一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百十四話 誕生日弁当

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 職場体験二日目、最終日である。昨日は夕方まで幼稚園にいたが、今日は午後から学校に行かなくてはならない。報告書とやらを書かなければいけないらしい。だから、昼飯は学校で食う。
 学校で飯食うぐらいなら家で飯を食いたい。
 そんでもって、今日は咲良の誕生日なものだから、やつに弁当を渡さなければならない。何が欲しいか聞けば、俺の弁当が食いたいという。変わったやつだなあ。ま、俺の分は母さんが作ってくれたからいい。
「今日は昼飯が楽しみだなぁ」
 園庭の掃除をしていたら咲良が笑って言った。今、子どもたちは教室で出し物の練習をしている。いわゆる、お遊戯会の練習というやつだ。
 音程ガン無視の歌はほぼ叫び声で旋律も何もないが、とてもすがすがしい。
「作ってきてくれたんだよな?」
 エプロンと竹ぼうきが妙に似合う咲良が、まるで踊るように掃除をしながら聞いてくる。
「作ってきたぞ」
「えっへへ、ありがとなあ」
「いーえ」
 几帳面なオルガンの音に子どもたちの声、そこに、咲良の鼻歌が重なる。まるで無秩序なおもちゃ箱みたいだ。
「おし、こんなもんか。春都ー、袋ちょうだい」
「はいよ」
 ゴミ袋一杯の落ち葉と掃除用具を片付けて教室に向かう。そろそろ練習も一段落つきそうだ。
「今日は何して遊ばされっかなあ」
 咲良が少し疲れたように遠い目をしながら笑う。
「そうだなあ……」
「幼稚園の先生ってすげぇよな……こう、いろいろ」
「な、ほんとに」
 理不尽だろうが何だろうが、体力底なしの子どもの相手をするだけでなく、事務作業やら保護者の相手やら、俺らみたいな職場体験の段取りするとか、すげえ激務。子どものころ、ふと見た先生の表情が一瞬、うつろだったことを思い出す。今なら、あの表情の意味が少しだけ分かるなあ。
「咲良は怪獣させられるんじゃないか」
「春都は一夫多妻の旦那だな」
「人聞きの悪いことを言うな」
 おままごとをしていたら、やたらと旦那役をさせられた。しかもいっぺんに申し込まれたもんだから、一夫多妻状態になってしまって大変だった。
「一日の内に何度、修羅場を経験したことか」
「あはは、罪な男だな」
「おーい、春都ー咲良ー。掃除終わったなら来てくれぇ」
 おっ、勇樹。子どもの相手をさせられているようだ。困ってる困ってる。
「あいつがあんなに困ってんの、珍しいな」
 と、咲良が小声で言う。
「だな」
「はーやーくー。俺じゃ怪獣も旦那もできねぇー」
「おー、今いく~。さて、今日も元気に怪獣しますかね」
「修羅場はもう勘弁だ……」

 昨日より子どもといる時間は短かったのに、疲れは同じくらい……いや、それ以上にある感じがする。そんな疲労感を抱えながら、重たい足を引きずって、向かう先は学校だ。
「職員室が遠い……」
 勇樹がふらふらとしながら階段を上る。
「寒いなぁ。人少ないから余計に」
 一方の咲良は疲れていながらも、にこにこと上機嫌だ。
 今日は昼から俺たちがいないと知った子どもたちは、容赦なかった。昼からの分まで、いや、明日の分まで遊びつくしてやろうという勢いでおもちゃにされた。いやあ、まいったまいった。
 職員室にいる先生の数も少ないようだ。声をかける前に、職場体験の担当の先生が俺たちに気付いて立ち上がる。
「おお、来たか」
「せんせぇー、報告書の提出って来年じゃダメなんですかぁー」
 勇樹の言葉を先生は「あはは」と笑い、受け流す。
「そうしたら提出忘れるやつがいるだろう。今書いて、今、提出しろ」
「うぃーす」
「教室は開いてるからな。昼飯、持って来てるか? 食堂は開いてないぞ」
「ばっちりです!」
 そう元気に答えたのは咲良だった。
 それぞれの職場体験先ごとに解散時刻が違うから、教室に人は少ない。とりあえず二組の教室に入って、報告書を書く前に飯を食うことにした。
「春都、早く早くー」
 いそいそ、そわそわと椅子をもってきて座った咲良がそう言って急かす。
「はいよ。誕生日おめでとう、咲良」
「えへへ、どうもー」
「えっ、咲良、今日誕生日なん? おめでとー」
「ありゃっす!」
 さて、俺も食うか。母さん手製弁当。
「いただきます」
 からあげに卵焼き、ミートボールとプチトマト。元気が出そうだ。
 まずは米から。のりと卵のふりかけがかかっている、安心する味だ。甘くて香ばしく、ご飯によく合う。
 さて、からあげも……ああ、これこれ、この味。醤油の香ばしい味に噛み応えのある肉と衣。冷えたからあげにしかない味わい。にんにくの程よい香りが食欲を増進させる。山盛り入れてくれたんだなあ。皮もサクッとしながら、噛みしめるほどにもちもちして……たまらんなあ。疲れた体に染みる。
「なあ、このカツって手作り?」
 と、小さなとんかつを箸で持ち上げる咲良。
「おう。母さんがからあげ揚げてたし、油拝借した」
「んまいな、これ。ソースもうまい。ごま入ってるといいな!」
「そりゃよかった」
 さて、卵焼きも。
 母さんの作る卵焼きは、俺が作るのよりも甘い。お菓子っぽいけど、ちゃんとご飯に合うから不思議なものだ。マヨネーズをつけると、塩気が加わって、またうま味が増すのである。
 プチトマトでさっぱりしたら、ミートボールを。
 照り焼きとかあるけど、俺はこの、ケチャップのようなデミグラスのようなソースのが好きだ。肉の風味とほのかな香辛料の香り、ご飯に山盛りにして食うのもうまいしスパゲティと合わせるのもいいが、ミートボールは弁当にも合う。ひんやりしてるのが弁当らしくていいんだ。肉の味がよく分かるというもんだ。
「いやあ、俺、知らなかったなあ。咲良誕生日だったのか」
 勇樹の言葉に、ご飯をモリモリ食べながら咲良は「んー」と頷く。
「言ってなかったか?」
「聞いてねぇなあ」
「じゃあ、来年はよろしくぅ」
「とりあえず今年は、後で飴ちゃんを差し上げよう」
「おっ、食後のデザートだな。いいねぇ、あざっす!」
 最後のからあげを味わっていたら、咲良が空っぽの弁当箱をきれいに片づけて差し出した。
「うまかった! ありがとな!」
「おー」
 こういうのは、自分で洗って返すものではなかろうか、とうっすらと思ったが、嬉しそうな笑顔を見ると、そんな気持ちもなくなった。
 うまかったのなら、何よりだ。

「ごちそうさまでした」
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