一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百三十九話 夜食

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 なんか今日は目が冴えている。
 まあ、咲良なんかはいつもこの時間から行動開始するらしいけど、俺としては寝る時間である。午後九時過ぎは、もう、布団に入ってのんびりする時間だ。
 しかし、今日はどうにも眠れそうにない。
「勉強してたら眠くなるか?」
 せっかくだし、国語の予習でもしよう。まだ前の単元終わってないけど、どうせやんなきゃいけないことだし。今のうちに終わらせておけば、気が楽だ。
「よっしゃ」
 勢いをつけてソファから立ち上がり、自室に向かう。机の上に山積みになった教科書の中から、漢文の教科書と、参考書、ノートを引っ張り出す。ベッドの上には毛布が丸まっていて、視界に入るとちょっと気になる。片づけりゃいいのだが……居間でやろう。
「ん? そういやうめずはどこ行った?」
 いつものベッドに寝転がっていないし、ソファにいるわけでもない。
「もしかして」
 そういや、布団がいつもより盛り上がっていたように思う。
 ああ、やっぱり。ベッドの上で気持ちよさそうに眠っている。今日はこっちの気分だったか。この様子じゃ、俺の寝るスペースはなさそうだ。しばらく起きていた方がいいな。
「さて」
 教科書をめくり、ノートと向き合う。いつもやっていることなのに、夜だというだけで、なんだか違って感じるのはなんだろう。とても静かで、シャーペンとノートがこすれる音が響いて感じる。教科書をめくる音も、鮮明に聞こえるようだ。
 そういえば、教科書はこんなに白かっただろうか。なんかまぶしい。ノートはところどころしわが寄っていて、筆圧が強いせいか、文字の跡が見える。
「えーっと、これは……」
 参考書を開く。授業中につけた蛍光ペンの印がまぶしい。ピンクと黄色、それに緑。その時々で目に付いた色を使っているせいで、余計に目がちかちかする。
 そういやこの単元、便覧にも載ってたような、と思って再び部屋に戻る。うめずは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
 国語の便覧は、とても危険なものだと俺は思う。何せ、読んでいたらあっという間に時間が過ぎているのだから。片付けの途中に手を出そうものなら、その片付けはその日中にはまず終わらない。
 授業中は、気が散らないようにするのが大変だ。
「あった、ここか……」
 付箋ついてる。授業でそれとなく、便覧を参照するように、と言われていたのをそこで思い出した。
 国語の予習はあっという間に終わってしまった。しかしまだ眠くない。
「他にやることねぇしな……」
 ゲームでもするか。
 平日の夜にゲームなんていつぶりだ? なんとなくそわそわする。悪いことをしているわけではないのだが、秘密にしておかないといけないような気分だ。
 カセットを準備していたら、ふと、小学生の頃のことを思い出した。
現実の時間と同じ進み方をするゲームで、深夜ともいえる早朝にしかゲットできないアイテムがあったんだ。時間操作してもいいけど、弊害も多かったから、早起きするしか方法がなくて。
 それで、めちゃくちゃ早起きして、頑張って手に入れたんだよなあ。夏休みだっけ、あれは。
 楽しかったんだよなあ、あれ。
「よし、やるか」
 普段、昼間の世界しか見ることのないゲームの、薄暗い風景と聞いたことのない音楽。
 今でも、もちろん、魅力的なんだなあ。

「あー、だいぶ進んだなあ……」
 夜中にゲームすると、妙に集中してしまうんだな。新たな気づきだ。おかげで今までクリアできなかったところがすんなりいってしまった。
 ふと時計を見る。俺にしてはずいぶん夜更かししたな。そろそろ寝よう。
「うめずは……うん、まあ、寝られるか」
 相変わらずうめずは我が物顔でベッドを占領しているが、さっきよりは俺の寝るスペースがあるようだ。
 その隙間に体をねじ込み、布団をかぶる。
 間もなく温まり始めた布団の中。ゴロゴロと寝返りをうつ。うめずが足元に移動したので、ようやく大の字で寝ることができる。
「……う~ん」
 しかし、どうにも眠くならない。なんでだ。ゲームのし過ぎか?
 確かにそれもありそうだが、どうにも別の理由があるように思える。この落ち着かない感じ、何だろう。
「腹減った」
 あれこれ頭を使ったせいか、どうにも腹が減ってしまったようだ。
 起き上がるのも億劫だが、このままだと眠れそうもない。なんか食って寝よう。
「何食おう……」
 あんまりがっつり食うわけにもいかないよなあ。夜食といえば……カップラーメンとか? 袋麺もいいよな。
 パンもいいなあ。トーストして、ジャム塗るとか、ピザトーストとか。でも今食パンないし。
 というか、米。米食いたい。あったかい米……
「あっ、そうだ」
 こんな時にうってつけのものを買っていたんだった。冷凍の焼きおにぎり。
 これだけでも十分うまいが、ちょっとひと手間かけようかな。
 まずは、冷凍焼きおにぎりをレンジでチン。その間に、出汁を用意する。沸騰したお湯に白だしを入れ、ねぎを散らす。
 温まったおにぎりはお椀に入れ、手でちぎったのりをかけ、その上から出汁を注ぐ。
 お茶漬けの完成だ。
「いただきます」
 まずはおにぎりをほぐす。出汁と、濃い目の醤油の香りが香ばしい。
 おこげもあるからか、もちもちとした触感である。でも、ほろっとほどけるようなところもあって、うまい。
 確かに醤油は濃いが、しょっぱくはない。甘くて、うま味がある。何かに似てるんだよなあ、この食感といい、風味といい……
 焼のりの香りも程よい。のりと出汁って、どうしてこんなに合うんだろう。ねぎもほんのり香っていい。
 海苔と醤油と、おこげ……うーん、これがそろうと何かよぎるんだけど……あっ、分かった。
「せんべいみたいだ」
 風味はせんべいだな、これ。ぬれせんべいっぽいのかな、食感は。でも、ほろほろ崩れるところは確かにお茶漬けだし……なんだか不思議な料理だなあ。
 いつものお茶漬けとはだいぶ違う、でも、うまい。
 夜更かししなかったら思いもつかなかった料理だなあ、これは。夜食ってなかなか食べないもんな、俺。
「たまにはいいな」
 腹が満たされたら、少し眠くなってきた。今なら気持ちよく寝られそうだ。
 それにしても、夜食って、なんか妙なうまさがある。たまには、夜更かししてみるもんだな。

「ごちそうさまでした」
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