぐして醤油をかけて、ご飯にのせてかきこむ。これもまたいい。小さい頃は、手羽先って食べづらいなあ、って思ってたけど、今は楽しい。
カツオのたたきはポン酢で。
柑橘の酸味とさわやかさが、カツオの味わいによく合うのだ。にんにくの風味もいい。薄切りだから、辛すぎなくていいんだ。かつお節のような風味もするけど、生の触感なのが不思議に思う時がある。
マヨネーズをつけてもうまいんだ。だって、かつお節にマヨネーズ、ってのも合うし。魚の風味が程よくなり、臭みが消える。
マヨラーってほどではないが、マヨネーズの威力にはいつも驚かされる。
具を入れたらタルタルソースになるし。
野菜で少し箸休め。ピーマンと玉ねぎを散らすと、お店のサラダっぽくなっていいんだよなあ。トマトもさっぱりしていていいし、ハムの塩気もいい。
「あ、今日の買い物は、うめずも一緒だったんだよね」
そう言う母さんの視線の先には、食卓の近くに来ていたうめずがいた。一足先に食事を終え、じっとこちらを見ている。
「うん」
「ふふ」
母さんはうめずに手を伸ばし、何かをつまみ上げた。
「わう」
「桜」
「あ、取りきれてなかったか」
「春だなあ」
母さんがつまんでいる桜の花びらは、少しだけ濃い色をしていた。
「ごちそうさまでした」
ここ何日かはお客さんからちょいちょい連絡が入っていたみたいで、少し……いや、かなり疲労の色が見えていた。
「今日を乗り越えれば、あとは何とか」
「そうね」
そう言いながら、父さんと母さんはつかの間の休憩時間を過ごす。
残しておいたチーズケーキをあっという間に平らげ、栄養ドリンクを一本ずつ飲み干す。小さいころからよく見る光景だ。
「晩ご飯は俺が作るから。洗い物もしておくし」
空になった瓶を受け取ると、母さんは俺の手をがっしりとつかんできた。
「ありがとう。あなたが息子で本当によかった」
「今言われるとなんか複雑だな……」
「何言ってんの。あなたはいるだけで十分だっていうのにそのうえ、私たちのためにいろいろやってくれてるんだから」
「そうだぞ。春都がいなかったら、ここまで頑張れないんだからな~」
ああ、もう、この二人は。
「……それは、どうも」
「さーって、もうひと頑張りしてきますか!」
「晩ご飯が楽しみだなあ」
父さんと母さんは自室に戻った。ついでに、廊下の物置に置いている、不燃物を分別した箱に洗った瓶を入れに行く。すると、うめずがトテトテとついてきた。
「わふっ」
「せっかくだし、買い物ついでに散歩行くか」
「わうっ!」
いい返事だ。
「あ、春都。そういえば」
何か思い出したらしい母さんが、部屋から顔を出す。
「冷蔵庫に手羽先ならあるからね」
「手羽先」
「きれいなのが売ってたから買ってたの。じゃ、よろしく」
それだけ言い残して、母さんはまた部屋に戻った。
手羽先かあ……それじゃあとりあえずメインは決まったな。あとは何をしようか。
今日は少し遠回りをして買い物に向かう。人通りの少ない道、小学校の裏側。
「おお、こりゃ」
一気に咲いたもんだ。花見客は一人もいないが、ここの桜もなかなかきれいなものである。
たいていの人はもう少し足を延ばした先、小京都といわれている、古くからの町並みが残る場所へ向かう。もちろん、そこもきれいだ。前は、桜の咲く時期がとても遅くて、歓迎遠足の時が満開だったっけ。
でも、こういうふうに、生活の一部になっている桜の花って好きなんだよなあ。玄関を出た時に花びらがひらひらと飛んできたり、ベランダから見る景色の中に、淡い薄紅色が増えたり、あとは……
「わうっ」
「帰りにちゃんと取ってやるからな」
桜の花びらがたくさんついたうめず、とかな。
さて、帰ってきたらさっそく調理開始だ。まあ、複雑な工程も何もないのだが、時間がかかるからな。
まずは、オーブンの鉄板にクッキングシートを広げる。その上に、手羽先をのせていく。塩こしょうを振りかけ、ビニール袋を手にはめて、全体に広げる。似たような作業をついこの間やったばかりな気がする。あの時は押さえつけたが、今回は優しく。
うーん、ビニール越しに伝わる生肉の触感と冷たさ。なんとも。生肉って、夏場でも我慢できないくらい冷たいんだよなあ。
両面に広げたら、オーブンで焼いていく。
最近何かと酷使しがちだが、頼んだぞ、オーブンよ。
野菜も何か食べたいから、キャベツの千切りを買ってきた。それにピーマンの細切りと玉ねぎスライス、トマトを小さめに切ったものをのせる。
せっかくだし、ハムものせよう。
「次は……」
スーパーできれいなのが売っていて、つい買ってしまった。かつおのたたき。だって、ないときはないもんな、これ。それに少し安かった。
添えるのはにんにく。薄切りにしよう。カツオのたたきは熱すぎな池と食べ応えのあるくらいに。きれいに盛り付けられたら理想なんだが、まあ、ベチャってしてなければいいだろう。
手羽先が焼きあがったら、やけどしないように皿に盛る。ああ、いい匂いだ。
あ、そろそろ風呂の準備もしとくかな。
晩ご飯を見た父さんと母さんは、いたく感動してくれた。なによりも、「酒に合う」と喜んでいた。
そして、酒の肴は、白米に合うのだ。
「いただきます」
まずは温め直した手羽先。
カリッとした表面、ジュワッと染み出す脂、噛み応えがありつつもほろほろとほどける身、少し濃い目の塩こしょう。
これこれ、これが食いたかった。
もちろん、細い部分のところも食う。といっても食べられるところは少ないが、香ばしさは最高だ。
皮を最後に食べるのは、つい癖で。このパリパリだけで食うの、好きなんだ。
身をほぐして醤油をかけて、ご飯にのせてかきこむ。これもまたいい。小さい頃は、手羽先って食べづらいなあ、って思ってたけど、今は楽しい。
カツオのたたきはポン酢で。
柑橘の酸味とさわやかさが、カツオの味わいによく合うのだ。にんにくの風味もいい。薄切りだから、辛すぎなくていいんだ。かつお節のような風味もするけど、生の触感なのが不思議に思う時がある。
マヨネーズをつけてもうまいんだ。だって、かつお節にマヨネーズ、ってのも合うし。魚の風味が程よくなり、臭みが消える。
マヨラーってほどではないが、マヨネーズの威力にはいつも驚かされる。
具を入れたらタルタルソースになるし。
野菜で少し箸休め。ピーマンと玉ねぎを散らすと、お店のサラダっぽくなっていいんだよなあ。トマトもさっぱりしていていいし、ハムの塩気もいい。
「あ、今日の買い物は、うめずも一緒だったんだよね」
そう言う母さんの視線の先には、食卓の近くに来ていたうめずがいた。一足先に食事を終え、じっとこちらを見ている。
「うん」
「ふふ」
母さんはうめずに手を伸ばし、何かをつまみ上げた。
「わう」
「桜」
「あ、取りきれてなかったか」
「春だなあ」
母さんがつまんでいる桜の花びらは、少しだけ濃い色をしていた。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
蛍地獄奇譚
玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。
蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。
*表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。
著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる