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日常
第五百十五話 おでん
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今日で今年中の冬季課外は最後だ。どうせなら、職場体験で区切りつけてほしかったものだ。一日だけ学校に出なきゃいけないってのは骨が折れる。でもまあ、一日だけだから頑張れるというのもある。
「で、幼稚園はどうだった?」
にやにやしながら聞いてくるのは百瀬だ。廊下に出たところを捕まってしまった。
「……別に、普通」
「なにしたの? おままごとやった? 一条って、遊びでも料理にうるさそう」
こっちの苦労も知らず、好き勝手言いやがって。
「おままごとは巻き込まれた。料理の場面に差し掛かる前に修羅場になったから、よく分からんかった」
「えっ、なに、修羅場って」
「それについては俺が話してやろう!」
「おわっ」
背中にのしかかる重さ。いつの間に来やがった、咲良。咲良は得意げに笑い、ふふん、とわざとらしく言うと、話し始めた。
「こいつなあ、すっげぇモテモテだったんだぜ! もう取り合いよ。女の子たちに囲まれてさー、俺はずっと怪獣やらされてたけど」
「へぇ~罪な男だねぇ」
「うるせー」
咲良を引きはがし、ロッカーに寄りかかる。
「百瀬はどこに行ったんだ」
「やっぱケーキ屋?」
咲良も重ねて聞けば、百瀬は首を横に振った。あれ、違うんだ。
「俺、市役所行ったよ」
市役所かあ。そういや、市役所も人気だったと聞いた。アクセスもいいし、施設もきれいだし、なにより、冷暖房完備なのが魅力的だ。
百瀬も、そのことを言っていた。
「設備がきれいってだけで最高だよね。まあ、ところどころ古い場所もあるけど。ご飯食べるところもきれいだったよ。冷暖房完備ってのはありがたいね」
「飯食うところがきれいなのはいいな」
まあ、幼稚園も思ってたより悪くなかったけど。
百瀬は自分が満足すると、教室に戻ってしまった。
「朝比奈はどこ行ったんかな」
咲良は言うと、俺の背を押してきた。
「んだよ」
「聞きに行こうぜ。授業始まるまで、まだ時間あるだろ?」
「まあ、いいけど」
廊下は冷えるが、数日前ほどではない。太陽の光が差し込むだけで、こうも暖かくなるとは。やはりお日様とは偉大である。
おかげで朝比奈も素直に、咲良の呼びかけにこたえて廊下まで出てきてくれた。
「なんだ」
「職場体験、朝比奈はどこに行ったんかなーと思って」
「あー……俺は病院だ。病院」
「やっぱり」
想像通りの答えで、思わず咲良と声が被る。朝比奈は「やっぱりってなんだよ」と笑った。
「でも病院って、どんなことするんだ?」
確かに。咲良の疑問はもっともだ。よその職場体験はなんとなく想像つくけど、病院って、あんま想像つかないな。診察とか手当とかするわけないし。したら大変だろ。
朝比奈は思い出し思い出し、咲良の問いに答える。
「まずは見学して、あとはそうだな……模型とか使っていろいろやった」
「いろいろって?」
「採血とか……」
えっ、採血ってあれだろ。注射器使うやつ。俺、病院じゃなくてよかった。注射だけはどうにもだめだ。思わず体に力が入る。
咲良は笑って言った。
「えー、でも朝比奈上手そうだよな。慣れてるだろ」
「いやいや、やったことないよ」
と、朝比奈は全力で否定する。
「免許もないのに、病院の息子だからって医療行為はできない。診察を見るわけにもいかないし」
「それもそっか」
「やっぱ病院に行くやつらって、理系が多いのか?」
聞けば朝比奈は「うーん」と考えこんだ。
「医者の方はまあ、理系ばっかりだったな。看護部の方はそうでもないみたいだったけど」
「そんなもんか」
「薬剤師の方も、理系だったかな」
それを聞いて、咲良は「あ、そういえば」とつぶやいた。
「俺、そういや第一希望は薬剤師にしてたんだよね。行きたかったなあ」
忘れてたけどそういやこいつ、理系だったな。理系科目苦手で文系科目得意、基本、文系の教室に入り浸っているから、つい、文系だと勘違いしていた。
でもなあ……こいつ平気で小数点の位置とか間違えるからなあ。薬剤師は……ちょっと怖いな。
昼飯を家で食えるっていいな。今日は……
「おでん」
「そう。晩ご飯に作ったんだけど、あんまり多いから、お昼にもいいかなって」
なるほど、そういうことか。いやあ、大歓迎だ。
「いただきます」
大根に卵、厚揚げ、こんにゃく。シンプルな具材の数々が魅力的だ。
まずは大根から。ほくっとした感覚が箸から伝わってくる。中心がほんのり透明なのがいいな。しゃくっと、ほくっとした食感に、あふれ出す出汁。大根そのものの水分も相まってとてもジューシーだ。
今日の出汁、うま味がすごいなあ。
「出汁、どう?」
心を読まれたのかというタイミングで母さんが聞いてくる。
「おいしい」
「オイスターソース入れたの。お店っぽいでしょ」
「ああ、確かに」
卵は、表面にうっすらと色がついていて、内側は眩しい白と黄色だ。
白身のプリプリとした食感が好きだなあ。黄身も出汁に溶け出してしまう前に食べよう。こっくりとした味わいで、まろやかだ。こういう味には、からしが合うんだよなあ。
厚揚げは柚子胡椒で。ピリッとした辛さと、塩気、柚子の風味が、豆腐に合うんだ。厚揚げの周りがジュワジュワで、出汁がたっぷり含まれている。厚揚げそのものからも、うま味が出ているように思う。
そして、こんにゃく。この歯触りがたまらない。以外と出汁の味がするんだ、これが。染み染み、っていうより、切れ目に出汁が入り組んでる感じ。
そしておでんには小さなおにぎり。塩がきつめで、出汁との相性は抜群だ。ホロホロと口の中で崩れ、うま味が行きわたっていく。
ああ、うまかった。さて、明日からの休みは、思う存分、楽しもう。
何が食えるかなあ。
「ごちそうさまでした」
「で、幼稚園はどうだった?」
にやにやしながら聞いてくるのは百瀬だ。廊下に出たところを捕まってしまった。
「……別に、普通」
「なにしたの? おままごとやった? 一条って、遊びでも料理にうるさそう」
こっちの苦労も知らず、好き勝手言いやがって。
「おままごとは巻き込まれた。料理の場面に差し掛かる前に修羅場になったから、よく分からんかった」
「えっ、なに、修羅場って」
「それについては俺が話してやろう!」
「おわっ」
背中にのしかかる重さ。いつの間に来やがった、咲良。咲良は得意げに笑い、ふふん、とわざとらしく言うと、話し始めた。
「こいつなあ、すっげぇモテモテだったんだぜ! もう取り合いよ。女の子たちに囲まれてさー、俺はずっと怪獣やらされてたけど」
「へぇ~罪な男だねぇ」
「うるせー」
咲良を引きはがし、ロッカーに寄りかかる。
「百瀬はどこに行ったんだ」
「やっぱケーキ屋?」
咲良も重ねて聞けば、百瀬は首を横に振った。あれ、違うんだ。
「俺、市役所行ったよ」
市役所かあ。そういや、市役所も人気だったと聞いた。アクセスもいいし、施設もきれいだし、なにより、冷暖房完備なのが魅力的だ。
百瀬も、そのことを言っていた。
「設備がきれいってだけで最高だよね。まあ、ところどころ古い場所もあるけど。ご飯食べるところもきれいだったよ。冷暖房完備ってのはありがたいね」
「飯食うところがきれいなのはいいな」
まあ、幼稚園も思ってたより悪くなかったけど。
百瀬は自分が満足すると、教室に戻ってしまった。
「朝比奈はどこ行ったんかな」
咲良は言うと、俺の背を押してきた。
「んだよ」
「聞きに行こうぜ。授業始まるまで、まだ時間あるだろ?」
「まあ、いいけど」
廊下は冷えるが、数日前ほどではない。太陽の光が差し込むだけで、こうも暖かくなるとは。やはりお日様とは偉大である。
おかげで朝比奈も素直に、咲良の呼びかけにこたえて廊下まで出てきてくれた。
「なんだ」
「職場体験、朝比奈はどこに行ったんかなーと思って」
「あー……俺は病院だ。病院」
「やっぱり」
想像通りの答えで、思わず咲良と声が被る。朝比奈は「やっぱりってなんだよ」と笑った。
「でも病院って、どんなことするんだ?」
確かに。咲良の疑問はもっともだ。よその職場体験はなんとなく想像つくけど、病院って、あんま想像つかないな。診察とか手当とかするわけないし。したら大変だろ。
朝比奈は思い出し思い出し、咲良の問いに答える。
「まずは見学して、あとはそうだな……模型とか使っていろいろやった」
「いろいろって?」
「採血とか……」
えっ、採血ってあれだろ。注射器使うやつ。俺、病院じゃなくてよかった。注射だけはどうにもだめだ。思わず体に力が入る。
咲良は笑って言った。
「えー、でも朝比奈上手そうだよな。慣れてるだろ」
「いやいや、やったことないよ」
と、朝比奈は全力で否定する。
「免許もないのに、病院の息子だからって医療行為はできない。診察を見るわけにもいかないし」
「それもそっか」
「やっぱ病院に行くやつらって、理系が多いのか?」
聞けば朝比奈は「うーん」と考えこんだ。
「医者の方はまあ、理系ばっかりだったな。看護部の方はそうでもないみたいだったけど」
「そんなもんか」
「薬剤師の方も、理系だったかな」
それを聞いて、咲良は「あ、そういえば」とつぶやいた。
「俺、そういや第一希望は薬剤師にしてたんだよね。行きたかったなあ」
忘れてたけどそういやこいつ、理系だったな。理系科目苦手で文系科目得意、基本、文系の教室に入り浸っているから、つい、文系だと勘違いしていた。
でもなあ……こいつ平気で小数点の位置とか間違えるからなあ。薬剤師は……ちょっと怖いな。
昼飯を家で食えるっていいな。今日は……
「おでん」
「そう。晩ご飯に作ったんだけど、あんまり多いから、お昼にもいいかなって」
なるほど、そういうことか。いやあ、大歓迎だ。
「いただきます」
大根に卵、厚揚げ、こんにゃく。シンプルな具材の数々が魅力的だ。
まずは大根から。ほくっとした感覚が箸から伝わってくる。中心がほんのり透明なのがいいな。しゃくっと、ほくっとした食感に、あふれ出す出汁。大根そのものの水分も相まってとてもジューシーだ。
今日の出汁、うま味がすごいなあ。
「出汁、どう?」
心を読まれたのかというタイミングで母さんが聞いてくる。
「おいしい」
「オイスターソース入れたの。お店っぽいでしょ」
「ああ、確かに」
卵は、表面にうっすらと色がついていて、内側は眩しい白と黄色だ。
白身のプリプリとした食感が好きだなあ。黄身も出汁に溶け出してしまう前に食べよう。こっくりとした味わいで、まろやかだ。こういう味には、からしが合うんだよなあ。
厚揚げは柚子胡椒で。ピリッとした辛さと、塩気、柚子の風味が、豆腐に合うんだ。厚揚げの周りがジュワジュワで、出汁がたっぷり含まれている。厚揚げそのものからも、うま味が出ているように思う。
そして、こんにゃく。この歯触りがたまらない。以外と出汁の味がするんだ、これが。染み染み、っていうより、切れ目に出汁が入り組んでる感じ。
そしておでんには小さなおにぎり。塩がきつめで、出汁との相性は抜群だ。ホロホロと口の中で崩れ、うま味が行きわたっていく。
ああ、うまかった。さて、明日からの休みは、思う存分、楽しもう。
何が食えるかなあ。
「ごちそうさまでした」
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