一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百二十八話 お好み焼き

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 映画を見た後は、適当なテレビをつけたままだらだらと過ごす。明るい音楽に出演者の笑い声、最近よく見るCMにローカルCM。それをBGMにスマホ見たり漫画読んだりする。
 なんとまあ怠惰な休日だろうか。
「あー……もうこんな時間か」
 咲良が持って来ていたお菓子をつまむついでにテレビの時計を見れば、もう夕方。チョコレートの甘さをオレンジジュースの酸味で流しながら外に視線をやると、すっかり日が暮れてしまっていた。
「おい、咲良。帰らなくていいのか」
 そう聞くが、返事が返ってこない。なんだ、無視か。
「……咲良ー?」
「んえ? なに? 呼んだ?」
 こいつ、寝てたな。
「帰らなくていいのか。もう真っ暗だぞ」
「あー……ほんとだ。うーん、帰るのめんどいなあ」
「めんどいってお前」
「うん。今日、泊まっていい?」
 ……まーたこいつは、とんでもないことを言い出した。
「何言ってんだ。帰れよ」
「えー、いいじゃん。明日休みだし」
「着替えとか、どうすんだよ」
「貸して」
「……家には、連絡しないのか」
 そう言うと、咲良は少し黙った。さすがに諦めたか、と思えば、咲良はなんともまあ能天気というか、この世の憂いなど一ミリも知らないような晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
「電話貸して!」
 ……そうきたか。
「あっ、もしもし、母さん? あのさあ、今日、春都んち泊まっていい?」
『は? 何言ってんの』
 受話器の向こうから、咲良の母親の声が聞こえる。そりゃびっくりするよなあ。
『急に迷惑でしょ、親御さんだって……』
「大丈夫だって。春都しかいないし」
『そういう問題じゃないの』
「だって、春都がさみしいって言うからさあ」
「言ってねえ」
 思わず口を挟むと、咲良は「まあまあ」と笑った。
『着替えとか、どうするの?』
「貸してくれるって」
「初耳だ」
『本当に迷惑じゃないんでしょうね?』
「うん!」
 しばしの押し問答の後、咲良は結局、うちに泊まることとなった。なんとなくそんな気はしていたがな。
「よーし、というわけでよろしく……あれ、春都~?」
「ここだ、ここ」
 客用布団を持ってくる。まったく、手がかかる。
「おー、悪いな! で、悪いついでに、晩飯何?」
「何にしようかね」
「俺、何でもいいよ」
 それは本当に何でもいいと思っているのか、あるいはこいつなりに気を使っているのか。その辺がよく分からないまま、うちにある食材を思い出す。
 卵はこないだ買ってきたし、キャベツとか白菜とか……鍋の材料はあるんだよなあ。他に何ができるかな……あとは、咲良が持ってきたお菓子ぐらいしか……
「あ、お好み焼き」
「おっ、いいねえ」
 ラーメンスナック入れたらうまそうだ。
 そうと決まれば、風呂の準備をしながら下準備だ。
 まずはキャベツを千切りにしていく。もんじゃ焼きとか餃子を作るときもそうだが、野菜たっぷりにするのが俺の好みだ。そういや、紅しょうがもあったな。天かすとかも入れよう。ねぎも。
 お好み焼きの粉をボウルに入れ、卵と水を入れて混ぜる。山芋入りの粉らしい。
 さて、ここで具材を全部混ぜてもいいのだが、今日はちょっと趣向を凝らして、お店っぽくする。小ぶりのボウルにキャベツ、紅しょうが、天かす、ねぎ、おまけにラーメンスナックを入れる。
 あとは焼く前に生地を混ぜて焼けばいい。ホットプレートも出して……
 なんか、俺、思った以上に楽しんでんな。

 風呂から上がったら、さっそく調理開始だ。
 ホットプレートに油を広げ、温める。
「すっげぇ、お店みたい」
 咲良は小分けされた材料を見て言った。
「……ラーメンスナックは、もんじゃでは?」
「お好み焼きは何入れてもいいんだよ」
「なるほど……?」
 なんか怒られそうな持論だが、別に、自分たちが楽しむんだから許してほしい。
 生地をキャベツなどとしっかり混ぜ、ホットプレートに落とす。じゅわあっといい音がして、嫌が応にも期待値が上がっていく。その上に豚バラを好きなだけのせたら蓋をして蒸す。
 いい感じに火が通ったら、ひっくり返す。
「よ……っと」
 おう、上出来。両面ともこんがり焼いたら、ソースをかけて、マヨネーズもかけて、かつお節と青のりを散らせば完成だ。
 焦げたソースの香りは、何物にも代えがたい。
「いただきます」
 熱々のまま食べられるって、いいな。自分一人だとフライパンで焼いて、皿に移すからどうしても冷めてしまう。それはそれでうまいんだけどな。
 山芋入りだからか、食べ応えのある生地だ。もっちりしつつもふわふわともしていて、大量のキャベツのみずみずしさとの相性もいい。ソースの酸味がある香ばしさと、マヨのまろやかさは、キャベツの甘味との相性がベストである。
「なんか楽しいな、これ」
 と、咲良は、先に準備しておいたおにぎりをホットプレートに押し付けながら言う。そうそう、こんがり焼いて、ソースをつけて食うと、なんかいいよな。お好み焼きを置かずにして食うのも一興だ。
 ラーメンスナックが、ふにゃっとしたような、カリッとしたような食感で、醤油の塩辛い風味がする。やっぱりもんじゃ風味になるが、それもまたよし。
 そんで、惜しげもなく使った豚バラ肉。豚バラってカリッカリに焼くと香ばしさが絶妙でうまいんだよなあ。脂のところはジュワッとジューシーで、身のところはもちっとしている。しっかり焼いたから、カリカリした部分が多いな。
 かつお節と青のりの風味が、おいしさを引き立てる。
 しゃりっとした食感があったと思うと、紅しょうがのさわやかさが口の奥で広がる。これこれ、これがうまくて紅しょうが混ぜてんだ。
 なんか、思いがけないことになったけど、熱々のお好み焼き食えたし、良しとしよう。
「なー、春都。俺、このゲームやりたいんだけど」
 咲良がお好み焼きを口にしながら、どこから持ってきたのかゲームのカセットを見せてきた。
「あー、別にいいぞ」
「やったね。俺のセーブデータ作っとこ。ゲーム本体の方、確か八人くらい登録できたよな?」
「お前はいったいうちの何なんだ」
 なんかもう、呆れを通り越して笑ってしまう。ここまで自由にふるまえるって、うらやましいわ。
「好きにすればいい」
「おう! 好きにする!」
 こりゃ、賑やかな夜になりそうだ。

「ごちそうさまでした」
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