一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百七十七話 メンチカツ

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「こんにちは。今日はお一人なんですね」
 食堂で一人、券売機の列に並んでいたら橘に声をかけられた。手に持っているのはコンビニの袋だ。
「ん、まあそんな日もある」
「僕も今日は一人なんです。友達はなんか用事があるって。一緒に座ってもいいですか?」
「おー、いいぞ」
 そう答えると橘は嬉しそうに笑って、列の最後尾に並んだ。
 まったく、俺の何がいいのやら。慕われるのは悪い気しないが、いまだに疑問である。大して関わったこともないうちからあんな感じだったが……うーん、人とは分からんものだ。
 今日は……何にしようか。晩飯はもうメンチカツって決めてんだ。コンビニのがうまかったから、また買いに行くつもりだ。となると揚げ物じゃない方がいいかなあ。別に被っても問題はないか。
 じゃあ、かけそばとコロッケにしよう。
 コロッケはよく出るメニューなので、すでに盛り付けがされている皿がたくさんある。そばも時間がかからないので、とてもいい。平たいコロッケが二個とキャベツが少々。ドレッシングは……ごまにしよう。うちじゃなかなか買わないやつだ。
 窓際の席を素早く陣取り、橘を待つ。橘はカレーにしたようだった。濃い茶色のカレーに真っ赤な福神漬けが映える。
「あっ、お待たせしました!」
「おう。あんま待ってないけどな」
「お向かい、失礼します~」
 それじゃあ。
「いただきます」
 学食に最近追加されたメニュー、かけそば。つるんとした口当たりがよく、冷凍麺にも似たやわらかさもある。出汁はうどんと同じなんだよな。塩からくなくて好きなんだ。ねぎの風味も程よい。
 コロッケは、一つはそのまま食べて、もう一つはそばにのせる。そのまま食べる方にはソースをかける。食べ慣れたソースの、業務用サイズ。サイズが違うだけで、味が違う気がするのが不思議だ。実際、少しは違うのかもしれないけれど。
 少ししんなりしつつもサクサク感は残った衣、もちっとしたような、トロッとしたような中身。シンプルな味わいが心地いい。ほんのり甘めなのがいいんだ。
「コロッケをそばにのせるんですね」
 橘が、福神漬けと一緒にカレーを口にして言った。
「うまいぞ」
「僕も今度やってみます」
 出汁を吸ったコロッケはほろほろで、また違ったおいしさになる。衣からあふれ出すうま味、ほどけたコロッケと一緒にすするそば、かき集めて一気に食べたい衣。コロッケそばはアニメで見て試してみたが、なかなかうまい。
 底の方にたまったコロッケの残りを最後まできれいに食べきれると、なんかうれしい。一味をかけてもいいな。ピリッと味が引き締まる。
 コクのある胡麻ドレッシングがなじんだキャベツもいい。プチプチとごまがはじけ、実に香ばしい。キャベツのみずみずしさでさっぱりしてちょうどいいな。
「ごちそうさまでした」
 茶碗を片付け、そのまま商品棚に視線をやる。パンはあらかた売り切れているが、デザートは少し残っている。なんか食べたいな。お、ドーナツある。これにしよう。チョコがけのやつ、うまそうだ。チョコスプレーがきれいだ。
「そういえば、井上先輩はどうしたんですか?」
 橘はコンビニの袋からたい焼きを取り出した。たい焼きか。最近食ってないな。
「今日は休み」
「体調が悪いんですか?」
「どうだろうなあ、詳しくは聞いてない」
 本当は、体調不良ではなく定期健診だと知っているが、まあ、俺が話すべきことではない。医大に行ってるんだっけ。内設されたカフェでお茶するのが楽しみだって言ってたな。
 ドーナツの生地はかためで、チョコレートは甘い。口の中の水分が持っていかれそうなので、お茶を飲む。お、麦茶とドーナツって、結構いいな。香ばしい。チョコスプレーも、特別何かしらの味があるわけじゃないけど、うまいんだよなあ。カフェにもドーナツ、売ってんのかな。
「橘はそれ、コンビニのたい焼きか。うまいのか?」
 聞けば橘は、たい焼きを頭からかじって頷いた。
「おいしいですよ。このままでもいいですけど、冷やしたり焼いたりしてもいいです。中身もいろいろあるから、楽しいですよ」
「それの中身は何だ?」
「これは粒あんです。僕的には、冷やして食べるならクリーム系、焼くのはあんこ系がおすすめですね。焼いたやつにはバニラアイス添えてもいいですよ」
「あ、それはうまそうだ」
「えへへ。でしょう」
 おいしいですよぉ、と橘はにこにこ笑った。
「でもそのコンビニ遠いんだよな」
「この辺、ありませんでしたっけ?」
「ないなぁ」
「まあ、うちの周りも、コンビニの種類偏ってますねぇ」
 いつか機会があったら買ってみよう。楽しみが一つ増えた。

 帰り道、せっかく足を延ばしてレンタルショップ近くのコンビニまで行ったというのに、メンチカツは売り切れだった。
「一か八か、行ってみるか……」
 メンチカツがうまい肉屋さん。ほとんど昼のうちに売り切れるから、もうないだろうなあと思っていたら、あった。人気なので、今度から夕方にも揚げることにしたらしい。大ぶりのメンチカツを二つ買って帰った。
 まさか肉屋のメンチカツにありつけるとは。ちょっと、いや、だいぶラッキーだった。キャベツの千切りを添えよう。準備している間にも、いい匂いがしてきてたまらない。早く食べたい。
「いただきます」
 まずは何もかけずにそのまま。うんうん、味付けがしっかりしているから、このままでも十分うまい。濃い味ってわけではないのだが、肉の味を引き立てる絶妙な塩こしょうの具合、臭みはなく、滲み出す肉汁は一級のソースになる。
 衣はサックサクで、パン粉が細かいから食べやすい。ところどころ大きめのパン粉があるのがまたいい。香ばしくてうまい。
 次はソースを少しかけてみる。あ、これはこれでいいな。ソースの酸味と甘みが肉にしっとりとなじみ、ご飯により一層合う味わいになった。ご飯の上にバウンドさせて食い、その味が染みたご飯で追いかける。何とぜいたくな。
 キャベツと一緒に食うと、またあっさりしていいな。今度、パンで挟んで食ってみたいな。
 最後は何もかけずに、少し冷えたので、かぶりついてみる。かぶりつくっていうのは、最高の食べ方のように思う。細かく切って味わうのもいいが、大胆にかぶりつくことでしか味わえない何かというものがある。
 あふれ出るうま味、衣のサクサク、肉の風味に塩こしょう。くぅ、たまんねえな。
 今度は食べ比べをしてみたいな。どうせなら、あちこちからいろいろ買ってこよう。揚げ物祭り、楽しそうだな。
 自分で作ってみるのも、ありかなあ。

「ごちそうさまでした」
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