一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百九十二話 鶏のからあげ

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 修了式の前日には大掃除がある。天気は良く、まさしく掃除日和だ。
 昨日、部室の掃除をさせられたのは修了式を控えていたからか、などと納得しながら、日の当たらない階段を下りていく。ひんやりと冷たくて、外の晴れ晴れとした天気がうそのようだ。掃除道具を持って、あるいは何も持たずに各々の掃除場所へと向かう生徒とすれ違いながら、図書館へ行く。何人か図書委員が招集されてんだよな。
「失礼しま……うわっ」
 机やカウンターの上にはうず高く本が積まれている。
「やあ、来てくれたか。待っていたぞ」
 そう言いながら、詰所から漆原先生が出てきた。
「何です、この本の山は」
「修了式前に、蔵書点検をしないといけないからな。皆返してもらったのさ」
「ああー……」
「この片付けをすべて俺一人で終わらせるには無理があるからなあ。手伝ってもらうぞ」
 だから召集されたわけか。なるほど、そんなことなら大歓迎だ。本を片付けるのは嫌いじゃない。
 それから少しして、何人か別の図書委員がやってきた。朝比奈と早瀬も召集されたみたいだ。そんで、最後にやってきたのは咲良だった。
「おっ、みんな早いなあ」
 三人で話をしていたところに、のんびりと咲良がやってくる。
「なんか俺ら、よくこき使われてんなあ」
「……便利屋みたいだ」
 朝比奈のつぶやきに、早瀬が「実際、便利屋ってあるのかな」と言う。
「あるんじゃないか。名前はいろいろ違いそうだけど」
 そう言えば、早瀬はうんうんと納得したように頷いた。
「あー、何とかサービス、みたいにな」
「万屋とか!」
 咲良が朗らかに言い放った言葉に、思わず沈黙する。万屋……万屋か。万屋って、どっちかっていうと……
「コンビニじゃないか?」
 咲良以外の三人、声が重なる。咲良は「あれー?」と首をひねって笑った。
 間もなくして集合がかけられる。返却された本の確認をする班と書架整理をする班に分けられた。俺は書架整理を命じられた。すでにいくつかの山は確認が終わっているらしいので、それを戻しに行く。うーん、重い。
「ジャンルバラバラかよ……」
 小説に自己啓発本、海外文学、新書、夢占いに心理テストに料理本……時々、こんな本誰が借りたんだろう、と思うような本もある。詮索する必要なんてないが、気になるな。これだから書架整理は楽しい。
 読むだけ読んで借りなかったらしい痕跡がある乱れた本棚の本を並べなおす。なんでこの本がここにあるんだか。
「えーっと? 次は何だ、文庫本か……」
 文庫本の棚、本が多くて片づけるの大変なんだよなあ。何なら本棚からはみ出してるやつもあるくらいだ。そういう本は棚の上に並べて置いてある。そんでまたこの辺は並び順がばらばらである確率が高い。
「よし、こんなもんか……」
 一つ目の山を片付けて、次の山を取りに行く。と、咲良がなにやら本を仕分けていた。
「なにしてんだ?」
「あーこれ? いや、本の種類ばらばらだからさあ、とりあえず同じジャンルで分ければ、片付けしやすいかなって」
「……おお」
「さすがに、番号順とか五十音順とか並べてると時間かかるから、分類別にしかできないけど。それに、運ぶ冊数は少ない方が楽だろ?」
 確かに、さっさと片付けたくてつい大量に運んでしまいがちだが、それだと、運びづらいし重い。
「咲良にしては、気が利くな」
「一言余計だなあ」
 そう言いながら、咲良は笑った。
「こういう単純作業は、割と好きなんだ」
「ふーん……まあ、助かる」
「おう。こっちの方から持ってってくれよ~」
 咲良が示した方に積まれていた本を抱える。これは、小説だな。格段にやりやすくなった。咲良は他のやつらにも指示を出しながら、仕分けをさっさと進めていく。
「なんか、意外な気がする」
 向かいの本棚を整理していた早瀬が言った。
「井上って、割と手際がいいんだな」
「情熱を注ぐ場所とタイミングが謎だ」
「はは、それはそうだ」
 そう話していると、今度は後ろの本棚に本を片付けていた朝比奈がぼそりと言った。
「……たまにやらかすし」
「えっ?」
 見れば、朝比奈の手には料理本が握られていた。他に抱えている本が小説なのを見るあたり、間違えたのだろう。確かに、小説にも見える装丁だが……
 まあ、そこが咲良のよさってことにしておこう。

 頑張ると、いいことがあるもんだ。
 くたびれ果てて家に帰ると、風呂と夕食の準備が整っていた。なんかもうそれだけで泣きそうなくらいありがたい。しかも、晩飯はからあげと来たもんだ。
「春都がお風呂からあがったら、揚げようね」
 揚げたての方がいいでしょう、と、母さんがそう言ったものだから、とっとと風呂に入ってしまった。いつも面倒でだらだらしてしまいがちだが、今日はいつになく機敏に動けたぞ。
 揚げたてのからあげは、もうすぐそこだ。
「いただきます」
 こんがりといい色に揚がった鶏肉。なんか、衣の感じがいつもと違う感じがするのは気のせいだろうか。
「今日はね、小麦粉と片栗粉、それと卵で衣を作ってみたの」
 と、母さんは言った。へえ、そうなんだ。なんかお店のからあげみたいな感じだ。
 カリッとはしているがかたすぎない衣、サクふわっとした口当たり。鶏肉はぷりっぷりで、歯触りが楽しい。ジュワッと染み出す肉汁に、あふれ出すうま味。にんにく醤油は香ばしく、食べている最中から次から次へと食べてしまいたくなるほどに、食欲を刺激してくる。
「うまい」
 言えば、母さんの隣で父さんがうんうんと頷いた。母さんは笑う。
「よかった」
 なんだかフライドチキンにも似た衣だ。味わいは確かにからあげだが、フライドチキンの感じも楽しめていい。
 レモンをかけてみようか。ん、酸味がいい働きをしている。爽やかで強すぎないレモンの酸味は、鶏のからあげによく合う。淡白さが際立ち、あっさりと食べ進められるのだ。ご飯にも当然……合う。
 マヨネーズはまったりとしたうま味とコク、なめらかな舌触りがいい。鶏のからあげにはやっぱりマヨネーズだよなあ。レモンと一緒に合わせると、すっきりした感じも味わえて最高だ。
 そんで、皮。鶏の脂身はどうしてこんなにも魅力的なのだろうか。ジュワジュワしていて、もっちもちで、何より、マヨネーズに合う。うま味が凝縮しているんだ。
 そして何より、誰かが家で作って待ってくれているということが、おいしさを倍増させるのだ。
 はあ、俺、幸せだ。

「ごちそうさまでした」
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