一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
583 / 846
日常

第五百四十九話 恵方巻

しおりを挟む
 制服に着替えながら、カレンダーを確認する。今日はテスト二日目。それ以外に特に用事はなかったな。百瀬に呼び出しくらってるのは明日だし。ほんと、何の話があるんだろうか。
「あ、今日、節分か」
 小さい頃は豆まき、やってたなあ。歳の数だけ豆食わなきゃいけないの、結構しんどかった覚えがある。大豆は、風味が苦手だったんだよな。今ならそれなりに食えるけど。
 それと、恵方巻。今年の恵方はなんだっけ。
『定番から変わり種まで、今日は、恵方巻を紹介します』
 お、始まった始まった。グルメコーナー。
『その年の恵方を向いて無言で食べきればよい、といわれる恵方巻。今年の恵方は南南東です』
 今年は南南東か。
 恵方巻っつったら、あれだよな、のりで巻いた、いわゆる太巻き。具は卵とか、かんぴょうとかが巻いてあるやつとか、魚系とか。揚げ物とかもいいよなあ。最近は予約制のところばっかりで、当日はそう多く売られていない。
 テレビでもはじめの方に紹介していたのは太巻きやそれより細めのやつだった。切り分けられた姿であれば、日ごろから花丸スーパーでも見かける、見慣れたものである。
『こちらは、有名料亭の――』
 毎年恒例、豪華絢爛な恵方巻。一級品の具材が勢ぞろいで、最後には金粉まで添えられている。えびにウニ、いくら、マグロ……恵方向いてとか気にせずに食いたいな、ここまでの品がそろってると。まあ、食うことはないがなあ。うまいのかな。
 へえ、洋風なのもあるのか。こりゃまたお高いな。一生縁がない……とは言い切れないが、実際にお目にかかることはあっても、口に入るようなことはなかなかないだろう。朝比奈とか、食ったことありそう。
『そしてこちら。一見、普通の恵方巻に見えますが……実はこれ、スイーツなんです』
「スイーツ」
 えっ、酢飯に甘いのくるんでんの? それはちょっと……食材への冒涜なのでは……いや、でも、俺が知らないだけでうまいかもしれないし、こだわりが詰まってるかもしれないから、初見で判断してはだめだろう。いや、でも……
『のりに見えるこちらは、ブラックココアを使った……』
 ん? なんだ、酢飯に甘いものをくるんでいるわけではないのか。なになに、全体がケーキのように……ああ、ロールケーキみたいなものか。なるほどなあ。
 これ、百瀬が喜びそうだなあ。というか、百瀬ほど甘いものが好きではないにしても、うまそうだと思う。恵方巻型ロールケーキ……もとい、スイーツ恵方巻。いいな。
『こちらは野菜だけの恵方巻、こちらはお肉、そしてこちらは、魚だけ!』
 酢飯ものりもなしかよ。それはもう寿司じゃねえ。サラダと肉と刺し身でしかない。ええ、これ、恵方巻ってことにしていいのだろうか。まあスイーツ系があるんだし、いいんだろうけど……もはや柱状になってればなんでもいいのか?
 世の中には、俺の知らない飯がたくさんあるんだなあ……テレビで見ただけでこんなにあるんだから、実際はもっと、あるんだろうなあ……

 テスト終了後、咲良と連れ立って人でごった返す廊下を縫うように歩く。
「はー、ねっむい。今日は日差しが暖かいなあ」
 グーッと伸びをしながら、咲良は言った。
 確かに、最近の寒さは少し違うように思う。寒いのは確かに寒いが、これからもっと冷え込むような感じではなく、ゆっくりと暖かくなっていくんだろうなあ、という気にさせる。寒さの遠く向こうにうっすらと春がいる感じだ。
「暖かいと、腹が減る気がするなあ」
 咲良のぼんやりとしたつぶやきに「そうだな」と相槌を打つ。昇降口は、少しひんやりとしていた。
「今日は、昼飯か晩飯、どっちか恵方巻なんだよなあ。春都は?」
「あー……どうだろう。たぶんうちもそう。ばあちゃんが作ってくれると思う」
「手作りかあ、いいなあ」
 テスト期間中は、ばあちゃんが飯を作りに来てくれる。テスト最終日はお店次第だけど、少なくともそれまでは、忙しい中でも作りに来てくれるか、作り置きをしておいてくれる。ありがたい話だ。
 外に出ながら、咲良は思い出したように話し始めた。
「そういやさあ、昨日だっけ。恵方巻の特集、テレビでやってたの見たんだけど。いろいろあるんだなー」
「ああ、俺も朝見た」
「見たー? めっちゃ豪華なやつあるんだなー。広告とかにも入ってっけどさー。あーいうのって、どういう人たちが買うんだろ」
「……金持ち」
「まあシンプルに考えてそうだよなー」
 そこまで話して、しばし、沈黙する。
 昼下がりの外はほのかに暖かい。大通りのざわめきと住宅街の静けさの狭間に滑り込むのは不思議な感じがする。いつもであれば、いない空間だ。テスト期間中特有の空気を体いっぱいに吸い込むと、咲良が口を開いた。
「……朝比奈のとことか、頼まないかな」
「頼みそうだよな」
「一切れ……いや、一口でいいから、食ってみたい」
「お前なあ……」
 しかし、その気持ちも分からなくないので、それ以上は何も言えなかった。

 今日は忙しかったみたいで、ばあちゃんは恵方巻とみそ汁を作っておいてくれたみたいだった。うんうん、俺にはこれがいい。調味料もちゃんと準備してくれている。
「いただきます」
 三本もある。食べきれなければ晩飯にしよう。
 一つ目は、ネギトロを。
 醤油をつけて、かじる。むにゅっとネギトロが出てきて、プチプチッとのりがちぎれた。細かく刻まれたネギがよく合うなあ。ちょこちょこ醤油をつけながら食うのが楽しいし、うまい。酢飯の味わいとネギトロって、めっちゃいい組み合わせだなあ。
 あ、あっという間に食ってしまった。さすがばあちゃん。ちょうどいいサイズだ。物足りないわけでも、多すぎるわけでもない。一番飯を楽しめる量だ。
 次は……これ。何だろ。
 あっ、エビフライだ。衣はサクサクのところとしんなりしたところ、両方とも味わえていい。えびはプリプリだなあ。これ、何もつけなくてもうまいな。ソースもつけてみよう。うん、うまい。やっぱ揚げ物にはソースがよく合う。
 みそ汁を合間に挟む。麩とわかめのみそ汁かあ。ふわふわ、それでいてジュワッとした食感の麩につるんとした口当たりのわかめ。恵方巻に合う。
 食べきれないこともないな。ペロッと食える。もう一個。
 これは甘辛く焼いた肉だ。ごまもまぶしてあって香ばしい。脂身のところは少しカリッともしていて、ご飯と最高に合う。肉の噛み応えがいいなあ。お、レタスも一緒に巻いてあったのか。みずみずしくていいなあ。肉だけってのもいいが、野菜があると余計にうまい。お互いがお互いのいいところを引き立てる感じだな。
 魚にエビフライ、肉、野菜。さすがばあちゃん、バランスよく、満足感も抜群だ。
 今年もいい節分だ。豆まきはどうすっかなあ……あ、ばあちゃん、豆も準備してくれてんのか。……なんか付箋ついてる。
『豆まきはしなくてもいいけど、歳の数だけ食べときなさいね』
 ……まったく、ばあちゃんには一生敵いそうもない。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...