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日常
第四百九十一話 おにぎり
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同じ造りの教室で、そこにいるのは同い年の連中ばかりのはずなのだが、自分のクラス以外の教室にはどうして違和感を覚えるのだろうか。そんなことをぼんやり思いながら、咲良のクラスの教室を覗き見る。
「あっ、春都だー」
こちらが見つける前に見つかったようだ。咲良は人の合間をぬって廊下まで出てくると、愛想よく笑った。
「珍しいじゃん。どしたの、忘れ物?」
「違う違う。これ渡そうと思って。昨日、出かけたから。お土産」
企画展示室を出たところで物販コーナーがあったのだ。文房具なんかのほか、展示品を模したアクセサリーやお菓子、図録も売っていたなあ。それで、買ってきたのはお菓子だ。真っ黒なボーロみたいなの。
「黒いな!」
咲良はびっくりしたように言うと笑い、袋を受け取った。
「ありがとなー。これ、なに? 食えるやつ?」
「多分、卵ボーロみたいなやつ」
「うまいよなぁ、卵ボーロ。それにしたって真っ黒だなぁ」
「ホントにな」
食いもんなのかってほどの黒さだが、焦げたわけではないらしい。炭が入ってるんだったか。味にはそれほど影響がないと思う。
咲良は興味深そうにボーロを眺める。
「妹に見つからないように食べないとなあ。あいつ、すぐ俺のお菓子取るんだよ」
「仲良く食え」
「やだ」
いたずらっぽく咲良は笑う。
「だってこれは俺がもらったものだもん」
「だもんって……」
「わー、何それ、お菓子?」
……びっくりしたぁ。急になんだ、百瀬か。
「お、おぉ。春都からのお土産だ」
咲良は驚きながらも、にこにこ笑って答えた。百瀬は「そっかぁ」とつぶやくと、手に持っていた袋を漁る。
「それじゃあ、これのインパクトがなくなるなあ。はい、これ。俺も渡そうと思って持ってきたんだけど」
百瀬が取り出したのは、これまた真っ黒なクッキーだった。丸や四角、三角と三種類の形で、甘い香りが漂っていた。
「うわ、黒い」
思わず咲良と声がそろう。黒いボーロもなかなかの驚きだったが、黒いクッキーもまた衝撃的である。これほどに黒いクッキーは初めて見た。
「いい反応をありがとう」
百瀬は満足げに笑った。
「ブラックココアクッキーだよ。いい色してるでしょ」
「あー、こないだ話してた」
「いいところだったよ~。見渡す限り、製菓材料! この辺じゃまず見ないような素材も会ってねえ。眺めるだけでも楽しいもんだよ」
と、百瀬は楽しそうに話す。確かに、普段見ないものがずらりと並んでいるだけで、テンションが上がるというものだ。
「ブラックココアって、こんな黒くなるんだなあ」
「ココアも追加で入れてる。そっちの方がうまいんだ」
「ねー、俺今日貰ったもの全部真っ黒ってどういうこと。こんなことある?」
咲良はブラックココアクッキーとボーロを交互に見ながら笑っている。
「なんだ、お前ら。そろいもそろって」
そこにやってきたのは朝比奈だ。今日はそこまで寒くないが、寒さの気配がそこら中に漂うこの頃、廊下で朝比奈の姿を見ることが少なくなったように思う。
「おー、朝比奈」
「まあいいや。お前ら、黒糖は好きか」
「黒糖?」
朝比奈は教科書と一緒に持っていた黒い袋を示した。
「なんか、姉さんがはまって、買い込んで、消費しきれないからって押し付けられた。黒糖飴」
「黒糖飴」
「苦手じゃないなら貰ってくれ。一人一袋」
「一人一袋」
黒糖飴か。結構好きだ。でもなかなか自分じゃ買わないからなあ。しかもちょっとお高そうである。本当にもらっていいのだろうか、とも思うが、よっぽど困っているのだろう。何の感慨もなく朝比奈は押し付けてくる。油断していると大量に押し付けられそうだ。
「ありがとう……」
「俺、真っ黒になっちゃった」
咲良が笑って言う。
ここまで黒い食べ物がそろうとは……なかなか面白い光景だなあ。
「ここにまで黒の余波が……」
家に帰ったら「ご飯までまだ時間があるから食べといて」と母さんが準備してくれていたおにぎりがあったのだが、これまた見事に真っ黒けだ。きっちりのりで包まれた爆弾おにぎり。
母さんがお茶を準備しながら振り返る。
「何か言った?」
「いや、なにも」
「そう? それじゃあもうちょっと仕事あるから、何かあったら呼んでね」
「はい、ありがとう」
色はともかく、うまそうだ。
「いただきます」
緩やかな三角形の真っ黒なおにぎりだが、歯を入れると、真っ白な米が見える。うーん、磯の香りがすごい。塩もきつめに振ってあるのだろうが、のりの香りでまろやかに感じるほどだ。
食べ進めていくと具材が見えてくる。というか、米の層が厚いなあ。うまいからいいんだけど。
おっと、これはひじきだ。昨日ばあちゃんが作ってくれたやつの残りか。これまた黒い食材だ。歯ごたえ、甘辛い味付け、豊かな風味、ニンジンの甘味。ご飯に合うことこの上ない。出来立ての温かいのもうまかったが、冷たいひじきもまた、味がなじんでいいものである。
温かい緑茶をすすると、ほっと力が抜ける。
歯を入れるたびにプチッと破けるような食感の海苔が面白い。あっ、のりの佃煮も入っているのか。のりの佃煮って小さい頃はなんとなく苦手だったけど、今は好きだなあ。柔らかな口当たりに独特の塩気、香りにご飯が進む。
おっ、もう一つ具が入っている。これは……昆布の佃煮だ。これも最近になって好きになったものだ。お茶漬けにするのもうまい。甘めの味付けに押されつつも、確かにある昆布の風味が程よく、プチッとはじけるごまが、香りも味も、食感も、いいアクセントになっている。
それにしたって、今日は黒い食べ物をよく見かけるなあ。ま、そんな日もあるか。
ふう、うまかった。さて、それじゃあ、百瀬にもらったクッキーをお供に、予習でもしますかねえ。
ほろ苦いって言ってたし、ココアでも飲もうかな。ここまできたら、黒っぽいものでそろえてやろう。
「ごちそうさまでした」
「あっ、春都だー」
こちらが見つける前に見つかったようだ。咲良は人の合間をぬって廊下まで出てくると、愛想よく笑った。
「珍しいじゃん。どしたの、忘れ物?」
「違う違う。これ渡そうと思って。昨日、出かけたから。お土産」
企画展示室を出たところで物販コーナーがあったのだ。文房具なんかのほか、展示品を模したアクセサリーやお菓子、図録も売っていたなあ。それで、買ってきたのはお菓子だ。真っ黒なボーロみたいなの。
「黒いな!」
咲良はびっくりしたように言うと笑い、袋を受け取った。
「ありがとなー。これ、なに? 食えるやつ?」
「多分、卵ボーロみたいなやつ」
「うまいよなぁ、卵ボーロ。それにしたって真っ黒だなぁ」
「ホントにな」
食いもんなのかってほどの黒さだが、焦げたわけではないらしい。炭が入ってるんだったか。味にはそれほど影響がないと思う。
咲良は興味深そうにボーロを眺める。
「妹に見つからないように食べないとなあ。あいつ、すぐ俺のお菓子取るんだよ」
「仲良く食え」
「やだ」
いたずらっぽく咲良は笑う。
「だってこれは俺がもらったものだもん」
「だもんって……」
「わー、何それ、お菓子?」
……びっくりしたぁ。急になんだ、百瀬か。
「お、おぉ。春都からのお土産だ」
咲良は驚きながらも、にこにこ笑って答えた。百瀬は「そっかぁ」とつぶやくと、手に持っていた袋を漁る。
「それじゃあ、これのインパクトがなくなるなあ。はい、これ。俺も渡そうと思って持ってきたんだけど」
百瀬が取り出したのは、これまた真っ黒なクッキーだった。丸や四角、三角と三種類の形で、甘い香りが漂っていた。
「うわ、黒い」
思わず咲良と声がそろう。黒いボーロもなかなかの驚きだったが、黒いクッキーもまた衝撃的である。これほどに黒いクッキーは初めて見た。
「いい反応をありがとう」
百瀬は満足げに笑った。
「ブラックココアクッキーだよ。いい色してるでしょ」
「あー、こないだ話してた」
「いいところだったよ~。見渡す限り、製菓材料! この辺じゃまず見ないような素材も会ってねえ。眺めるだけでも楽しいもんだよ」
と、百瀬は楽しそうに話す。確かに、普段見ないものがずらりと並んでいるだけで、テンションが上がるというものだ。
「ブラックココアって、こんな黒くなるんだなあ」
「ココアも追加で入れてる。そっちの方がうまいんだ」
「ねー、俺今日貰ったもの全部真っ黒ってどういうこと。こんなことある?」
咲良はブラックココアクッキーとボーロを交互に見ながら笑っている。
「なんだ、お前ら。そろいもそろって」
そこにやってきたのは朝比奈だ。今日はそこまで寒くないが、寒さの気配がそこら中に漂うこの頃、廊下で朝比奈の姿を見ることが少なくなったように思う。
「おー、朝比奈」
「まあいいや。お前ら、黒糖は好きか」
「黒糖?」
朝比奈は教科書と一緒に持っていた黒い袋を示した。
「なんか、姉さんがはまって、買い込んで、消費しきれないからって押し付けられた。黒糖飴」
「黒糖飴」
「苦手じゃないなら貰ってくれ。一人一袋」
「一人一袋」
黒糖飴か。結構好きだ。でもなかなか自分じゃ買わないからなあ。しかもちょっとお高そうである。本当にもらっていいのだろうか、とも思うが、よっぽど困っているのだろう。何の感慨もなく朝比奈は押し付けてくる。油断していると大量に押し付けられそうだ。
「ありがとう……」
「俺、真っ黒になっちゃった」
咲良が笑って言う。
ここまで黒い食べ物がそろうとは……なかなか面白い光景だなあ。
「ここにまで黒の余波が……」
家に帰ったら「ご飯までまだ時間があるから食べといて」と母さんが準備してくれていたおにぎりがあったのだが、これまた見事に真っ黒けだ。きっちりのりで包まれた爆弾おにぎり。
母さんがお茶を準備しながら振り返る。
「何か言った?」
「いや、なにも」
「そう? それじゃあもうちょっと仕事あるから、何かあったら呼んでね」
「はい、ありがとう」
色はともかく、うまそうだ。
「いただきます」
緩やかな三角形の真っ黒なおにぎりだが、歯を入れると、真っ白な米が見える。うーん、磯の香りがすごい。塩もきつめに振ってあるのだろうが、のりの香りでまろやかに感じるほどだ。
食べ進めていくと具材が見えてくる。というか、米の層が厚いなあ。うまいからいいんだけど。
おっと、これはひじきだ。昨日ばあちゃんが作ってくれたやつの残りか。これまた黒い食材だ。歯ごたえ、甘辛い味付け、豊かな風味、ニンジンの甘味。ご飯に合うことこの上ない。出来立ての温かいのもうまかったが、冷たいひじきもまた、味がなじんでいいものである。
温かい緑茶をすすると、ほっと力が抜ける。
歯を入れるたびにプチッと破けるような食感の海苔が面白い。あっ、のりの佃煮も入っているのか。のりの佃煮って小さい頃はなんとなく苦手だったけど、今は好きだなあ。柔らかな口当たりに独特の塩気、香りにご飯が進む。
おっ、もう一つ具が入っている。これは……昆布の佃煮だ。これも最近になって好きになったものだ。お茶漬けにするのもうまい。甘めの味付けに押されつつも、確かにある昆布の風味が程よく、プチッとはじけるごまが、香りも味も、食感も、いいアクセントになっている。
それにしたって、今日は黒い食べ物をよく見かけるなあ。ま、そんな日もあるか。
ふう、うまかった。さて、それじゃあ、百瀬にもらったクッキーをお供に、予習でもしますかねえ。
ほろ苦いって言ってたし、ココアでも飲もうかな。ここまできたら、黒っぽいものでそろえてやろう。
「ごちそうさまでした」
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