604 / 843
日常
第五百六十八話 揚げ鶏弁当
しおりを挟む
『今日の夕方からさあ、春都んち遊びに行ってもいい?』
「……はあ?」
土曜の昼頃、花丸スーパーでりんごを吟味していたら、咲良が電話をかけてきて、明るくそう言った。
「お前、夕方からって……ちょっと待て」
いったん外に出て、ベンチに座る。まだ人は少なく、空気が澄んでいる。
『なんか取り込み中だった?』
「買い物中だった」
『あ、じゃあそれ終わってでも……』
「話が気になって集中できん」
突然電話してきたかと思えば、夕方に遊びに来るだと? そんなん、放っておけるわけがないだろう。
『あはは、そっかあ。いや、なんか急にさ、鍋パしたくなってさあ。んで、春都に言えば、うまいもん食わせてくれるかなーと』
「鍋パ……」
ああ、鍋パーティ。
「何で急に鍋」
『んーなんとなく?』
こいつに理由を聞いた俺がバカだった。
「でも夕方っつったら、夜はどうすんだよ。帰るんだろ。だいぶ遅くなるぞ」
『えっ? 泊まろっかなーって思ってたんだけど。明日休みだし』
「泊まる……泊まる?」
『うん』
咲良は平然と続けた。
『朝比奈と百瀬も誘おうと思っててな。百瀬はお菓子作ってきてくれるかなー』
「泊まるって……いきなり言うことかそれは!」
『そこを何とか~。な?』
こうなると咲良はもう引かないんだよなあ。
「……親に聞いてみる。ちょっと待て」
『おー! よろしく頼むぜ! メッセージで送ってくれたらいいから!』
いったん咲良との通話を切り、母さんに電話をする。思いのほか早くつながったのでびっくりした。
『はーい、もしもし~。ちょうどよかった。私も電話しようと思って、ちょうどスマホ手に取ったところだった』
「あ、そうなんだ。何?」
『春都は?』
「こっちは少し長くなりそうだから」
『そう? あのね、来月の中ごろには帰れそうになったから、とりあえず連絡しておこうと思って』
来月の中ごろか……その頃にはもうだいぶ暖かくなっているかなあ。
「分かった」
『具体的な日付が決まったらまた連絡するね。それで、春都はどうしたの?』
「それが……」
かくかくしかじか、事情を説明すると、『あはは』と母さんは笑った。
『春都が嫌じゃないなら、別にいいよ』
「うーん。嫌じゃないけど」
『めんどくさいんでしょ』
図星をつかれて何も言えない。母さんは笑った。
『まあ、今しかできないようなことでしょう? 来てもらってもいいと思うけどね』
「じゃあ……そうする。あー、でも、布団あったっけ? お客用の」
『物置とか、母さんたちの部屋の押し入れとかにあると思うよ。時々洗濯してるから、そのまま出しても大丈夫だよ』
「ん、分かった」
それじゃあ、鍋の準備しないとなあ。昼飯は……簡単に済ませよう。夜疲れそうだからな。ぼんやりと色々考えていたら、母さんが言った。
『ま、楽しみなさい。何かあったらすぐに連絡してくれていいからね』
「分かった。ありがとう」
『お父さんには母さんが言っておくから、心配しないで。喜ぶと思う』
喜ぶんだ……親心というものはどうにも分からない。
それから一言二言話して電話を切った。さて、咲良に連絡……うわ、もう返信来た。なになに、朝比奈と百瀬も来るのは確定か……人が了承出す前に勝手に約束すんなよなあ。ま、いいけど。
「ん?」
なんかメッセージ来た。何だ?
『闇鍋とかどうよ?』
……闇鍋。
「こいつ何入れるか分かんねえな……」
闇鍋そのものはまあまあ楽しそうだが、俺としては、安心して飯は食いたいものだ。天井知らずの金額、何が入っているか分からない飯、そういうのもまあ一興といえば一興なのだが、俺は、いいかなあ。
「やめとけ」
そう送ると、思いのほかすんなりと引き下がった。
何だよ、言いたかっただけか。
その後、店に戻ると、ちょうど弁当ができた頃だったので、買うことにした。選び放題だったが、揚げ鶏が無性にうまそうだったので昼飯はそれにした。
「いただきます」
ホカホカご飯に大きな揚げ鶏。添え物はサラダとナポリタンだ。あ、漬物もついてる。嬉しいなあ。
まずは揚げ鶏から。まだ温かい。むしろ熱いくらいだ。ザクザクの衣がめちゃくちゃ香ばしい。にんにく風味で、醤油の味が効いてるなあ。鶏肉はぷりっぷりで、ジューシーで、実に食べ応えがある。分厚い衣だが、それがいい。肉もそれなりに厚みがあるから、衣に負けない。
ナポリタンは甘めでソースがたっぷりだ。コーンとか、小さな薄切りのウインナーとか、具材も全体的に甘めなんだよなあ。うん、うまい。
サラダにはもうドレッシングがかかっているな。和風かな。醤油に溶け込んだ玉ねぎの風味が、千切りキャベツとレタスによく合う。トマトもうまい。こう言う弁当のサラダって、なんかうれしいんだよなあ。
漬物はきゅうりか。ちょっとピリ辛なのがいい。
衣がしんなりし始めた揚げ鶏もまた乙なものだ。ジュワッと皮目のジューシーさが増すようだな。ご飯によく合う。ご飯にふりかけられた黒ごまの風味は薄めだが、ないと寂しいのが不思議だ。それにしても揚げ鶏、うまいな。単品でも売ってたし、また買おう。
昼下がりの暖かな日差しの中、飯を食える幸せよなあ……麦茶のきらめきがまぶしい。
さて……騒がしい週末になりそうだ。
「ごちそうさまでした」
「……はあ?」
土曜の昼頃、花丸スーパーでりんごを吟味していたら、咲良が電話をかけてきて、明るくそう言った。
「お前、夕方からって……ちょっと待て」
いったん外に出て、ベンチに座る。まだ人は少なく、空気が澄んでいる。
『なんか取り込み中だった?』
「買い物中だった」
『あ、じゃあそれ終わってでも……』
「話が気になって集中できん」
突然電話してきたかと思えば、夕方に遊びに来るだと? そんなん、放っておけるわけがないだろう。
『あはは、そっかあ。いや、なんか急にさ、鍋パしたくなってさあ。んで、春都に言えば、うまいもん食わせてくれるかなーと』
「鍋パ……」
ああ、鍋パーティ。
「何で急に鍋」
『んーなんとなく?』
こいつに理由を聞いた俺がバカだった。
「でも夕方っつったら、夜はどうすんだよ。帰るんだろ。だいぶ遅くなるぞ」
『えっ? 泊まろっかなーって思ってたんだけど。明日休みだし』
「泊まる……泊まる?」
『うん』
咲良は平然と続けた。
『朝比奈と百瀬も誘おうと思っててな。百瀬はお菓子作ってきてくれるかなー』
「泊まるって……いきなり言うことかそれは!」
『そこを何とか~。な?』
こうなると咲良はもう引かないんだよなあ。
「……親に聞いてみる。ちょっと待て」
『おー! よろしく頼むぜ! メッセージで送ってくれたらいいから!』
いったん咲良との通話を切り、母さんに電話をする。思いのほか早くつながったのでびっくりした。
『はーい、もしもし~。ちょうどよかった。私も電話しようと思って、ちょうどスマホ手に取ったところだった』
「あ、そうなんだ。何?」
『春都は?』
「こっちは少し長くなりそうだから」
『そう? あのね、来月の中ごろには帰れそうになったから、とりあえず連絡しておこうと思って』
来月の中ごろか……その頃にはもうだいぶ暖かくなっているかなあ。
「分かった」
『具体的な日付が決まったらまた連絡するね。それで、春都はどうしたの?』
「それが……」
かくかくしかじか、事情を説明すると、『あはは』と母さんは笑った。
『春都が嫌じゃないなら、別にいいよ』
「うーん。嫌じゃないけど」
『めんどくさいんでしょ』
図星をつかれて何も言えない。母さんは笑った。
『まあ、今しかできないようなことでしょう? 来てもらってもいいと思うけどね』
「じゃあ……そうする。あー、でも、布団あったっけ? お客用の」
『物置とか、母さんたちの部屋の押し入れとかにあると思うよ。時々洗濯してるから、そのまま出しても大丈夫だよ』
「ん、分かった」
それじゃあ、鍋の準備しないとなあ。昼飯は……簡単に済ませよう。夜疲れそうだからな。ぼんやりと色々考えていたら、母さんが言った。
『ま、楽しみなさい。何かあったらすぐに連絡してくれていいからね』
「分かった。ありがとう」
『お父さんには母さんが言っておくから、心配しないで。喜ぶと思う』
喜ぶんだ……親心というものはどうにも分からない。
それから一言二言話して電話を切った。さて、咲良に連絡……うわ、もう返信来た。なになに、朝比奈と百瀬も来るのは確定か……人が了承出す前に勝手に約束すんなよなあ。ま、いいけど。
「ん?」
なんかメッセージ来た。何だ?
『闇鍋とかどうよ?』
……闇鍋。
「こいつ何入れるか分かんねえな……」
闇鍋そのものはまあまあ楽しそうだが、俺としては、安心して飯は食いたいものだ。天井知らずの金額、何が入っているか分からない飯、そういうのもまあ一興といえば一興なのだが、俺は、いいかなあ。
「やめとけ」
そう送ると、思いのほかすんなりと引き下がった。
何だよ、言いたかっただけか。
その後、店に戻ると、ちょうど弁当ができた頃だったので、買うことにした。選び放題だったが、揚げ鶏が無性にうまそうだったので昼飯はそれにした。
「いただきます」
ホカホカご飯に大きな揚げ鶏。添え物はサラダとナポリタンだ。あ、漬物もついてる。嬉しいなあ。
まずは揚げ鶏から。まだ温かい。むしろ熱いくらいだ。ザクザクの衣がめちゃくちゃ香ばしい。にんにく風味で、醤油の味が効いてるなあ。鶏肉はぷりっぷりで、ジューシーで、実に食べ応えがある。分厚い衣だが、それがいい。肉もそれなりに厚みがあるから、衣に負けない。
ナポリタンは甘めでソースがたっぷりだ。コーンとか、小さな薄切りのウインナーとか、具材も全体的に甘めなんだよなあ。うん、うまい。
サラダにはもうドレッシングがかかっているな。和風かな。醤油に溶け込んだ玉ねぎの風味が、千切りキャベツとレタスによく合う。トマトもうまい。こう言う弁当のサラダって、なんかうれしいんだよなあ。
漬物はきゅうりか。ちょっとピリ辛なのがいい。
衣がしんなりし始めた揚げ鶏もまた乙なものだ。ジュワッと皮目のジューシーさが増すようだな。ご飯によく合う。ご飯にふりかけられた黒ごまの風味は薄めだが、ないと寂しいのが不思議だ。それにしても揚げ鶏、うまいな。単品でも売ってたし、また買おう。
昼下がりの暖かな日差しの中、飯を食える幸せよなあ……麦茶のきらめきがまぶしい。
さて……騒がしい週末になりそうだ。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる