一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 田中幸輔のつまみ食い③

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 深夜、スマホの通知音で目を覚ます。マナーモードにし忘れていたようだ。
「なんだぁ……」
 見れば両親でも晃でもない、見慣れないやつからのメッセージだった。怪しいやつか。……いや、違うな。これは高三の時の、クラスのグループだ。
 寝ぼけ眼で何とか理解しようと必死に頭をフル回転させていたら、次々通知がやってくる。うるっせぇ。今何時だ。一時? せっかく今日は休みだってのに全く……いいや、一旦通知を切って、寝よう。
 しかし一度覚醒しかけた頭はなかなか眠りについてくれない。仕方がないので半ばやけくそにスマホを見る。
「あーもー、なんだよ」
 ……なんだこれ、出欠確認? あぁ、同窓会か。何だよ、連絡するならせめて昼間にしてくれよ。この時間、寝てるやつもいるんだぞ。それとも、昼間寝てるやつへの配慮というのだろうか。うーん、分からん。高校の頃から思っていたが、この時間にやり取りすんの、ちょっとしんどい。
 返信するのは……あとでにしよう。期限はまだ先みたいだし、この寝ぼけた頭で判断するのは危ない。
 まあ、行かないことは決まってんだけど。
 参加費、五千円。学年全体で集まって、ホテル内のレストランにてビュッフェ。格好もそれなりじゃないといけないし、二次会もあるような感じだし、要するに、参加費以上に金かかるわけだ。
 そもそも、大してかかわりのない同級生と話す事なんてないし。近場に住む同級生の近況は、それとなく風のうわさで……というか、バイト先のパートのおばちゃん経由で耳に入ってくるから、それで十分だ。
 ほんと、おばちゃんを敵に回すのは、恐ろしい。できれば味方であってほしい。
 脈絡のない思考になり始めたところでスマホを置き、布団をかぶる。うすら寒い空気になってきたこの頃、ちょうどいい服装を探すのに苦労する。
 ああ、そういや明日……じゃなくてもう今日か。映画見に行くんだったか。見てる間に、寝てしまいそうだなあ。

 電車の窓を打つ小雨は空気をひんやりとさせ、今が春ではなく、冬に向かうまでの短い秋だということを知らしめる。
「ふぁ……」
「さっきからずっとあくびしてんねぇ、幸輔。寝不足?」
 隣に座る晃が面白そうにこちらを見て笑う。平日の通勤、通学ラッシュの時間帯を過ぎた車内に人は少なく、間の伸びたような、湿気た空気で満ちている。それが余計に眠気を誘うようで、もう一つあくびが出た。
「なんか、よく眠れなかった」
「嫌な夢でも見たわけ?」
「いや、通知で起こされた」
 昨日の晩のことを話せば、晃はケラケラと笑った。
 途中の駅で停車し、扉が開く。さあっと冷たい空気が吹き込んできて、駅と、駅近くを走る道路のざわめきが聞こえてきた。
「そりゃ災難だなー」
「晃のとこには連絡なかったのか」
 聞けば心底興味がないというように、というか、まるで人ごとのように晃は笑みを崩さないまま言った。
「あー俺、グループ抜けてんだよねえ。だから、誰かから直接連絡来ないとそういう連絡分かんない」
「え、そうなのか」
 というか、その手があったか。なんとなく抜けるタイミング逃していたが、そうか、抜ければいいのか。一人感心していたら、晃はリュックサックのキーホルダーをもてあそびながら言った。
「まー、連絡来たとしても行かないけどぉ」
 その言葉に思わず晃を見つめる。
 なんか、知らない一面を見たようだ。こいつのことだからノリノリで行きそうなものだが、案外、そうでもないらしい。晃はつり革を見上げながら言った。
「だってさあ、よく知りもしない同級生の近況聞いて何が楽しいわけ?」
「それは分かる」
 嘘偽りなく相槌を打てば「でしょー」と晃は笑った。ドアが閉まり、電車は再び走り出す。
「だったらさあ、その時間と金をもっと楽しいことに使ったほうがいいじゃんね?」
「入場特典貰うために同じ映画を隔日で見に行くとか?」
「だって推し出ないんだもん~」
 よっぽど、そっちの方が金かかりそうだが……まあ、人の価値観っていろいろだよな。同窓会に行く奴を否定はしないが、ただ、俺には合っていない、それだけだ。
 晃はとうに同窓会への興味は失せたらしく、真剣そのものという表情で考えこみ始めた。
「あれってやっぱりランダムなのかな? 中抜きとかされてない?」
「それは知らん」
「あの劇場だけキャラが偏ってるとか!」
「そんなことあるか?」
 そうこうしているうちに、終点についた。
 もう一つ、あくびが出る。こりゃ、映画館じゃあ、寝てしまいそうだな。

 映画を見終わり、映画館に隣接するカフェで昼食をとることにした。やっと推しの色紙が出たので上機嫌な晃には、先に席に座っていてもらう。
「Aセット二つ、飲み物はブレンドティーのホットとアイス抹茶ラテで」
「かしこまりました」
 商品を持って席へ戻る。窓際の席は少しひんやりとしているが、熱気で満ちた劇場から出てきた後だと気分がいい。
「あっ、ありがと~」
「お前は抹茶な」
「そーそー、ここ来るといっつもこれなんだよねー」
 向かいに座り、さっそく。
「いただきます」
 Aセットは、野菜と蒸し鶏がたっぷりのサンドイッチだ。パンは柔らかめで、ほのかに甘い。ごまのアクセントが効いている。
 シャキシャキとみずみずしいレタスに酸味は控えめなトマトスライス、それと香りのいいハーブみたいなのがアクセントに添えられていて、プチッとはじけるのはマスタードソースだ。
 鶏肉もしっとりしてうまい。マスタードのソースがよく合う、シンプルなサンドイッチだ。
 温かい紅茶が、ほっと落ち着く。
「いやー、やっと推しが出たなあ。嬉しいなあ」
 ほくほく顔で、晃は抹茶ラテをすする。
「よかったな」
「いやー、ありがとなあ。お前の無欲が推しを引き寄せてくれたんだなあ」
「別に俺は何もしてねーよ」
 雨はまだ降り続き、道を行く人影もまばらだ。ぼんやりと外を眺めていたら、晃が言った。
「そんでさ、この後の買い物も俺の趣味に付き合ってもらうことになりそうなんだけど」
「分かってるよ」
「理解があって助かるよ、幸輔」
 晃は心底嬉しそうに笑った。揺れる金髪が、雨の中に薄く差し込む光に淡く照らされる。
 ……うん、同じくらいの金額使って誰かとどこかへ出かけるのなら、同窓会より俺は、こっちの方がいいな。

「ごちそうさまでした」
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