一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百六十八話 揚げ鶏弁当

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『今日の夕方からさあ、春都んち遊びに行ってもいい?』
「……はあ?」
 土曜の昼頃、花丸スーパーでりんごを吟味していたら、咲良が電話をかけてきて、明るくそう言った。
「お前、夕方からって……ちょっと待て」
 いったん外に出て、ベンチに座る。まだ人は少なく、空気が澄んでいる。
『なんか取り込み中だった?』
「買い物中だった」
『あ、じゃあそれ終わってでも……』
「話が気になって集中できん」
 突然電話してきたかと思えば、夕方に遊びに来るだと? そんなん、放っておけるわけがないだろう。
『あはは、そっかあ。いや、なんか急にさ、鍋パしたくなってさあ。んで、春都に言えば、うまいもん食わせてくれるかなーと』
「鍋パ……」
 ああ、鍋パーティ。
「何で急に鍋」
『んーなんとなく?』
 こいつに理由を聞いた俺がバカだった。
「でも夕方っつったら、夜はどうすんだよ。帰るんだろ。だいぶ遅くなるぞ」
『えっ? 泊まろっかなーって思ってたんだけど。明日休みだし』
「泊まる……泊まる?」
『うん』
 咲良は平然と続けた。
『朝比奈と百瀬も誘おうと思っててな。百瀬はお菓子作ってきてくれるかなー』
「泊まるって……いきなり言うことかそれは!」
『そこを何とか~。な?』
 こうなると咲良はもう引かないんだよなあ。
「……親に聞いてみる。ちょっと待て」
『おー! よろしく頼むぜ! メッセージで送ってくれたらいいから!』
 いったん咲良との通話を切り、母さんに電話をする。思いのほか早くつながったのでびっくりした。
『はーい、もしもし~。ちょうどよかった。私も電話しようと思って、ちょうどスマホ手に取ったところだった』
「あ、そうなんだ。何?」
『春都は?』
「こっちは少し長くなりそうだから」
『そう? あのね、来月の中ごろには帰れそうになったから、とりあえず連絡しておこうと思って』
 来月の中ごろか……その頃にはもうだいぶ暖かくなっているかなあ。
「分かった」
『具体的な日付が決まったらまた連絡するね。それで、春都はどうしたの?』
「それが……」
 かくかくしかじか、事情を説明すると、『あはは』と母さんは笑った。
『春都が嫌じゃないなら、別にいいよ』
「うーん。嫌じゃないけど」
『めんどくさいんでしょ』
 図星をつかれて何も言えない。母さんは笑った。
『まあ、今しかできないようなことでしょう? 来てもらってもいいと思うけどね』
「じゃあ……そうする。あー、でも、布団あったっけ? お客用の」
『物置とか、母さんたちの部屋の押し入れとかにあると思うよ。時々洗濯してるから、そのまま出しても大丈夫だよ』
「ん、分かった」
 それじゃあ、鍋の準備しないとなあ。昼飯は……簡単に済ませよう。夜疲れそうだからな。ぼんやりと色々考えていたら、母さんが言った。
『ま、楽しみなさい。何かあったらすぐに連絡してくれていいからね』
「分かった。ありがとう」
『お父さんには母さんが言っておくから、心配しないで。喜ぶと思う』
 喜ぶんだ……親心というものはどうにも分からない。
 それから一言二言話して電話を切った。さて、咲良に連絡……うわ、もう返信来た。なになに、朝比奈と百瀬も来るのは確定か……人が了承出す前に勝手に約束すんなよなあ。ま、いいけど。
「ん?」
 なんかメッセージ来た。何だ?
『闇鍋とかどうよ?』
 ……闇鍋。
「こいつ何入れるか分かんねえな……」
 闇鍋そのものはまあまあ楽しそうだが、俺としては、安心して飯は食いたいものだ。天井知らずの金額、何が入っているか分からない飯、そういうのもまあ一興といえば一興なのだが、俺は、いいかなあ。
「やめとけ」
 そう送ると、思いのほかすんなりと引き下がった。
 何だよ、言いたかっただけか。

 その後、店に戻ると、ちょうど弁当ができた頃だったので、買うことにした。選び放題だったが、揚げ鶏が無性にうまそうだったので昼飯はそれにした。
「いただきます」
 ホカホカご飯に大きな揚げ鶏。添え物はサラダとナポリタンだ。あ、漬物もついてる。嬉しいなあ。
 まずは揚げ鶏から。まだ温かい。むしろ熱いくらいだ。ザクザクの衣がめちゃくちゃ香ばしい。にんにく風味で、醤油の味が効いてるなあ。鶏肉はぷりっぷりで、ジューシーで、実に食べ応えがある。分厚い衣だが、それがいい。肉もそれなりに厚みがあるから、衣に負けない。
 ナポリタンは甘めでソースがたっぷりだ。コーンとか、小さな薄切りのウインナーとか、具材も全体的に甘めなんだよなあ。うん、うまい。
 サラダにはもうドレッシングがかかっているな。和風かな。醤油に溶け込んだ玉ねぎの風味が、千切りキャベツとレタスによく合う。トマトもうまい。こう言う弁当のサラダって、なんかうれしいんだよなあ。
 漬物はきゅうりか。ちょっとピリ辛なのがいい。
 衣がしんなりし始めた揚げ鶏もまた乙なものだ。ジュワッと皮目のジューシーさが増すようだな。ご飯によく合う。ご飯にふりかけられた黒ごまの風味は薄めだが、ないと寂しいのが不思議だ。それにしても揚げ鶏、うまいな。単品でも売ってたし、また買おう。
 昼下がりの暖かな日差しの中、飯を食える幸せよなあ……麦茶のきらめきがまぶしい。
 さて……騒がしい週末になりそうだ。

「ごちそうさまでした」
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