一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百五十八話 ぜんざい

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 今日は祝日なので、学校は休みだ。金曜日が祝日って、なんかうれしい。
 明日はチョコレート博覧会に行かなきゃいけないから、今日くらいはゆっくり家で過ごそう。買い出しも済ませてあるし、昼飯もまあ、簡単に済ませよう。
 人が多いんだろうなあ……マスク準備しとこう。
「テレビでも見るかあ」
 ソファに座ると、窓際にいたうめずが立ち上がって、足元にすり寄ってきた。そしていい感じにこたつ布団を前足で整えると、よっこいしょ、というように丸まった。うまいこと布団に埋もれて、気持ちよさそうだ。
 祝日のテレビ番組は、いつもと少し違う。平日と同じ番組をやっているのだが、メンバーが違ったり内容が特別だったり。でもまあ、平日のこんな時間のテレビなんてなかなか見ないから、俺としてはこっちの方が慣れている。
『どうですか、スタジオの皆さん。この三連休、何か予定はありますか?』
 アナウンサーが、スタジオのゲストやいつものメンバーに声をかける。最初に答えたのは、どっかの偉い先生っぽい人だった。
『私は講演会がありますので……はい。時間があったら、何かおいしいものでも食べたいですね。近くに海がありますので、新鮮な魚介とか』
『ご当地のものを食べる、っていうのもいいですねえ』
 次に話を振られたのはもう一人のアナウンサーだった。
『私は仕事がありますので。はい、いつも通りですね!』
『なるほど、私もです』
 そういう大人の方が多いんだろうなあ。
 しばらくスタジオでの話が続いた後、街頭インタビューの映像に切り替わった。
『旅行に行きます!』
『家でゆっくり、泥のように眠りたいです』
『仕事ですね。休みの日こそ、忙しい仕事なので』
『いやあ、連休なんて関係ないですよ。バリバリ働かないと』
『今は何でも高いでしょう? 外出したいのは山々ですけど、家で節約する方法を考えます』
 連休などあってないようなものだ。そう言う大人の目は疲れていたが、あきらめにも似た笑みを浮かべていた。
 そして次に、例のチョコレート博覧会の会場が映された。まだ客を入れる前だろうか。店員さんとか従業員の人たちしかいない店内をアナウンサーが歩いている。
『明日はバレンタインデー! ということで、こちらにはたくさんのチョコレートが並んでいます。どれも、素敵ですね~』
 見たこともないような形のチョコレート、製菓用のチョコレート、カフェメニュー、いろいろあるらしい。へえ、なかなか興味をそそる。
『期間中は日替わりで様々な商品が並ぶのですが、明日、バレンタインデー当日にはなんと、すべての商品がお買い求めできるんです! 特にこの辺りの商品は、明日を逃すともう手に入りませんので、明日がラストチャンスというわけですねぇ』
 あーあー、そんなに宣伝したら、また人が増えるじゃないか。
『また、明日は駅前広場でイベントも行われます』
 こりゃあ、明日は大変だなあ。なになに? カップルで参加するイベントに、子ども向けのイベント……うーん、気が重い!
 ま、一人じゃないし、行くからには楽しまねぇとな。
「なんか甘いもん食いたくなってきたな」
 なんかあったかなあ。チョコレート……はないし、お菓子もしょっぱいのしかない。あるものといえば小豆……これぼりぼり食っても甘くねえし。てか食えんし。
 ああ、そういえば餅が大量に余ってんな。ぜんざいでも作るか。
 ぜんざいの作り方は、前にばあちゃんから教えてもらったんだよなあ。えーっとまず、小豆を洗う。
 大きめの鍋に小豆を入れて、水をたっぷり入れて、沸騰させる。沸騰したら蓋をして、しばらく蒸す。そしてその煮汁を捨てる。なんだっけこの工程……ああ、渋切りだ。
 そしたらもう一度鍋に戻して、水をまたたーっぷり入れる。火にかけて、灰汁を取りながら、小豆が水から出ないように途中で水を足しながら、長いこと煮ていく。
「ふー……」
 かなり根気がいる作業だな、これ。
 で、頃合いになったら、豆の状態を確認っと。指でつぶすんだっけ。熱そうだ。やけどしないようにして……うん、いいんじゃなかろうか。
 そしたら蓋をして、さらに蒸していく。
 せっかくだし、台所で本でも読んでいよう。背もたれのない、足長の椅子に座り、ベランダの窓を開けてみる。網戸越しにさあっと吹き抜ける風が心地いい。ちょっと寒いけど、春の兆しを感じる風だ。
 母さんがずっと前から使っている料理本は、ページが取れかかっている。慎重に読まないと大変だ。
 図鑑みたいに重いパンの本とか、お菓子の本とか。作れなくても見るだけで楽しい。いつか作ってみたいなあ。小さい頃は、冬になるたびにパンを作っていたけど、今はなかなか作らない。家で作るパン、うまいんだ。
「そろそろかな」
 ふたを開けてみる。おお、いい感じ。ちょっと水分量が少ないようだから、お湯を少し足す。
 砂糖は何回かに分けて入れて溶かし、最後に塩をひとつまみ。
「あっ、餅……」
 肝心の餅を準備するのを忘れていた。レンチンすればいけるか、いけるな。
 おお、つきたてのようにぷわぷわのぽわぽわだ。なんか愛おしい。オーブンで焼いてもいいが……今日のところは、このままで。
 お椀に、炊いた小豆を入れ、餅を添える。うまくできたな。
 お店で食う時には塩昆布とかあるけど、今日はいいや。
「いただきます」
 まずは小豆を味わう。素朴で、ほっとする口当たりだ。洋菓子の味わいとはまた違う、すっきりとしているようで、その実、しっかりと後味の残る感じ。日本の甘いものって、落ち着くんだよなあ。
 小豆はいい感じにほくほくで、食べ応えもある。昼飯もうこれでいいかな。
 ピタピタと小豆に浸した餅を食べてみる。ああ、これこれ。ザラっとした小豆の口当たりとモチモチ。おお、伸びるなあ。小豆を巻き込んで食えば、十分腹にたまる。昼飯としても申し分のないボリュームだ。
 ぜんざいは昔苦手だったけど、今じゃあ、自分で作って食べるくらいだもんなあ。人って分からんもんだ。
 餅をおかわりしよう。小豆も追加。今度はお汁粉とか作ってみたいな。自分で作ったあんこはうまいらしいし、いろいろ試してみたい。
 ちょっと焼いてみた餅はパリっと香ばしく、またぜんざいが違った味わいに感じる。うちは丸餅だが、角餅にもちょっとあこがれるんだよなあ。
 いろんなものを食って、今まで元気でいられたのだ。これからもいろんなものを食いたいな。
 あっ、気づいたら餅、五つも食ってた。ふう、腹いっぱい。
 炊いた小豆はまだ残ってるし、またあとで食べよう。

「ごちそうさまでした」
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