一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百四十二話 家族ごはん

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 布団から出るには億劫な気温、いつもより強い眠気、早くなった日の出。もう、冬というよりほぼ春になってしまったなあ。あとはもう少し、朝が暖かくなるといいけど。
「ふぁ~あ。あー、眠……」
 今日は、半日授業で、午後から部活だったか。といっても、部室の掃除が主だが。確か放送部は視聴覚室のほかに、倉庫の掃除もしなきゃいけねえんだよなあ。まあ、晴れるだけいいか。
『さて、桜の開花についてなんですが、予報を見ていきましょう』
 もう桜の話がテレビでもやってる。最近の暖かさだと、勘違いして咲いちゃいそうだなあ。
「……ん?」
 何でテレビの音が聞こえるんだ? 昨日寝る前、ちゃんと消したよなあ……? あっ、ばあちゃんか。ばあちゃんが来てるのか? いや、そんなわけないか。
 などと色々な考えが巡るが、スマホを見て思い出す。
「あー、そうか」
 扉を開けると、居間は暖かく明るく、そしていつもより少しだけ賑やかだった。
「おはよう、春都」
「おはよう」
 父さんと母さんが帰ってきてたんだった。昨日寝る前に連絡が来て、それで、とりあえず返信して……昨日はものすごく眠かったから、記憶がおぼろげだ。
「もうすぐ朝ごはんできるよ」
「んー、分かった……」
 身支度を済ませると、ある程度頭が冴えてくる。
 今日の朝飯は、炊き立てご飯に豆腐の味噌汁、目玉焼きとウインナー、それに野菜が添えられている。
「すげえ……朝飯だ」
「温かいうちに食べなさいね」
「いただきます」
 目玉焼きは両面焼きか、と感動しながら味噌汁をすする。かつお節の出汁が効いて、豆腐はつるんと口当たりがよく、ねぎは切りたてなのか、香りがいい。
 両面焼きは好きだけど、自分でやると折っちゃうんだよなあ。
 黄身は程よく火が通っていて、うっすら透き通っている。醤油をまんべんなくかけて、切り分けて、ご飯にのせる。ねっちりとした食感と、白身のプリッとした感じ、醤油の香ばしさは卵との相性がよく、臭みを消してくれる。これでご飯をかきこむのが、朝飯って感じだ。
 ウインナーはほんのり辛いやつ。ほんのり、といっても割とじわじわ辛さが昇りつめてきて、全身がホカホカしてくる。
「今日は昼間、暖かくなるってよ」
 レタスにドレッシングをかけてみずみずしさを堪能していたら、テレビを見ていた父さんが言った。
「やっぱり?」
「でも夕方は冷えるって」
「温度差がすごそうねぇ。春都、風邪ひかないようにしとかないと」
「分かった」
 今日は特に午後から動くしなあ。
 風邪ひくとしばらくしんどいから、気を付けよ。
「ごちそうさまでした」

 今日は片付けが終わった部活から帰っていいらしいので、皆やる気満々だ。と、その前にまずは昼休みがある。
 ぎゅうぎゅうにつまった俵型のおにぎり、からあげ、卵焼き、たらこのスパゲティに小松菜の炒め物。しっかり食って、よっぽど頑張らないといけないらしい。
 からあげ、うまいなあ。やっぱり自分で作るのとはわけが違うというか。サクサクで、身までしっかり味が染みてて、ご飯に合う。卵焼きの甘さもいい。たらこのスパゲティはソースがたっぷりで、ご飯と絡めて食うのもいい。小松菜はみずみずしい。
 おにぎりは、箸で切りながら食う感じになる。それくらいぎゅうぎゅうなんだ。このぎゅうぎゅう詰めの感じと、冷えたお米って、ザ・弁当! って感じで好きだ。
 食い終わったら早々に片付けだ。
「飯食った後ぐらい、もう少しゆっくりしてぇよー」
 書籍類が詰まった段ボールを抱える咲良が、そう文句を言う。
「なあ、朝比奈もそう思わねえ?」
「飯食った後動くと、血糖値が急に上がらなくていいらしい」
「そーいうこっちゃねえんだよなあ」
 机の上の荷物を朝比奈と一緒に片付けていく。机の広さはそうでもないが、散らかっている物の数が異様に多い。何が記録されているか分からないCD、おそらくもう必要ないであろう数年前の体育祭のプログラム、剥がしっぱなしのポスター、放置された課題。
 いや、課題は放置しちゃいかんだろ。誰のか分からないが、見えるところに置いておこう。
「春都は分かってくれるだろ?」
「あ? なにが?」
「飯食った後、ゆっくりしたい!」
「あー……まあ」
飯食った後だらけるのは気分がいいよなあ。でも、一回ぼーっとしてしまうと動きづらいから勢いに任せて動いてしまった方がいいような気がするし……家だと特に、一人だし、片付けしなきゃいけないから……あ、でも今日は一人じゃないのか。
 晩飯は母さんが作ってくれるし、片付けも自分一人でしなくていいし……
「晩飯何かなあ」
「えっ?」
 咲良と朝比奈の困惑の声が聞こえて、まだ片付けの途中だったことを思い出したのだった。

 おっ、今日の晩飯はポトフとボロネーゼか。自分じゃまずやんない組み合わせだから楽しい。焼いた食パンもある。食べたいものをリクエストするのもいいけど、何ができるかなあって楽しみに待つのもいいもんだ。
「いただきます」
 スパゲティにかかったソースはパッと見、デミグラスソースのようにも見える。濃い茶色で、絶対うまいと確信が持てる見た目と香りだ。
 スパゲティとソースをしっかり混ぜて、巻いて、一口で食べる。おっ、やっぱりデミグラスソースっぽい味わいだ。ひき肉がたっぷりで、食べ応えもある。ドリアとかにしてもおいしそうなソースだなあ。
 それにしても、口いっぱいにソースをほおばるって、どうしてこんなに幸せなんだろう。スパゲティとの相性も良く、すいすい入ってしまう。
 それなりにボリュームはあるのに、不思議だなあ。
 ポトフも久しぶりだ。自分じゃなかなか作らないから。
 透き通ったコンソメスープにジャガイモ、キャベツ、玉ねぎニンジンが見える。小さいウインナーは、朝のとは違って辛くない。小さいウインナーが入ったポトフって、なんかいいな。
 野菜のうま味が染み出したスープは、みそ汁とかとはまた違う味わいだ。コクがあって、ジュワーッと口中にやさしい甘みが広がっていく。
 ジャガイモはほくほくしてて、トロットロだ。玉ねぎも甘く、にんじんは目に鮮やかで、ほのかな甘みがちょうどいい。キャベツもザクザク食べられる。生のままだと、いくら好きでもなかなか大量には入らないが、火を通すといくらでも入る。
 ああ、そうだ。ポトフって、うまかったんだなあ。
「ポトフ、たくさん作ったから、明日まであまりそうなんだけど、食べてくれる?」
 余ったソースを食パンですくって食べていたら、母さんが言った。
「もちろん、喜んで」
 一日経ったポトフはまた、濃いうま味と甘みが出てて、具材もスープになじんでうまいんだよなあ。
 お皿を真っ白にしながら、明日の朝に思いをはせる。気が早いだろうか。
 まあ、楽しみだから、しょうがないな。

「ごちそうさまでした」
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