567 / 855
日常
第五百三十四話 回転焼き
しおりを挟む
サンドイッチ店を出て駅ビルへ向かう。来た道とは違う道を歩いてみようと思って少し遠回りしていく途中、祭り会場の近くに差し掛かった。
「お、賑やか」
露店もたくさん出ていて、メインステージらしきところでは出し物が行われていた。
「よかったらどうぞ~」
会場への入り口付近で、ビラを配っている人がいる。いかん、そういう人に見つかると、断れないのが俺だ。セールスとかならまだ断れるが、こういう、断る理由が特にないような場所での声掛けって、ちょっと苦手だ。
やっぱ来た道を戻った方がよさそうだ。
「なんか余計に歩いたなあ」
ま、腹ごなしだ。腹ごなし。
それに、この街の景色を見るのは嫌いじゃない。駅ビルももちろん好きだし、百貨店も好きだ。でも、そういうところじゃなくて、人の生活そのものがあるような場所も好きだ。雑居ビルの裏側とか、しんと静まり返ったアパートとか、雑居ビルの狭間に位置する古い一軒家とか。そういうの見ると、なんかそわそわする。
駅ビルの人だかりは少し苦手だなあ、と思うところもあるが、見るとほっとする。風が冷たくなると余計にそう思う。
この近くに病院があって、以前、ばあちゃんはそこに長いこと入院していたことがある。病気の治療のためだったから、長期間、というよりも、ちょこちょこ間を空けながら何度も入退院を繰り返す、って感じだった。
その頃は小学生で、学校が終わると毎日お見舞いに行ったし、土日は病院で一日過ごした。手術の日は、電車に乗って一人で病院に来たっけ。ホームで迷って、大変だったなあ。
鼻の奥に残るような薬の匂い、独特な匂い、目に染みる何か、清潔なシーツはあるけれど石鹸の匂いはしない。きれいに整頓され、つとめて明るくしようとした内装ではあるが、その陰にたゆたう暗い何かは隠しきれていないような――
病院のそんな空気を想像するだけで動悸がするようだ。心電図や点滴のアラーム、ナースコール、救急車のサイレン。今でも耳にこべりついている。
それを紛らせてくれるのが、この駅ビルの雑踏だ。
駅ビルの方には、楽しい思い出がたくさんある。スーパーの中を通り抜け、エスカレーターで二階へ向かう。二階には色々な店が所狭しと並んでいるんだ。
ランドセルもここで買った。どうしても欲しいと俺がねだったランドセルは、その店でも屈指の値段の高さで、ばあちゃんも母さんもどうにかして別のやつに気をそらそうとしてたなあ……あ、あったあった、この店だよ。
結局望みのものを買ってもらって、ありがたい話である。
そんでこっちには天然石の店があるんだなあ。アメジストか何かの原石みたいなのが展示されてて、通るたびにずっと見てた。あ、まだある。これ、展示品じゃなくて売り物なんだよなあ。まだ売れてなかったか。高いもんな。
そういえばこの辺に、焼きたてを食べられる焼き鳥屋があった気がするのだが……もうなくなったのか。見慣れない雑貨屋がある。漂う香りが、焦げた香ばしいたれの香りから、甘いハーブのような香りになっている。
いや、これはハーブの香りだけではないな。……チョコレートだ。チョコレートの香りがする。
チョコレートの専門店ができているのか。小粒のチョコレートが、箱の中にきれいに並べられている。母さん、こういうの好きなんだよなあ。今度帰ってきたときに、教えよう。一番大きいのが食べたいって言いそうだなあ。
こっちには……おお、見事に酒が並んでいる。父さんが喜びそうだ。あ、酒に合うつまみとかも置いてあるのか。白米に合うんだよなあ……でも、酒が並ぶところに高校生は入りにくいなあ。
あまり変わっていないと思っていたが、結構変わってるところもあるんだな。次の階には……ほう、貴金属が。
この辺は俺には場違いのようだ。とりあえず、上へ上へと昇っていく。
「宝石類多いな……あ」
宝石以外、発見。線香やろうそくの専門店だ。お香とかも置いてある。何だこれ、いちごミルクの線香?
「わ、ほんとだ」
すげえいちごミルク。こっちは飴か……わあ、フルーティ。こんなんあるんだ。へえ、すげえ。
でも俺は、普通の線香の匂いが好きだなあ。
「……そろそろ行くか」
回転焼き、買いに行かないと。
まだまだ上にはフロアがあるし、屋上にも行けるらしいから、楽しみがたくさんだ。また今度来よう。屋上にはカフェみたいなところもあるらしい。
やっぱ高いところにあるカフェは、値段も高いのかなあ。などと思いながら、エレベーターで一階へと向かった。
帰りに店に寄る。うめずも一緒に待っていて、尻尾をぶん回しながら出迎えてくれた。
「はい、これ。お土産」
「あらー、ありがとう」
ばあちゃんは嬉しそうに回転焼きの箱を受け取った。
「こっちから黒あん四つ、白あん四つ、カスタード二つね」
「たくさんねぇ」
「回転焼きは、たくさん買ってしまいがちだよなあ」
と、じいちゃんが笑う。うめずが興味津々というように見上げるが、こればっかりはあげられない。その代わりに、いい感じのおやつを買ってきた。野菜味のクッキーなのだそうだ。
「それじゃあ、いい時間だし、お茶にしようか。春都も食べるでしょ?」
「いいのでしょうか」
「一緒に食べよう」
ばあちゃんが楽しそうに笑って、お茶の準備をする。俺は黒あん、じいちゃんとばあちゃんは白あん、うめずはクッキーだ。じいちゃんが一つずつ、回転焼きを皿にのせてくれた。うめず専用の器に、クッキーを入れる。小粒のクッキーは、淡い色どりで、きれいで、うまそうだ。
「いただきます」
「わうっ」
まずは緑茶をひとすすり。はあ、ほっとする。
焼きたての白あんは食ってんだよな。ほくほくの白あんは甘さが程よく、ぽわぽわの生地が優しかった。
さて、黒あんはいかがかな。
ん、ちょっと生地が冷えて食べやすい。縁の方は少し噛み応えがあって、それもまたいい。熱々の時よりも甘さが強く感じられる。黒あんは粒が残っていて、食べ応えがある。こっくりとした甘みは、砂糖というより蜜のような感じである。
豆のうま味もちゃんとあるんだなあ、これが。むにぃっと、むちぃっとした食感の生地、たまらないなあ。ほんのりと残った温かさが心地よい。
そこに緑茶がよく合う。この渋みが、甘味を引きたてつつも口をすっきりとさせるんだ。
うめずも気に入ってくれたようで、おいしそうにクッキーを食べている。またなんか、違うの買ってきてみよう。
期間限定の餡がなかったのは残念だったけど、十分うまい。
うちの分にも買ってきたし冷凍するつもりだけど……あっという間になくなってしまいそうだなあ。
「ごちそうさまでした」
「お、賑やか」
露店もたくさん出ていて、メインステージらしきところでは出し物が行われていた。
「よかったらどうぞ~」
会場への入り口付近で、ビラを配っている人がいる。いかん、そういう人に見つかると、断れないのが俺だ。セールスとかならまだ断れるが、こういう、断る理由が特にないような場所での声掛けって、ちょっと苦手だ。
やっぱ来た道を戻った方がよさそうだ。
「なんか余計に歩いたなあ」
ま、腹ごなしだ。腹ごなし。
それに、この街の景色を見るのは嫌いじゃない。駅ビルももちろん好きだし、百貨店も好きだ。でも、そういうところじゃなくて、人の生活そのものがあるような場所も好きだ。雑居ビルの裏側とか、しんと静まり返ったアパートとか、雑居ビルの狭間に位置する古い一軒家とか。そういうの見ると、なんかそわそわする。
駅ビルの人だかりは少し苦手だなあ、と思うところもあるが、見るとほっとする。風が冷たくなると余計にそう思う。
この近くに病院があって、以前、ばあちゃんはそこに長いこと入院していたことがある。病気の治療のためだったから、長期間、というよりも、ちょこちょこ間を空けながら何度も入退院を繰り返す、って感じだった。
その頃は小学生で、学校が終わると毎日お見舞いに行ったし、土日は病院で一日過ごした。手術の日は、電車に乗って一人で病院に来たっけ。ホームで迷って、大変だったなあ。
鼻の奥に残るような薬の匂い、独特な匂い、目に染みる何か、清潔なシーツはあるけれど石鹸の匂いはしない。きれいに整頓され、つとめて明るくしようとした内装ではあるが、その陰にたゆたう暗い何かは隠しきれていないような――
病院のそんな空気を想像するだけで動悸がするようだ。心電図や点滴のアラーム、ナースコール、救急車のサイレン。今でも耳にこべりついている。
それを紛らせてくれるのが、この駅ビルの雑踏だ。
駅ビルの方には、楽しい思い出がたくさんある。スーパーの中を通り抜け、エスカレーターで二階へ向かう。二階には色々な店が所狭しと並んでいるんだ。
ランドセルもここで買った。どうしても欲しいと俺がねだったランドセルは、その店でも屈指の値段の高さで、ばあちゃんも母さんもどうにかして別のやつに気をそらそうとしてたなあ……あ、あったあった、この店だよ。
結局望みのものを買ってもらって、ありがたい話である。
そんでこっちには天然石の店があるんだなあ。アメジストか何かの原石みたいなのが展示されてて、通るたびにずっと見てた。あ、まだある。これ、展示品じゃなくて売り物なんだよなあ。まだ売れてなかったか。高いもんな。
そういえばこの辺に、焼きたてを食べられる焼き鳥屋があった気がするのだが……もうなくなったのか。見慣れない雑貨屋がある。漂う香りが、焦げた香ばしいたれの香りから、甘いハーブのような香りになっている。
いや、これはハーブの香りだけではないな。……チョコレートだ。チョコレートの香りがする。
チョコレートの専門店ができているのか。小粒のチョコレートが、箱の中にきれいに並べられている。母さん、こういうの好きなんだよなあ。今度帰ってきたときに、教えよう。一番大きいのが食べたいって言いそうだなあ。
こっちには……おお、見事に酒が並んでいる。父さんが喜びそうだ。あ、酒に合うつまみとかも置いてあるのか。白米に合うんだよなあ……でも、酒が並ぶところに高校生は入りにくいなあ。
あまり変わっていないと思っていたが、結構変わってるところもあるんだな。次の階には……ほう、貴金属が。
この辺は俺には場違いのようだ。とりあえず、上へ上へと昇っていく。
「宝石類多いな……あ」
宝石以外、発見。線香やろうそくの専門店だ。お香とかも置いてある。何だこれ、いちごミルクの線香?
「わ、ほんとだ」
すげえいちごミルク。こっちは飴か……わあ、フルーティ。こんなんあるんだ。へえ、すげえ。
でも俺は、普通の線香の匂いが好きだなあ。
「……そろそろ行くか」
回転焼き、買いに行かないと。
まだまだ上にはフロアがあるし、屋上にも行けるらしいから、楽しみがたくさんだ。また今度来よう。屋上にはカフェみたいなところもあるらしい。
やっぱ高いところにあるカフェは、値段も高いのかなあ。などと思いながら、エレベーターで一階へと向かった。
帰りに店に寄る。うめずも一緒に待っていて、尻尾をぶん回しながら出迎えてくれた。
「はい、これ。お土産」
「あらー、ありがとう」
ばあちゃんは嬉しそうに回転焼きの箱を受け取った。
「こっちから黒あん四つ、白あん四つ、カスタード二つね」
「たくさんねぇ」
「回転焼きは、たくさん買ってしまいがちだよなあ」
と、じいちゃんが笑う。うめずが興味津々というように見上げるが、こればっかりはあげられない。その代わりに、いい感じのおやつを買ってきた。野菜味のクッキーなのだそうだ。
「それじゃあ、いい時間だし、お茶にしようか。春都も食べるでしょ?」
「いいのでしょうか」
「一緒に食べよう」
ばあちゃんが楽しそうに笑って、お茶の準備をする。俺は黒あん、じいちゃんとばあちゃんは白あん、うめずはクッキーだ。じいちゃんが一つずつ、回転焼きを皿にのせてくれた。うめず専用の器に、クッキーを入れる。小粒のクッキーは、淡い色どりで、きれいで、うまそうだ。
「いただきます」
「わうっ」
まずは緑茶をひとすすり。はあ、ほっとする。
焼きたての白あんは食ってんだよな。ほくほくの白あんは甘さが程よく、ぽわぽわの生地が優しかった。
さて、黒あんはいかがかな。
ん、ちょっと生地が冷えて食べやすい。縁の方は少し噛み応えがあって、それもまたいい。熱々の時よりも甘さが強く感じられる。黒あんは粒が残っていて、食べ応えがある。こっくりとした甘みは、砂糖というより蜜のような感じである。
豆のうま味もちゃんとあるんだなあ、これが。むにぃっと、むちぃっとした食感の生地、たまらないなあ。ほんのりと残った温かさが心地よい。
そこに緑茶がよく合う。この渋みが、甘味を引きたてつつも口をすっきりとさせるんだ。
うめずも気に入ってくれたようで、おいしそうにクッキーを食べている。またなんか、違うの買ってきてみよう。
期間限定の餡がなかったのは残念だったけど、十分うまい。
うちの分にも買ってきたし冷凍するつもりだけど……あっという間になくなってしまいそうだなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる