一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
527 / 846
日常

第四百九十八話 オムライス弁当

しおりを挟む
 あー、さっむい。ほんと寒い。十二月になって本当に冷え込みが増してきた。何だよ、十一月と十二月の狭間で何があったっていうんだ。季節に文句をいったってどうしようもないが、こんな中を登校するんだ。ちょっとくらいいわせてくれ。
「あ~、春都~、寒い~、おはよう~」
 校門をくぐったタイミングで、後ろから突撃してきたのは咲良だ。
「ああ、おはよ……ぐえ」
 勢い余って激突する。いってえな。じろっと見れば、咲良はもこもこのマフラーに顔をうずめ、にこにこ笑っていた。
「あはは、ごめんごめん」
「もうちょい加減というものを知れ、咲良……」
「俺はノリと勢いで生きてるからさ」
「前向きと無謀は別物だ」
 お、駐輪場から見知ったやつが来てる。完全防備だな。冬の自転車、バイクはちゃんと防寒しないととんでもないことになるからなあ。
「あっ、百瀬じゃん。もーもせー!」
 咲良が呼びかけると、百瀬はぶんぶんと手を振り、こちらにやってきた。
「おはよぉー、寒いねえー」
「おはよう。こんな日も自転車なんだな」
 聞けば百瀬は「まあねぇ」と言いながら手袋を外す。
「こんだけ防寒してても寒いよ~。そりゃっ」
 そしてその手を咲良の頬に近づける。咲良のほうが背が高いので、百瀬はつま先立ちになっていた。
「うわぁ、やめろやめろ! 冷たい!」
「はっはは」
「笑い事じゃないぞ、春都」
「どんどんやれ、百瀬」
「よし来た!」
 二人の攻防は昇降口についても続く。それを見ていたら、ぬっと大きな人影が隣にやってきた。
「うわ、びっくりした」
「……おはよう」
「その声は朝比奈だな?」
 そう確認したのは、声を発したその人物の顔が見えなかったからである。ネックウォーマーに長い前髪、もこもこに着こんだ上着からは、元の体形は推し量ることができない。どんだけ着こんでんだこいつは。
 玉ねぎの皮をはがすように……いや、これは玉ねぎというよりたけのこの皮かな。剥くように上着を脱ぎ、ネックウォーマーを外す。ああ、やっぱり朝比奈だ。
「おはよう。相変わらずだな」
「寒い……何で昇降口で脱がなきゃいけないんだ」
「ほんとそれな」
 咲良と百瀬はやっと満足がいったのか、実にすっきりした表情でこちらにやってきた。にこにこホカホカしている様子の二人を見て、朝比奈は信じられないというような表情で言った。
「お前ら、なんでそんなに元気なんだ?」
「動けば温かいよ~」
 百瀬が指をウゴウゴさせながら朝比奈に近寄る。朝比奈は光の速さで飛びのいた。それを見て百瀬が笑う。
「ビビり過ぎ~」
「だってお前、手、冷たいじゃん……」
「心が温かいんだよ」
「あー、それよく聞くよなあ」
 そう言いながら、咲良が俺の隣に来て聞いてくる。
「俺は温かいから、心が冷たいのかね?」
「ただの子ども体温だろ」
「あー、なるほど。ま、俺は心が温かいことで有名だからな」
「初耳だ」
 四人そろって階段を行く。
「ううう……寒い……」
「そんなにか。大丈夫か、お前」
 パーカーも着て、学ランの下にはきっとカーディガンも着ているのだろう。冬毛になった猫や寒雀のようにもこもこしている朝比奈である。
「これからもっと寒くなるのに」
 百瀬はポカポカと頬を紅潮させ、むしろ暑いといわんばかりに腕をまくって言う。
「大丈夫だ。まだカイロは使ってない」
 やたらかっこつけて朝比奈は言うが、それは威張ることなのだろうか。
「俺、今日は昼飯温かいんだよね」
 咲良はただただ、楽しそうに言った。
「保温弁当にしてもらった」
「そうか、よかったな」
 廊下の窓はきっちり閉ざされていたが、理系の方から順に、先生が開けていっているのが見えた。空気の入れ替えか。
 朝比奈はそれを実に恨めしそうに見ていた。

 咲良の弁当箱は俺のとよく似ていたが、色が違う。俺のはシルバーだが、咲良のは黒い。
「いただきます」
 さて、俺の今日の弁当は……
「おっ、オムライスか」
「いいねえ。俺はいつも通り」
 いつも通りの温かいやつ、ってのもいいが、いつもとちょっと違う内容の弁当もいいもんだ。
 黄色い薄焼き卵の上にはケチャップがちゃんとかかっている。小さなスプーンですくって食べるのもまた、弁当の醍醐味だよなあ。
 塩こしょうの風味が少しする卵、甘めの味付けのチキンライス、ほのかな酸味のケチャップ。うまい。かた焼き卵ってのがまたいい。鶏肉はささみか。ぱさっと淡白な食感が、たっぷりのケチャップと相性がいい。ピーマンのほろ苦さと、細かい玉ねぎの甘味もまた、オムライスのうまさを際立てる。
 おかずはブロッコリーの塩ゆでにマヨネーズがかかったものとプチトマト、豚肉を塩こしょうで炒めたものだ。ブロッコリーはほぐしながら少しずつ味わうのも好きだが、がぶっと一口でいくのも好きだ。ほのかに塩気が残ってるのがいい。ジュワッと味が染み出してきて、マヨネーズとの相性が抜群なんだ。
 プチトマトは少し焼いてあってちょっと甘い。
 豚肉のシンプルな塩コショウ味と、甘い脂身、肉のうま味が、柔らかな味の合間にちょうどいい刺激となる。
 より一層、オムライスをうまく食えるわけだ。
 スープは……コンソメだ。じんわりと広がる、日本の出汁とはまた違ったうま味が体を芯から温める。薄切りの玉ねぎがまたいい。シャキシャキで、ほろほろと甘い。
 洋風の弁当ってのも、いいもんだな。
 これから先、どんな弁当が食えるだろうか。この冬も楽しみだなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...