一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
550 / 843
日常

第五百十九話 正月ごはん

しおりを挟む
 大晦日の夜中まで起きているようになったのは、いつからだろう。小さい頃は早々に寝ていたが、いつからか、年が明けるまで起きているようになった。
「うー、眠い……」
 たらふく飯を食って、暖かいこたつに入って、ホカホカの部屋ではんてんを着て過ごしていたら、眠くなってきた。こんな時間までお菓子とかジュースをちまちま口にしながら、テレビをだらだらと見る、なんて、年末くらいにしかやんないよなあ。
「寝たら?」
 片付けも終わり、同じようにのんびりしていた母さんが言う。
「年明けまで起きてる……」
「時間になったらちゃんと起こすから。お父さんも寝てるし」
「え」
 見れば、父さんは仰向けになってすやすやと眠っている。爆睡だなあ……
 じいちゃんはちびちびと酒を飲み、ばあちゃんは楽しそうにテレビを見ている。なんか、いい時間だ。
「ん~、いいや。起きとく、テレビ見る」
「そう? 眠い時は寝ていいよ」
「分かった」
 お目当てのアーティストはまだ出ない。なんか今年はアニソン歌うんだって。あの歌、好きなんだよなあ。楽しみだ。
「ん?」
 スマホが鳴ったので画面を見れば、咲良からだ。
 年末まで賑やかなやつだなあ。
「どうしたの?」
 母さんに聞かれて、スマホの画面を見せる。母さんは笑った。
「ああ、井上君ね」
「何でこんな年末まで……」
「いいじゃないの」
「んー」
 送られてきたメッセージは、何のことはない、『今何してる?』の一言だけだった。何してるも何も、のんびりしてますが、何か?
『テレビ見てる』
 送ると同時に既読がつく。そして、すぐさま返信が来る。
『何見てる?』
 テレビ番組の名前を返せば、『俺も!』と返ってきた。
『でもまだ見たいの出てきてないから、暇だ~』
 というメッセージとともに、こたつでまったりしているウサギのスタンプが送られてくる。これに対して何を返せばいいのか考えていたら、咲良は話を続けた。
『春都のことだからてっきり寝落ちしてると思ってた』
『なんでだよ』
 こいつは俺を何だと思ってやがる。まあ、眠いけど。
『いやー、だって春都、いつも規則正しく寝てるし?』
 むう、否定できない。
 それからしばらくやり取りは続き、お目当てのアーティストが登場したところで終わった。はあ、やれやれ。
『年越したらまた連絡するからな! 電話とメッセ、どっちがいい?』
 画面の向こう側で楽しそうに笑っている咲良が容易に思い浮かぶ。テレビも見ないといけないだろうし、手短に返すとしよう。
『メッセージで十分だ』

 年が明けたら、それなりに新年のあいさつをして、咲良の相手も済ませ、歯を磨いてすぐさま布団にもぐりこむ。一年のうちでもっとも寝つきのいい日だ、と、薄れる意識の中で思った。
 目が覚める頃にはすっかり日は昇っていた。うわ、こんな時間まで寝てたのは久しぶりだ。
 起きてからもしばらく居間でぼーっとして、のそのそと着替えたら初詣に行く。近くの神社まで歩いて向かう。
 正月ともなれば、人通りも車の通りも少なくなるもんだ。行って帰ってくる間、誰一人としてすれ違わなかったぞ。しかし、正月ってどうしてこう寒く感じるんだろう。やっぱ車が通っていないからだろうか。
「うー、寒い」
 いつまでも縮こまっているわけにはいかない。正月の準備をしないと。
 冷蔵庫にしまっていたおせちの具を盛り付け、ばあちゃんと母さんは雑煮や筑前煮の準備をする。じいちゃんと父さんは酒の準備だ。お雑煮は土鍋にまとめて作ってある。カセットコンロで温めながら食べるので
「よし、できた」
 テーブルの上が、大晦日とはまた違った華やかさで彩られる。
「いただきます」
 まずは、数の子を食べたい。かつお節と醤油をかけて食べる。ああ、この食感、いいねえ。ちょっとしょっばくて、海の香りがするようで、醤油が染みてカツオの香りが豊かだ。大事に食べたいものである。
 黒豆はプチッと皮がはじけ、トロトロだ。金時豆はほくほくしている。
 筑前煮。レンコン、ニンジン、しいたけに、ごぼう、こんにゃく、里芋。具だくさんの甘辛い煮物って、それだけでもう、幸せだ。レンコンのシャキっとした食感に粘り気、ニンジンの甘さ。しいたけからにじみ出たうま味が効いていて、しいたけそのものもうまい。ごぼうの風味がいいなあ。こんにゃくの食感、里芋のとろとろ具合も絶品だ。
 そんで、えび。煮えびは真っ赤で、正月にふさわしい色をしている。醤油の香ばしい風味にえびの味が、特別な感じだ。
「春都、お餅いくつ食べる?」
 お雑煮の餅の準備に立った母さんが聞いてくる。
「あー、えっと……三個」
「三個ね」
 あとでまた焼いても食おう。
「春都、数の子をやろう」
 と、じいちゃんが俺の皿に数の子をのせてくる。
「ありがとう」
「はい、私も」
 と、ばあちゃんものせる。
「じゃあ父さんもあげよう」
「お母さんももう十分だから、はい」
 出た、正月恒例、めっちゃ俺の皿だけ山盛り状態。数の子が山のようだ。
「ありがとうございます……」
 とりあえず、他のものも食べよう。
 田作りはカリカリとねっとりした食感の両方が味わえて、魚の風味が強く感じられる。栗きんとんもほろほろと甘い。
 酢の物……酸っぱい。カブのやわらかいような、ポリッとしたような食感、昆布から出たうま味ととろみ、昆布そのものの歯ごたえ、ニンジンのサクッとした食感。
 どれもこれも正月の味だ。
 お雑煮の出汁も、スルメや昆布のうま味が出ていて、いつもの白だしなのに、だいぶ違うのだ。餅はびよーんと景気よく伸び、しいたけ、かつお菜のほろ苦さが絶妙だ。餅にかつお菜がくっついているのもおなじみの光景だなあ。噛みしめるのはスルメと昆布のうま味。鶏はほろほろとした口当たりで、いい塩梅の脂だ。白菜の芯はしゃくっとトロリとして、葉の部分はみずみずしい。
 銀杏のほろ苦さはほどほどに好きだ。
 大根、うまい。薄切りだから味と出汁がよく染みて、薄切りなのにほくほくとしている。こっちのしいたけもまだまだうま味を持っている。うま味たっぷりじゃないか、これ。出汁残すのもったいない。
 山盛りの数の子も平らげた。この後まだまだ餅食うつもりだけど、一旦、休憩。
 砂糖醤油とあと……何食べようかなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...