一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百三十七話 ばあちゃん飯

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 冬の朝は、どうしてこんなに寒いんだろう。寒いというか、空気が冷たい。暖房もあんまり効かないし、一人だと余計になあ。
 とりあえず朝飯の準備だ。
 電気ケトルでお湯を沸かす。冷えた水を沸かすのは時間がかかるから、まず最初にやらないとな。それと、弁当のご飯を詰めるの。ちゃんと冷やさないといけないんだ、これ。温めたり冷やしたり、大変だ。
 おかずはとりあえず卵焼きと……あとは冷凍でいいか。
 卵三個に砂糖をふんわり大さじ一、塩一つまみ、醤油を少し垂らし、しっかり混ぜる。卵焼き用のフライパンを火にかける。ひんやりしたフライパンに熱が通っていくと、だんだんと目が覚め、血が巡るような気がしてくる。
 油を広げ、少し卵液を入れて広げる。火が通った端からくるくると巻いていき、残った卵液をまた小分けにしていれる。
 しっかり芯まで火を通す。うん、いい感じ。上手に焼けた。皿に移して切り分ける。
 あとは何にしようかな~、青物は小松菜でいいか。ザクザク切って、耐熱皿にのせ、ラップをかけたらレンジでチン。
「冷凍なんかあったっけな~っと」
 ソースカツ、コロッケ、小さいグラタン、つくね……コロッケとつくねにすっか。コロッケはひとつひとつが小さくて、いろんな味がある。形によって違うんだが……どれがどれだっけ。
 丸と四角と三角。じゃがいもと、カレーと、かぼちゃ。つくねは甘辛いたれがかかっている。
 小松菜を取り出し、冷凍のおかずを温める。
 チンした小松菜にはポン酢をかけ、ごまを振りかけてよく混ぜる。ちょっと味見……うん、この酸味とごまの風味、みずみずしさがいい。
 おかずが温まったら全部詰める。ご飯にはおかかのふりかけ。
 朝飯は弁当の残りでいいや。
「うめずー、朝ごはんー」
「わふっ」
 うめずは相変わらず、朝から元気がいい。器にいつものご飯を入れていたら、嬉しそうに尻尾を振った。
「今日はばあちゃん来るからな」
「わう」
「さて、俺も朝飯食おうかな」
 もう一回、お湯を温め直して、味噌玉を溶かす。
「いただきます」
 弁当の残りって、なんか妙にうまいんだよな。少し冷めてるけど、ほのかに暖かさの残る卵焼きの甘さは、出来立てでも弁当でも味わえない代物だ。小松菜からは水分が出ていて、少し味が薄くなったようにも思う。しょっぱすぎなくていい。
 冷凍のつくね、一本余ったんだ。ギュッとつまって、ふわふわというよりぎっちりした歯ごたえの肉は、野菜の甘味もあってうまい。二つの団子が串に刺さっているのだが、団子同士が接しているところがいい。たれがねちっとカリッとしているんだ。
 みそ汁の具は乾燥わかめと巻き麩。このシンプルさが好きだ。
 炊き立てご飯があればもう、十分だ。
「ごちそうさまでした」
 さて、のんびりしたいところだが、学校は待ってくれない。さっさと片付けなければ。
「はぁ~あ」
 せめて、ため息をつくことだけは許してほしい。

 学校での時間は、恐ろしいほどゆっくり過ぎるように感じるときもあれば、気づけばもう帰り、ってときもある。今日は後者のようだった。得したんだか損したんだがよく分からんな。
「いつだっけ、今週末? 映画」
「来週来週。来週の金曜」
「ねー、帰りコンビニ行くよね」
「今なら早いバスに間に合う!」
 いろんな声を背に聞きながら、とっとと家に帰る。
 思えば、日が少しずつ長くなったものだ。ちょっと前まではもう、今の時間になると真っ暗だった。寒さはいまだ健在だが、確実に春は近づいているのだなあ。
 玄関の扉を開けると、暖かな光が零れる。居間へつながる扉の向こうは普段から電気がついていて、今日も今日とて明るいのだが、なんとなく今日は雰囲気が違うように感じる。
「ただいまー」
「おかえり。寒かったでしょ」
「うん」
 台所から、料理を盛った皿を両手に、ばあちゃんが出てきた。うめずは台所から出てきたばあちゃんの後ろを着いて行き、台所に戻ると大人しく居間で待つ。
「お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
 熱々のお風呂に入り、ソファでのんびりする。何とぜいたくなことだろう。
「湯冷めしないように、靴下ちゃんと履いてよー」
「分かった~」
 テレビやスマホからじゃない、自分以外の人の声が聞こえる。それがどんなに落ち着くか。
「もうすぐご飯できるからねー」
 ガシガシとタオルで頭を拭きながらテーブルに向かう。
「おおー」
 がんもどき、擦った山芋をのりで挟んで揚げたものに、肉の天ぷら。盛りだくさんだ。
「はい、持っていって」
「ん」
 それに、具だくさんの豚汁ときたもんだ。
「あったかいうちに食べなさい」
「いただきます」
 まずは豚汁から。ほんのり甘みを感じる合わせ味噌の香ばしさ、溶けだした野菜のうま味、豚の脂。これこれ、この味こそ豚汁だ。ほくほくの人参にジューシーな大根は目にも鮮やかで、こんにゃくの食感がうれしい。
 豚肉はしっかり火が通って噛み応えがある。脂身のところはプルプルしていてうまい。散らしたネギがいいアクセントだ。
 柚子胡椒を溶かすと刺激が少しプラスされて、爽やかにも味わえる。
 肉の天ぷらは揚げたてだ。今日はにんにく控えめの醤油味のようである。その代わり、しょうがが効いている。あっさりと香ばしくて、いくらでも食べられてしまいそうだ。
 がんもどきはサクッとしつつもホワッと優しい口当たり。豆腐の味にニンジン、ごま、昆布。ニンジンはやっぱり甘く、ごまは香ばしい。昆布のおかげでうまみが増している。醤油をかけてもまたうまい。
 山芋は粘度が高く、もっちりしていて食べ応えがある。のりの風味がまたいい。揚げているからか、風味が増したように思う。どこか軽やかに感じられるのはなんでだろう。
 出汁で味付けしてあるのが程よくて、醤油を垂らしても香ばしさが増していい。
 ホカホカの白米に、肉の天ぷらをのせ、醤油をかけてかじり、ご飯で追いかける。最高だなあ。
「うんまい……」
「よかった。落ち着いて食べなさいね」
「うん」
 差し出されたお茶を飲み、また豚汁に手を付ける。具材をごっそりと口にほおばるのが好きだ。味噌の風味とうま味、いろんな具材のおいしさがあふれて最高だ。
 うん、これはあれだな。学校が早く終わったように感じたのは、とても得だったようだ。

「ごちそうさまでした」
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