611 / 846
日常
第五百七十四話 コンビニ飯
しおりを挟む
この時期になると、下校時刻が早い日が多くなる。かといってまっすぐ帰れる日ばかりではなく、部活も当然のようにある。今日は俺らも召集された。
「昼飯っていらないんだよな?」
視聴覚室に向かいながら、咲良が言った。三年生の教室の並びにある視聴覚室に行くのは、今の時期は特に気を使う。空気がピリピリしてんだよなあ。でも、こいつには関係なさそうだ。
「ああ、すぐ終わるって」
「片付けだったよな。雑用要員なわけだし、頑張らないとな」
「そうだな」
視聴覚室の鍵はすでに開いていた。朝比奈と早瀬がもう来ていたようだ。
「おっ、久しぶりに来たな」
早瀬は愛想よく笑った。
「特に一条は、会うのも久しぶりだ」
「部活にでもこない限り、理系とはなかなか関わらんからな」
「体育で一緒になることもないし」
あ、でも咲良は理系だけど、毎日のごとく話すな。例外ってやつか。
部員が集まるまではまだ時間がかかりそうだったので、椅子に座って少しのんびりする。それにしても、改めて見ると散らかってんなあ、準備室。CDは山積み、プリントは散乱、カセットテープまである。
「片付けってさあ、何すんの? ここの掃除だけ?」
咲良がのんきに聞くと、早瀬は意味深に笑った。
「ここもだけど、こっちと、こっちも」
早瀬が示したのは、物置と本棚だった。そういえばここの物置、空いてるとこ見たことないな。最近まで、機材が詰め込まれていると思い込んでいたくらいだ。本棚にはカーテンがかかっていて中をうかがい知ることはできない。
「いやー、どうなってんだろうね。この中。俺もあんまり直視したことないから」
なんて不穏なことを言うんだ、早瀬。
朝比奈があきれたように聞く。
「直視したことないって……何で」
「都合の悪いことからは目をそむけたくなるのが、人間だろ?」
「答えになってない」
「まあ、見ればわかるよ」
今すぐ中を確認したいが、物置の前には椅子がずらっと並んでいて容易には開けられない。
「……本棚は?」
恐る恐る朝比奈が問う。早瀬は本棚に近づきながら「ここはねぇ……」とつぶやき、壁に寄りかかった。
「まあ、いろいろある。本とか、勧誘ポスターとか、朗読CDとか、過去問とか」
「過去問?」
「後は教科書だね」
「教科書?」
到底部活には関係なさそうなものだが。早瀬は続けた。
「過去問は、歴代の先輩たちが卒業するときに置いて行ったんだ。後輩のためとか言いながら、自分ちの荷物を減らしたかったんだろうな。教科書はまあ、忘れものとか、置き勉とか。ロッカーに入れとくと検閲の対象になるようなやつをここに置いて」
と、早瀬は本棚を軽くたたいた。
「物が増えて見るに堪えなくなったから、余った部費でカーテンを購入したわけだ」
「俺知ってる。こういうの、臭い物に蓋をする、っていうんだろ」
咲良は、すでに一仕事終えたようにぐったりした様子で言ったが、諦めたようにため息をつくと背もたれに寄りかかった。
「まー、食いもんとかなけりゃ大丈夫だな」
「さすがにないだろ」
「放置された食べ物ほど怖いものはない……」
はは、と三人で笑うが、早瀬は目を合わせようとしない。
「……食べ物は、ないよな?」
咲良が念を押すように、というか祈るように聞くと、早瀬は一つ深呼吸をして後ろを向いた。
「……あったらごめん」
さすがに笑えない答えが返って来て、咲良は天を仰いだ。
「あったとして、いつの食いもんだよ」
「さあ……あっ。皆来たみたいだ、さ、集合集合」
早瀬はそそくさと視聴覚室へ向かった。
「……本当に、昼前に終わるんだろうな」
朝比奈の言葉に、はっきりと答えられるやつは、誰もいなかった。
「もー、やっぱり終わんねーじゃん!」
財布だけ持ってコンビニに向かう途中、咲良が不満げに言った。結局、あれやこれやと色々なものが発掘され、物置も思わず開いてすぐ閉じてしまうくらい散らかってたし、案の定、いつのものか分からない飴が大量に出てきた。
「食堂は閉まってるし……あーもー、昨日の今頃は楽しかったのになあ」
「昼飯うまかったし、あっちこっち目新しいもんがあったからな」
言えば朝比奈も頷いた。
学校からコンビニに昼飯を買いに行くなんて、思えば初めてかもしれない。そもそもコンビニの飯を学校に持ってったこともないからな。まあ、ちょっと楽しいので、片付けが長引いたのも良しとしよう。日差しが暖かいなあ、いい気分だ。空気もきれいだし。
ちょうど昼時だということもあってか、結構売り切れのものも多かった。おにぎりは豊富にあるみたいだ。じゃあ、明太マヨと辛子高菜、あとは鮭にするかな。からあげ棒もうまそうだ。買ってしまえ。
片づけはまだまだ終わらないが、昼飯を食べられる程度には準備室を片付けておいた。椅子に座り、さっそく食う。
「いただきます」
まずはおにぎりを一つ食おう。明太マヨかな。これは味付きのりなんだよな。
パリッといい食感で、のりは甘めの味付けでうまい。ていうか、明太マヨうまいなあ。たっぷり入っていて、マヨネーズのまろやかさと明太子の塩気のバランスが抜群だ。味のりの甘味との相性もいいなあ。冷えた米粒もモチモチで、最高にうまい。腹減ってたからかな。いつも以上にコンビニの飯がうまい。
辛子高菜は当然辛いな。ご飯が進む。うちで食う高菜とはまた違った味わいだが、それもいい。みずみずしくて食感もいい。焼きのりもうまいんだよなあ、このおにぎり。
鮭は安定のうまさって感じだな。魚臭さはなくて、甘めの塩味に鮭のうま味と脂が滲み出す。ほんのりやわらかめなのがご飯となじんでちょうどいい。こっちも焼きのりだ。パリパリのりのおにぎりもいいもんだなあ。
からあげ棒は、どっしりと重い。ふわサクッとした衣はにんにく控えめの醤油味だ。身もやわらかくジューシーで、皮目のカリジュワッとした口当たりがたまらない。口いっぱいにうまみが満ちて……買ってよかった。
なんか、想像以上に腹が減ってたみたいだ。あっという間に食べ終わってしまった。咲良も朝比奈も同じようで、遠い目をして無言で食べている。
お茶で口の中をさっぱりさせる。さて、もうひと頑張りするとしますかね。
「ごちそうさまでした」
「昼飯っていらないんだよな?」
視聴覚室に向かいながら、咲良が言った。三年生の教室の並びにある視聴覚室に行くのは、今の時期は特に気を使う。空気がピリピリしてんだよなあ。でも、こいつには関係なさそうだ。
「ああ、すぐ終わるって」
「片付けだったよな。雑用要員なわけだし、頑張らないとな」
「そうだな」
視聴覚室の鍵はすでに開いていた。朝比奈と早瀬がもう来ていたようだ。
「おっ、久しぶりに来たな」
早瀬は愛想よく笑った。
「特に一条は、会うのも久しぶりだ」
「部活にでもこない限り、理系とはなかなか関わらんからな」
「体育で一緒になることもないし」
あ、でも咲良は理系だけど、毎日のごとく話すな。例外ってやつか。
部員が集まるまではまだ時間がかかりそうだったので、椅子に座って少しのんびりする。それにしても、改めて見ると散らかってんなあ、準備室。CDは山積み、プリントは散乱、カセットテープまである。
「片付けってさあ、何すんの? ここの掃除だけ?」
咲良がのんきに聞くと、早瀬は意味深に笑った。
「ここもだけど、こっちと、こっちも」
早瀬が示したのは、物置と本棚だった。そういえばここの物置、空いてるとこ見たことないな。最近まで、機材が詰め込まれていると思い込んでいたくらいだ。本棚にはカーテンがかかっていて中をうかがい知ることはできない。
「いやー、どうなってんだろうね。この中。俺もあんまり直視したことないから」
なんて不穏なことを言うんだ、早瀬。
朝比奈があきれたように聞く。
「直視したことないって……何で」
「都合の悪いことからは目をそむけたくなるのが、人間だろ?」
「答えになってない」
「まあ、見ればわかるよ」
今すぐ中を確認したいが、物置の前には椅子がずらっと並んでいて容易には開けられない。
「……本棚は?」
恐る恐る朝比奈が問う。早瀬は本棚に近づきながら「ここはねぇ……」とつぶやき、壁に寄りかかった。
「まあ、いろいろある。本とか、勧誘ポスターとか、朗読CDとか、過去問とか」
「過去問?」
「後は教科書だね」
「教科書?」
到底部活には関係なさそうなものだが。早瀬は続けた。
「過去問は、歴代の先輩たちが卒業するときに置いて行ったんだ。後輩のためとか言いながら、自分ちの荷物を減らしたかったんだろうな。教科書はまあ、忘れものとか、置き勉とか。ロッカーに入れとくと検閲の対象になるようなやつをここに置いて」
と、早瀬は本棚を軽くたたいた。
「物が増えて見るに堪えなくなったから、余った部費でカーテンを購入したわけだ」
「俺知ってる。こういうの、臭い物に蓋をする、っていうんだろ」
咲良は、すでに一仕事終えたようにぐったりした様子で言ったが、諦めたようにため息をつくと背もたれに寄りかかった。
「まー、食いもんとかなけりゃ大丈夫だな」
「さすがにないだろ」
「放置された食べ物ほど怖いものはない……」
はは、と三人で笑うが、早瀬は目を合わせようとしない。
「……食べ物は、ないよな?」
咲良が念を押すように、というか祈るように聞くと、早瀬は一つ深呼吸をして後ろを向いた。
「……あったらごめん」
さすがに笑えない答えが返って来て、咲良は天を仰いだ。
「あったとして、いつの食いもんだよ」
「さあ……あっ。皆来たみたいだ、さ、集合集合」
早瀬はそそくさと視聴覚室へ向かった。
「……本当に、昼前に終わるんだろうな」
朝比奈の言葉に、はっきりと答えられるやつは、誰もいなかった。
「もー、やっぱり終わんねーじゃん!」
財布だけ持ってコンビニに向かう途中、咲良が不満げに言った。結局、あれやこれやと色々なものが発掘され、物置も思わず開いてすぐ閉じてしまうくらい散らかってたし、案の定、いつのものか分からない飴が大量に出てきた。
「食堂は閉まってるし……あーもー、昨日の今頃は楽しかったのになあ」
「昼飯うまかったし、あっちこっち目新しいもんがあったからな」
言えば朝比奈も頷いた。
学校からコンビニに昼飯を買いに行くなんて、思えば初めてかもしれない。そもそもコンビニの飯を学校に持ってったこともないからな。まあ、ちょっと楽しいので、片付けが長引いたのも良しとしよう。日差しが暖かいなあ、いい気分だ。空気もきれいだし。
ちょうど昼時だということもあってか、結構売り切れのものも多かった。おにぎりは豊富にあるみたいだ。じゃあ、明太マヨと辛子高菜、あとは鮭にするかな。からあげ棒もうまそうだ。買ってしまえ。
片づけはまだまだ終わらないが、昼飯を食べられる程度には準備室を片付けておいた。椅子に座り、さっそく食う。
「いただきます」
まずはおにぎりを一つ食おう。明太マヨかな。これは味付きのりなんだよな。
パリッといい食感で、のりは甘めの味付けでうまい。ていうか、明太マヨうまいなあ。たっぷり入っていて、マヨネーズのまろやかさと明太子の塩気のバランスが抜群だ。味のりの甘味との相性もいいなあ。冷えた米粒もモチモチで、最高にうまい。腹減ってたからかな。いつも以上にコンビニの飯がうまい。
辛子高菜は当然辛いな。ご飯が進む。うちで食う高菜とはまた違った味わいだが、それもいい。みずみずしくて食感もいい。焼きのりもうまいんだよなあ、このおにぎり。
鮭は安定のうまさって感じだな。魚臭さはなくて、甘めの塩味に鮭のうま味と脂が滲み出す。ほんのりやわらかめなのがご飯となじんでちょうどいい。こっちも焼きのりだ。パリパリのりのおにぎりもいいもんだなあ。
からあげ棒は、どっしりと重い。ふわサクッとした衣はにんにく控えめの醤油味だ。身もやわらかくジューシーで、皮目のカリジュワッとした口当たりがたまらない。口いっぱいにうまみが満ちて……買ってよかった。
なんか、想像以上に腹が減ってたみたいだ。あっという間に食べ終わってしまった。咲良も朝比奈も同じようで、遠い目をして無言で食べている。
お茶で口の中をさっぱりさせる。さて、もうひと頑張りするとしますかね。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる