一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
650 / 843
日常

第六百十話 ばあちゃん飯

しおりを挟む
 今日は朝から日差しもあって、暑い。セミも絶好調に鳴いているし、まさに夏って感じだ。それに、今日は終業式で明日からは夏休みだ。課外があるとはいえ、長期休みが始まるのは嬉しい。
「いやあー、夏休みだなあ!」
 昇降口の蒸し暑さと匂いに少しげんなりしていたら、セミの大合唱に負けず劣らずの元気な声でそう言いながら咲良がやってきた。
「おはよう!」
「おう、おはよう。朝から元気だな」
「だって夏休み始まるんだぜ~、もっと元気出していこうや」
 軽い足取りで階段を上る咲良の一段後を行く。
「まだ終業式も終わってないってのに」
 言えば咲良は「まあ、それは置いといて」と笑った。
「実質始まったようなもんだろ。まー、課外とか宿題とか、部活とか、部活はまあ俺らはあんまり出番ないかもしんないな、とにかく、いろいろ忙しいけど、休みは休みじゃん。楽しく過ごそうぜぇ」
 そして咲良は前を行く人にちょっかいをかけた。
「なっ、元気出せって」
「うおっ……」
 ……ああ。
「なんだ、朝比奈か」
「びっくりした……井上、急になんだ」
「あはは、いい反応~。いや、何かテンション低いなーと思って」
「通常運転だ」
 朝比奈はあきれたように言うが、咲良には一切響かない。悪びれもせず、いつにも増して上機嫌な様子で笑うばかりだ。
「……大丈夫か、こいつ」
 さすがの朝比奈も少し心配そうに……というか、怪訝そうに俺に聞いてくる。
「夏休み始まるから元気なだけだ」
「ああ、そうか」
 朝比奈が納得したところで百瀬が教室から出てきた。
「聞いたことのある声がしたと思えば。やっぱりお前らか」
「おう百瀬!」
「元気だなあ、井上」
 さすがの夏休みとはいえ、ここまで楽しめるのはすごいな。
 咲良は「あっ、そうだ」といいことを思いついたように言った。
「四人でさ、どっか遊びに行こうぜ。海でも、山でも、街でも。せっかく休みなんだし、遊び倒そうぜ!」
「遊び倒すって……」
 まるで宿題のことも課外のこともすっかり頭から抜け落ちたように言うものだから、三人そろって苦笑してしまう。
 夏休み明け、この表情が曇らないことを祈るばかりだ。

 終業式も無事終わり、帰路につく。父さんと母さんはそろそろ帰ってきているはずだ。
「ただいまー」
「おかえり」
 あー、家の中涼しいなあ。太陽に照らされた頭がひりひりする。
「二人もおかえり」
「ただいま」
 父さんと母さんは片付けとかも一通り済んだみたいで、ちょうど一段落ついたところだったらしい。
 うめずも久々に父さんと母さんに合えて嬉しそうだ。尻尾をパタパタと振り、心なしか笑っているようにも見える。
「あれ、なんか父さん焼けたね」
 こんがり小麦色、というほどではないが、いつもと色が全然違う。父さんは腕をさすりながら笑った。
「外にいることが多かったからなあ」
「春都、見て見て」
 と、母さんが楽しそうに言うので何事かと思えば、冷蔵庫にタッパーが増えている。
「どうしたの、これ」
「お店の方にお土産を持って行ったんだけど、帰りにもらったの」
 かぼちゃの煮物に高菜炒め、たくあん炒めだ。これはうまそうだ。
「もらったの? とってきたんじゃなくて?」
「失敬な」
「あいてっ」
 母さんは力が強いから、ちょっと小脇を突かれるだけでもだいぶダメージを受ける。
「はい、ほら、これ持っていって。お昼にしよう」
 そう言って渡されたのは、おにぎりがのった皿だった。
「ソファの方に持っていってね。涼しいから、そっちで食べよう」
「はーい」
 早速、もらってきたおかずを食べるらしい。テレビもつけて、セミの声を遠くに聞きながらの昼飯は、なんか夏休みって感じがして楽しい。
「いただきます」
 とりあえずおにぎり食べよう。俵型のおにぎりにはのりが巻いてある。
 この塩気がちょっと強めな感じ、失った塩分を取り戻す感じがしていいな。のりは磯の香りが強くて、おにぎりだけでも十分うまい。
 しょっぱくなった口に、かぼちゃの煮物。
 とろとろと甘くて、冷たいままでもおいしい。ほくほくした食感は食べ応えがある。一緒に炊いてある揚げはジュワジュワとジューシーで、かぼちゃの皮目もなんだか香ばしい感じがしてうまい。
 高菜も相変わらずうまい。特に最近食ってなかったから余計にうまい。この香ばしさと塩気、高菜の香りにピリッとした唐辛子、ごまの風味……葉の部分はもふっと、じゃくっと、茎の部分はみずみずしい。
 たくあんは食感がいいなあ。ポリッポリッと気持ちのいい歯触りで、ごまの風味も相まっていくらでも入っていく。
 そんでまたこの漬物がご飯に合うことこの上ない。お茶漬けにしてもうまいんだよなあ。
 テレビは地元のバラエティ番組が流れている。いつも見ないやつだからなんだか新鮮だ。夏におすすめのお出かけスポットとグルメかあ……こういうのを家でだらだら見るのが楽しいんだよなあ。そんで、一人じゃないのもなんかいい。
 漬物はお茶請けにしてもうまい。食べ過ぎにはくれぐれも気を付けないといけないが、ちまちまつまみながらお茶飲んで、だらだらテレビを見ようかな。
 なんせ、夏休みだからな。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...