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日常
第五百九話 ぜんざい
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雪は翌日まで降り続いた。
途中、日の差す時間もあったが、すぐに分厚い雲が現れ、雪は思いのほか長く降り続いていた。おかげで朝課外はないし、午後からは休校だ。昼飯だけ食って、解散となった。
校門の外に出て、空を見上げてみる。
しんしんと降り続ける雪が冷たい。雪って、なんか不思議な感じがする。絶え間なく降り続け、ますます降り積もっているというのに、静かだ。雨なんか少しでも降ったら音を立てるというのに、雪ときたら、こんなにも静かだ。まるで、時の止まった空間にいるような、そんな感じがする。
スノードームの中って、こんな感じなのかなあ。
「悪い、待たせたな」
遠くの方で通話をしていた咲良が小走りにやってくる。慌てて来たものだから、咲良は、凍った地面でつるりと滑りそうになる。
「うぉっとと、あぶねぇ」
「気を付けろよ」
咲良が何とか体勢を立て直したところで聞く。
「で、何だって? 親」
ずんずんと雪が順調に降り積もったせいで、公共交通機関はストップしてしまったようだった。確かに、豪雨も降雪もある程度乗り越えられるこの辺りの公共交通機関も、冬の天気には少々弱いらしい。ま、この辺、どっちかっていうと、水害とか台風の被害の方が多いからなあ。
で、咲良は帰れなくなってしまい、親に迎えに来てもらうよう頼んでいたのだ。
咲良は少し渋い顔をした。
「それがさあ、やっぱ向こうも雪すごいみたいで。てかそもそも父さんも母さんも仕事中だし。来れるとしても、二時間後くらい、だってさ」
スマホを見ながら咲良はぼやく。
「コンビニも混んでるだろうからなあ。その間どこにいようかなあ。外で待つしかないのかなあ」
「それは寒いだろ」
「だよなあ」
と、話していると、すれ違った数人の生徒の会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、お邪魔します、先輩」
「いいよー。迎え来るまで寒いしね。うち近いし、せっかくならなんか遊ぼうよ」
「先輩の家って初めて行きますね、そういえば」
その会話を聞いた咲良が、期待を込めたまなざしをこちらに向けた。
こいつが言わんとするところは分かるし、それを無視できるほど俺も薄情ではない。というか、思いついていたことでもあるわけで。
「うちで待つか?」
「さすが春都! 話が早いなあ!」
勢いよく肩を組み、はじけんばかりの笑顔を咲良は向けてくる。
「勉強するぞ、勉強」
「え~、そこはゲームでいいでしょ」
「冬休みの課題、早めに終わらせとくと楽だぞ」
「う……それはそうだけどさぁ」
いつもより賑やかな帰り道。雪のせいか、景色がまぶしく見えた。
家に着き、こたつにもぐりこんで課題を進める。
咲良はぬいぐるみにいたく感動し、今、俺と咲良の間には巨大なぬいぐるみが鎮座している。
「なー、春都。これは?」
「単語の意味くらい、自分で調べろ」
「自分で調べるより、春都に教えてもらった方が早いじゃん」
「そういうことじゃなくて……」
数学と英語の反復横跳びは疲れる。こっちはこっちで結構めんどくさい数式が並んでいるし、英語は文法がややこしいところだし。あー、国語ばっかりやりてぇー。
「思ったんだけどさあ、例文で出てくる文章ってさ、使うタイミングないの多くね?」
早々に勉強に飽きたらしい咲良が、ペン回しをしながら言った。俺も疲れた。小休止にしよう。ペンを置き、ぬいぐるみにもたれかかる。
「分かる。あとめっちゃ失礼なやつとか」
「そうそう! これはペンです、って使うんかね? 見たら分かりそうなものじゃん?」
「あー、それは意外と使うらしいぞ」
咲良がぬいぐるみをギューッと押しつぶすので、体勢が傾く。
「うぁーやめろぉー」
「どのタイミングで使うわけ?」
「ぱっと見、ペンって分からんデザインの時」
「あっなるほどねえ。納得~」
何かと意味があるんだなあ、と咲良は言いながらぬいぐるみをいじるのを止めない。振動して酔いそうなので、起き上がる。
「……ん? なんか甘い匂いしねぇ?」
言えば咲良はスンスンと鼻を鳴らした。
「あ、ほんとだ」
母さんが台所に立っているから何か作っているのだろうとは思っていたが、この匂いは何だろう。うーん……分かりそうで分からん。この素朴な匂いは……
「二人とも、ぜんざい食べる? 寒いから作ったんだけど」
台所から飛んできた母さんの言葉に、咲良と顔を見合わせる。
「食べる!」
「食べます!」
揃って答えると、母さんは笑って「はーい」と言った。
お椀によそわれた餅と小豆。はあ、なるほど、小豆の匂いだったか。
「いただきます」
まずは汁をひとすすり。
ほう、あったまるなあ。サラサラではなく、少しざらりとした舌触りで、トロッとした口当たりがいい。熱さに拍車がかかるようだ。
口の中でゆっくりと味わうと、素朴な小豆の味わいがにじみだしてくる。小豆の香りとほくほくした食感が身に染みるようだ。砂糖の、ほのかでありながら確かな甘みが、疲れた頭に効くなあ。
餅はとろとろとモチモチの狭間で、いちばん、ぜんざいに合う食感になっている。表面がとろりととろけ、口に入れて食むと、もっちもっちと柔らかな口当たりで……そんで小豆をまとって、甘くて、うまい。
「うまぁ……甘くて、うまいなあ」
咲良が溶けそうな笑みを浮かべて言った。この顔、どっかで見たことある。あ、動物園だ。温泉に入って気持ちよさそうなカピバラとか。
「うまい」
「なあ」
ぜんざいって、なんかぜいたくな気分になるんだよなあ。たっぷりの砂糖と、小豆と、餅。シンプルな材料でできあがった甘味。子どもの頃にはあんまり分からなかった小豆のおいしさが、今なら、よく分かる。小豆、好きになっといてよかったなあ。
寒いけど、雪、降ってよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
途中、日の差す時間もあったが、すぐに分厚い雲が現れ、雪は思いのほか長く降り続いていた。おかげで朝課外はないし、午後からは休校だ。昼飯だけ食って、解散となった。
校門の外に出て、空を見上げてみる。
しんしんと降り続ける雪が冷たい。雪って、なんか不思議な感じがする。絶え間なく降り続け、ますます降り積もっているというのに、静かだ。雨なんか少しでも降ったら音を立てるというのに、雪ときたら、こんなにも静かだ。まるで、時の止まった空間にいるような、そんな感じがする。
スノードームの中って、こんな感じなのかなあ。
「悪い、待たせたな」
遠くの方で通話をしていた咲良が小走りにやってくる。慌てて来たものだから、咲良は、凍った地面でつるりと滑りそうになる。
「うぉっとと、あぶねぇ」
「気を付けろよ」
咲良が何とか体勢を立て直したところで聞く。
「で、何だって? 親」
ずんずんと雪が順調に降り積もったせいで、公共交通機関はストップしてしまったようだった。確かに、豪雨も降雪もある程度乗り越えられるこの辺りの公共交通機関も、冬の天気には少々弱いらしい。ま、この辺、どっちかっていうと、水害とか台風の被害の方が多いからなあ。
で、咲良は帰れなくなってしまい、親に迎えに来てもらうよう頼んでいたのだ。
咲良は少し渋い顔をした。
「それがさあ、やっぱ向こうも雪すごいみたいで。てかそもそも父さんも母さんも仕事中だし。来れるとしても、二時間後くらい、だってさ」
スマホを見ながら咲良はぼやく。
「コンビニも混んでるだろうからなあ。その間どこにいようかなあ。外で待つしかないのかなあ」
「それは寒いだろ」
「だよなあ」
と、話していると、すれ違った数人の生徒の会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、お邪魔します、先輩」
「いいよー。迎え来るまで寒いしね。うち近いし、せっかくならなんか遊ぼうよ」
「先輩の家って初めて行きますね、そういえば」
その会話を聞いた咲良が、期待を込めたまなざしをこちらに向けた。
こいつが言わんとするところは分かるし、それを無視できるほど俺も薄情ではない。というか、思いついていたことでもあるわけで。
「うちで待つか?」
「さすが春都! 話が早いなあ!」
勢いよく肩を組み、はじけんばかりの笑顔を咲良は向けてくる。
「勉強するぞ、勉強」
「え~、そこはゲームでいいでしょ」
「冬休みの課題、早めに終わらせとくと楽だぞ」
「う……それはそうだけどさぁ」
いつもより賑やかな帰り道。雪のせいか、景色がまぶしく見えた。
家に着き、こたつにもぐりこんで課題を進める。
咲良はぬいぐるみにいたく感動し、今、俺と咲良の間には巨大なぬいぐるみが鎮座している。
「なー、春都。これは?」
「単語の意味くらい、自分で調べろ」
「自分で調べるより、春都に教えてもらった方が早いじゃん」
「そういうことじゃなくて……」
数学と英語の反復横跳びは疲れる。こっちはこっちで結構めんどくさい数式が並んでいるし、英語は文法がややこしいところだし。あー、国語ばっかりやりてぇー。
「思ったんだけどさあ、例文で出てくる文章ってさ、使うタイミングないの多くね?」
早々に勉強に飽きたらしい咲良が、ペン回しをしながら言った。俺も疲れた。小休止にしよう。ペンを置き、ぬいぐるみにもたれかかる。
「分かる。あとめっちゃ失礼なやつとか」
「そうそう! これはペンです、って使うんかね? 見たら分かりそうなものじゃん?」
「あー、それは意外と使うらしいぞ」
咲良がぬいぐるみをギューッと押しつぶすので、体勢が傾く。
「うぁーやめろぉー」
「どのタイミングで使うわけ?」
「ぱっと見、ペンって分からんデザインの時」
「あっなるほどねえ。納得~」
何かと意味があるんだなあ、と咲良は言いながらぬいぐるみをいじるのを止めない。振動して酔いそうなので、起き上がる。
「……ん? なんか甘い匂いしねぇ?」
言えば咲良はスンスンと鼻を鳴らした。
「あ、ほんとだ」
母さんが台所に立っているから何か作っているのだろうとは思っていたが、この匂いは何だろう。うーん……分かりそうで分からん。この素朴な匂いは……
「二人とも、ぜんざい食べる? 寒いから作ったんだけど」
台所から飛んできた母さんの言葉に、咲良と顔を見合わせる。
「食べる!」
「食べます!」
揃って答えると、母さんは笑って「はーい」と言った。
お椀によそわれた餅と小豆。はあ、なるほど、小豆の匂いだったか。
「いただきます」
まずは汁をひとすすり。
ほう、あったまるなあ。サラサラではなく、少しざらりとした舌触りで、トロッとした口当たりがいい。熱さに拍車がかかるようだ。
口の中でゆっくりと味わうと、素朴な小豆の味わいがにじみだしてくる。小豆の香りとほくほくした食感が身に染みるようだ。砂糖の、ほのかでありながら確かな甘みが、疲れた頭に効くなあ。
餅はとろとろとモチモチの狭間で、いちばん、ぜんざいに合う食感になっている。表面がとろりととろけ、口に入れて食むと、もっちもっちと柔らかな口当たりで……そんで小豆をまとって、甘くて、うまい。
「うまぁ……甘くて、うまいなあ」
咲良が溶けそうな笑みを浮かべて言った。この顔、どっかで見たことある。あ、動物園だ。温泉に入って気持ちよさそうなカピバラとか。
「うまい」
「なあ」
ぜんざいって、なんかぜいたくな気分になるんだよなあ。たっぷりの砂糖と、小豆と、餅。シンプルな材料でできあがった甘味。子どもの頃にはあんまり分からなかった小豆のおいしさが、今なら、よく分かる。小豆、好きになっといてよかったなあ。
寒いけど、雪、降ってよかったなあ。
「ごちそうさまでした」
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