一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百七十五話 コロッケ

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 結局、片付けが終わったのは三時を回る頃だった。
「いやー、達成感!」
 雑巾片手に、咲良が言った。朝比奈もその隣で満足げな表情を浮かべている。三人そろって学ランを脱ぎ、袖をまくり上げズボンの裾をまくり上げ、結構真剣に掃除したもんだ。隅々まで埃をふき取り、本もCDもきれいにそろえて並べ、物置は開けっ放しにしていても気分がいいくらいになった。
 裾を整え学ランを羽織り、掃除道具を片付けに行く。動けば暑いが、外はすうっと寒い。特に昇降口付近の手洗い場は日陰になっているからなあ。油断するとすぐに風邪をひく。
「俺、自分ちでもここまで一生懸命掃除したことないわ」
 雑巾を洗いながら、咲良が言う。
「すっげえ汚れてたな。見た感じそうでもなさそうだったけど」
「見えない汚れってあるからな」
「掃除機とか、片づけてきたぞ」
 朝比奈もやってきて、雑巾を手に取った。
「ありがとな」
「かなり埃がすごかった。砂もあった」
「砂? なんでだろうな」
「体育祭とかじゃないか」
 言えば咲良は「なるほどなあ」といって蛇口を閉め、ぞうきんを絞った。ぎちぎちに絞って来いと先生からお達しを受けているので、かなり絞らなくてはならない。
「見ろよ、洗剤で洗ったからめっちゃきれい」
「あ? 俺の方がきれいだ」
「……俺のはどうだ」
 三人そろって、雑巾を広げて掲げる。いまだ冷たい風に揺れる雑巾は、うっすらと黒いところと白いところがまばらだった。
「うーん、五十歩百歩!」
 咲良は言って、明るく笑ったのだった。

 なんか、妙に張り切り過ぎたせいで落ち着かない。ちょっと歩いて帰ろう。レンタルショップにでも行こうかな。
「といっても、借りたいものがあるわけではないのだが……」
 見るだけでも楽しいもんだよな。アニメDVDのコーナーが縮小されて隅に追いやられているのは少々さみしいがな。この辺じゃ需要ないのかあ。映画館近くのレンタルショップは結構豊富だし、郵便で返せるから便利だけど、ちょっと行くには遠い。今度図書館行くときにでも寄ってみようか。
 あ、そういえば漫画も借りられるんだったな。確か店の奥の方だったような。
 それにしても電化製品とかが増えて、ゲームが減ったなあ。外国のお菓子とかも売り始めてんだな。何でもありって感じだ。韓ドラと洋画の棚の間の通路には、ドイツのお菓子が並んでいる。
 本は割と揃っているようだな。気になる漫画は借りて読んでみて、気に入ったら買う、ってのはありだ。俺は結構それでいい出会いをした。好みに合わないのもまああったけど、それはそれでよし。
 話題の新刊は借りられている。なんか、こう、あんまり騒がれていないような漫画が読みたいなあ。胸糞悪くならない感じの、読後感がいいやつ。人が死なないのがいいなあ。どろどろしたのもあんまり好きじゃない。
 これ、気になってた漫画だ。面白いのかなあ。そろそろ完結するって聞いたけど、バッドエンドかハッピーエンドか予想つかないんだっけ。完結してから読むべきか否か……。バッドエンドは、苦手なんだ。
「どうなんだろう……」
「それ、結構おもしろいよ」
「う、わっ」
 び……びっくりした。守本か。
「急に背後に立つなよ……」
「あはは、ごめんごめん。真剣に悩んでたから、邪魔しちゃダメかなーって。でもそれはほんとにおもしろいよ」
 守本は笑って、一巻を手に取った。レンタルショップの漫画は、本来ついているカバーがないんだよな。ケースの中にカバーが入っていて、借りる本には透明のカバーがついているんだ。何回も借りられたやつはボロボロで、扱いが大変なんだなあ。
「アニメ化とか実写化とかされてるけど、漫画そのものは割と話題になってないよね。うちに全巻揃ってるよ」
「人は、死ぬのか?」
「それは重要なネタバレになっちゃうから言えないなあ」
 別にネタバレしてもらってもいいのだが。自分が好きで読んでる漫画は、自分で最初に読んで色々感じたいが、不安なものは先に結果を聞くに限る。ミステリーは、下手すると最後から読むもんな、俺。
「暗いのは苦手だ」
「うーん、どうだろ。微妙な感じ。まあ、最終巻が出てから読むのもありなんじゃない?」
 それもそうだ。最後から読むのが一番安心だな。つっても、登場人物がどれだけいるか分からないから、ある程度最初の方は読む必要がありそうだ。せっかくだし、楽しもう。
「そうする」
「やっぱ気になるよね、最後。読後感悪いと、結構引きずるから」
「そうそう」
 結局、なにも借りずに守本と一緒に外に出る。陽が陰ってくるとうすら寒い。それになんか、小腹が空いた。コンビニ寄って行こう。
「お、なんか買うの?」
 守本が聞いてくる。
「腹減った」
「じゃ、俺もなんか買おうっと。甘いもの食べたいなあ」
 あー、甘いものも捨てがたい。ここのパフェうまいんだよなあ。でも、今日はしょっぱいものを買う。コロッケだ。
 守本は季節限定のいちご練乳パフェを買っていた。
「いただきます」
 コロッケ、まずはそのまま。
 ん、これ揚げたてかな。衣ザグザグで香ばしい。中身めっちゃ熱いな。どっしりとしたジャガイモのコロッケで、心地よく腹にたまっていく。ねっとりとしていて、食べごたえは十分だ。ほんの少し紛れているひき肉もうまい。
 ソースをかけると少し冷めて食べやすい。酸味が強めの、フルーティな特製ソースは、ジャガイモの甘味によく合う。濃い口当たりがさっぱりとしつつも、ソースが衣にジュワジュワと染みこんで、食べ応えはそのままだ。
 少し冷めてくると、より一層ジャガイモの味が分かってくる。コンビニのコロッケは、結構うまい。充分おかずになる。
 晩飯用に買ってくるか。安いし。メンチカツも気になってるからなあ。
「うまそうに食うなあ、一条」
 守本がイチゴの酸味か寒さか、どちらかに少し震えて笑った。
「俺も後で買おうかな」
「うまいぞ」
「見てたら分かるよ」
 ああ、最後のひとかけら。なんだかさみしい気もするが、ソースをたっぷり浸して食べる。うん、うまかった。
 さーて、追加だ、追加。他にもいい感じの、ないかなあ。

「ごちそうさまでした」
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