一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百九十七話 カップラーメン

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 変な時間に目が覚めてしまった。毛布と布団が分離して寒い。
 きれいに着ようにもぐちゃぐちゃになり過ぎていて、一度起き上がらなければならないくらいだ。もういいや、起き上がったついでにトイレ行って水でも飲もう。
 ああ、寒いなあ。もこもこの靴下はいて、はんてんを着る。うーん、ひんやり。防寒具も、冷たい空気の中に放置していればそりゃ冷たいに決まっている。布団の中に入れておいた方がよさそうだ。
 トイレを済ませ、台所へ向かう。台所ってどうしてこんなに冷えるんだろう。でも、火を使っていると暑いくらいになるんだよなあ。
「冷たいな……」
 冷えた体に冷えた水ってのはなかなかだなあ。ま、仕方ない。ちまちま飲もう。
 ペットボトルで湯たんぽを作ってもいいかなとも思ったが、お湯を沸かす間が寒い。とっとと布団にもぐりこもう。
「あれ、うめずどこだ……」
 起きた時にはいつものベッドにいたうめずが、今はいない。もしかして。
「やっぱり」
 俺より先に、布団を占領している。こいつめ。
「ちょっと向こう行ってくれ」
「うぅん……」
「あっ、温い」
 うめずがいたところがほのかに温かい。なんかちょっとうれしいな。一度布団から出ると、冷たくなってしょうがないんだよなあ。もう一度温まるには時間がかかって、結局、一番気持ちのいいタイミングで起きることになる。
 でも、この温かさだと、もう一度温まるのにそう時間はかからないだろう。うめずが近くにいるってだけでもう温かいもんな。
「ふー……」
 明日……いや、もう今日か。今日は日曜日だから、時間を気にしなくていい。なんて幸せなんだろうか。満ち足りた気持ちで布団を引き上げる。
 ふかふかした肌触りを感じればもう、眠りにつくのに、時間はかからなかった。

 再び目を覚ましたのは、学校に行く日にいつも起きている時間だった。夜明けはまだ遠く、鳥のさえずりも聞こえない。しんしんと冷え込む空気は相変わらずで、うめずはそんな中でも気持ちよさそうに眠っていた。
 なんか、すっきり目覚めてしまったな。でもまだ布団から出たくない程度には体が重い。きついとかしんどいとかとはまた違った類の体の重さは、寝起き特有の気だるさだ。特に冬に現れやすい。
 課題、終わらせといてよかったなあ。おかげでのんびりできる。今日は一日何をしようかなあ。借りてきた本を読もうか、テレビでも見ようか。それとも、どこかに出かけるか?
 いや、出かけるのはやめよう。そう思いながら寝返りを打つ。
 昨日はしっかり歩いたからなあ。家で何もしないというのもありだろう。父さんと母さんも今日は何もないと言っていたし、何もしない、というぜいたくを噛みしめるのもいいな。滅多にないことだからなあ。
 スマホを眺めたり、ゴロゴロと寝返りを打ったり、うめずを撫でまわしていたらすっかり外が明るくなってきた。日が昇り始めると早いんだなあ、これが。それならもっと、夜明け自体が早くなってほしいものだが。
 いつもなら休みでも起きる頃合いだが、なんか今日はのんびりしたい。
 動画でも見よう。寒くないような体勢で、布団にもぐりこんで……あー、いい、いいねえ。体も、思考も、何もかもが溶けていくようだ。さてそれじゃあ、動画配信アプリを開いて、公式アカウントをチェックしよう。
 うんうん、長さもちょうどいい、内容もいい感じのアニメだ。しばらくこれを見て、起き上がる気力が出てきたら、起きるとしようかな。

 結局布団から出てきたのはそれから数時間後のことだった。いやあ、久しぶりにのんびりしたなあ。
 父さんと母さんも起きたのは遅かったようだ。そろって遅めの朝ごはんをとると、また、今でのんびりと過ごす。ストーブがついてすっかり暖かくなった部屋でゴロゴロするのもまたいい。
「お昼はどうしようねぇ」
 しばらくのんびりして、そろそろお昼時だという頃。こたつにもぐりこんで、ホットコーヒーを飲みながらくつろいでいた母さんが言う。テレビでは『クリスマスフェア、開催中!』と、この時季らしいスーパーのコマーシャルが流れている。
「さっき食べたばっかりだもんね」
 父さんは読んでいた雑誌から視線をあげると聞いてきた。
「春都は何食べたい?」
「えー……家出たくないからなあ……」
 うちにあるものである程度のものは作れるだろうが、こう、楽なやつがいいな。そうとなれば、あれしかないだろう。
「カップ麺」
「あ、いいね。それにしよう」
 母さんはうんうんと頷いて立ち上がった。
「お湯沸かそうね。皆、どれ食べるか決めといて」
 いろいろ買い置きしといてよかった。うどん、そば、焼きそば……うーん、悩ましいが、ラーメンにしよう。醤油ラーメン。ビッグサイズ。
 お湯を注ぎ、三分待つ。父さんは焼きそばで、母さんはうどんだ。
「そろそろいいかな」
 テレビの時計で三分経ったら、蓋を開ける。ほわあっと揚がる湯気がなんだかワクワクする。
「いただきます」
 底の方からしっかり混ぜる。上の方だけほぐすと、やっぱり味が偏るからなあ。
 生麺とはまた違う、くたっとしているような、それでいてしっかり食べ応えがあるような食感の麺だ。カップラーメンらしいこの麺の食感と口当たりが、時折無性に恋しくなる。麺の風味はほとんどないが、これがスープの塩気とよく合うんだなあ。
 いろいろなカップラーメンを食べるが、やっぱり醤油味に落ち着くんだよな。インスタント以外のラーメンも含めると豚骨が一番落ち着くが、カップ麺はなんか、醤油がいい。塩も好きだけどなあ、やっぱ醤油に戻って来ちゃうんだよ。
 しょっぱさが口に広がったかと思うと、たちまち、それがうま味に変わっていく。いろいろな具材の味が染み出したスープは熱々で、麺も一緒に食べるとホッとする。
「焼きそばも食べるか?」
「うん、食べる」
 父さんから焼そばを一口貰う。濃いソース味に普通のマヨネーズとはちょっと違う風味豊かなマヨソース。いいね、具材は小さいけど、香ばしい。おいしい。
「うどんもいいよ」
「食べる食べる」
 母さんからうどんのカップを受け取る。肉うどんかあ。肉、小さいな。でもうま味がジュワッと染み出してて……うんうん、出汁もうまい。つるんとした口当たりがなんともいえないな。
 家で食うって、こういうのがいいんだよなあ。ちょっとずついろんなものを食べられる。
 さて、それじゃあ自分のラーメンに戻るとしようか。
 わざとらしく甘いふわふわ卵に、これまた香辛料と塩気の効いた肉の塊、風味はほとんどないけど入っていないと寂しいネギ、風味豊かなえび。そうそう、こういう小さな具材があちこちに紛れ込んでいるのがいいんだ。
 そんで、食い終わりの、スープたっぷり麺少なめの状態が、なんか好きだ。すするのが楽しい。最後まで余すことなく食べたいな。
 店のラーメンもいいけど、こういう、インスタントのカップラーメンもいいんだなあ。どっちが勝っていてどっちが劣っているとか、そういうんじゃなくて、今、自分が食べたいものとか自分が好きなものを食べられる幸せ。
 さて、おやつには、何を食べようかなあ。

「ごちそうさまでした」
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