一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百六十一話 コンビニおでん

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 生徒会室の観月に差し入れをしたら、隣の展示室へ向かう。
「おー、よく撮れてる」
 咲良が感心したように、展示されている写真を眺めて言った。
 販売とかはしていないらしいけど、すれ違う人たちの会話を聞いていると、欲しいと思っている人たちも少なくないらしい。サイン入りのやつとかもあるんだなあ。いつ練習したんだろうか。
「俺たちもやる? アイドル」
 咲良が冗談めかして聞いてくる。
「えー……やだなあ」
「顔出しNGなら、着ぐるみショーとか」
「うーわ、無理無理。絶対ばてる」
「はは、それもそうか」
 展示室を出て、今度は三階まで向かう。階段には色々な装飾が施されていて、ところどころ、紙で作られた花がはがれている。
「お化け屋敷だってー。行く?」
「嫌だ」
「即答」
 なんでわざわざここまで来て怖い思いをしないといけないんだ。ほら、おおよそ学校で聞こえてはならないレベルの絶叫が、ドアの隙間からはみ出しているではないか。
「あ、じゃあ夏祭りは……えっ、夏祭り?」
「何をするところなんだ……?」
 どうやらそこは、射的やらヨーヨー釣りやらができるところらしい。
「ここってなんか貰えんの?」
 入り口に立っている生徒に咲良が聞くと、生徒は親切そうに教えてくれた。
「参加していただいた皆さんに風船を配ってます! 屋台みたいな豪華な景品はないですけど、屋台荒らし体験ができますよぉ」
「屋台荒らし体験」
「物騒だなぁ……」
「実際の屋台でやるとひんしゅく買いますけど、ここでは思いっきり、荒らしてもらっていいですよ~」
 それこそ、観月が喜びそうなアトラクションだ。
 屋台荒らし体験ができるといっても、接待試合をしてくれるわけではないらしい。なるほど、これは面白そうだ。備品を壊しさえしなければ何してもいいんだってさ。
「いっちょ荒らしに行きますか」
 やる気満々の咲良は、腕まくりをする。
「おう」
 なんか、ゲームみたいで楽しそうだ。

「いやー、面白かったなー!」
 教室を出ながら咲良が笑って言う。
 確かに、思いのほか射的が楽しかった。今まで観月の無双状態を見ていたせいか、なんとなくコツが分かったんだよな。ヨーヨー釣りはたくさん取り過ぎたので、大半は返却して、青い水風船に緑の柄がついたものだけをもらった。
「おかげで参加賞がこんなに」
 と、咲良は風船を抱える。さんざん屋台を荒らしまくったが、ここまで一生懸命になったのは俺たちがはじめてだったらしく、感動したんだかなんだか分からない感じで渡された。
 でも、風船五個持って帰るのもなあ……
「あっ二人とも~、うちのクラス来てくれたんだ」
 のんびりとそう言いながらやってきたのは観月だ。昼公演が終わったらしく、すっきりした表情をしていた。
「ここ、観月のクラスだったのか」
「そう。楽しかった? 僕が提案したアイデアでねぇ、みんなもノリノリで採用してくれたんだ~」
「ああ、楽しかったぞ」
 なるほど、そりゃ、観月が気に入りそうなアトラクションなわけだ。何せ本人が考え付いてるんだもんな。
「でも風船って、一人一個じゃなかったっけ?」
 不思議そうに手元を見る観月に事情を話せば、ケラケラと笑って言ったものだ。
「あはは、そっかあ。そういうことかあ。じゃあ、もらっといてよ」
「俺ら電車なんだけど」
 さすがの咲良も苦笑して言えば、観月は「大丈夫だよ~」とのんきに言った。
「あとで大きな袋あげるから、それに入れて持って帰りなよ」
「あ、そう……」
「じゃあ、ありがたくもらうしかないかあ……」
 こんな大荷物になるとは。この後また、なんか飯買って帰ろうと思ってたんだけどなあ……
 ま、いいか。ありがたくいただいておくとしよう。

 あの後、大して重くない大荷物を抱えて、帰りがけに焼き鳥とフライドポテトを買って帰った。電車の駅に向かいながら、紙コップに入ったそれを食べる。
 こういうイベントの時って、紙コップ率高いよなあ。だからこそワクワクするんだけど。フライドポテトは業務用かな。サクサクほくほくでうまい。結構甘いんだなあ。焼き鳥は塩味だ。うん、濃い目の味付けがうまい。
「電車の時間まで結構あるな」
 咲良がスマホを見ながら言う。
「あそこ、待ってると寒いんだよなあ……なんかあったかいもん食いたい」
「それは分かる」
 風通しのいい駅の構内は、座って待っているだけで体の芯から冷えそうだ。
 というわけで、駅前のコンビニでおでんを買った。つくねとこんにゃく。このコンビニのおでんは全部串にささっているので食べやすそうだ。
「いただきます」
 まずはつくねから。
 お、これは軟骨とかが入っていないタイプのつくねだな。これも好きだ。ふわふわのほわほわで、出汁をたっぷりと吸っているのでうまい。ジュワッとあふれる温かなうま味が、冷えそうな体を温めてくれる。
 柚子胡椒をつけて食ってみる。んー、すっきり、ピリッと、いい塩梅だ。つくねが淡白だから、強めの薬味も合うもんだなあ。
 そんでこんにゃく。ぷりっぷりだ。味が染みていなさそうに見えて実は結構、染みている。端の方はちょっと食感が変わっているっていうのがいい。
「うんまいなあ」
 咲良がしみじみとつぶやく。
「ああ、うまい」
 出汁をすする。のどを通り、胃に落ちてゆく温度が心地いい。寒いから余計になあ……
 先に食べ終えたらしい咲良が、ほうっと息を吐いて言った。
「楽しかったな」
「そうだな」
 おでんの汁を飲み干しながら、ふと、思う。
「……俺たちは、文化祭では風船に悩まされる運命にあるんだろうなあ」
「んっふふ」
 咲良の間抜けな笑い声に、思わずこちらも頬が緩む。
 ああ、そろそろ電車が来るようだ。

「ごちそうさまでした」
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