一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 朝比奈貴志のつまみ食い③

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 さらさらと小雨の音が聞こえる、薄暗い図書館。朝晩の冷え込みがつらくなる季節だが、昼は少し湿っぽく、ぬるい。
 カウンターから見える空はどんよりと曇っていた。
「いつになく眠そうだな、朝比奈」
 ぼんやりと視線を上げると、本を持った一条がいた。
「こんな天気だとな」
「まあ、分からんでもない」
「貸し出しか?」
 聞けば一条は頷き、持っていた本を差し出してきた。文庫本二冊。バーコードを読み込み、貸出完了っと。
「お前ら、午後から調理実習だろ」
 本を渡すと、一条は聞いてきた。
「ん、ああ。何で知ってる?」
「咲良が言ってた」
 そう言って一条は少し笑った。井上は何でも話すやつだなあ。
「まあ頑張れ。ムニエルだっけ?」
「メニューまで知ってんのか」
「それは全クラス共通だろ」
「あ、そうか」
 一条はそれから、一言二言話すと帰っていった。外で話声が聞こえる。一条と井上か。あいつらほんと、仲いいよなあ。そう言ったら一条は、どんな顔をするだろう。
「朝比奈~」
 本を戻しに行っていた早瀬がカウンターに戻ってくる。
「さっき、一条来てたろ」
「見てたのか」
「俺の視力舐めんなよ」
 視力を誇れるような距離にはいなかったはずなのだが。まあ、そんなのは些末なことだ。早瀬は時計を見ると言った。
「そろそろ行こうぜ。準備しないといけないだろ」
 そうか、準備があったか。
「忘れてた」
「おいおい、大丈夫か?」
ははっと笑い、早瀬は言った。
「遅れると面倒だ。さっさと行こう」
「そうだな」
 ムニエルどころか、まともに料理も作ったことがないから、どうなることやら。
 あ、一条にコツ、聞いておけばよかった。

 調理室は独特の匂いがする。料理を作る場所のはずなのに、料理を作る場所じゃないような、そんなあべこべな匂いだ。清潔感はあるんだがなあ。
「よーっし、まずは何をしようか」
 意気揚々とエプロンを身に着ける早瀬。どことなくかわいらしい雰囲気のエプロンは、姉のものだろうか。
「腹減った~」
 こいつの頭には、家庭科室の匂いだとかうまく作れるだろうかとか、そういう心配はないらしい。
「昼飯、食ってないのか」
「いや。おにぎりをいくつか食った」
「じゃあ腹減ってないだろ」
「ばっかだなあ、お前」
 早瀬はあきれた様子で首を横に振った。
「いつもはそれに、弁当を食ってる。そんな俺が、おにぎりだけで足りるわけがないだろう」
「……普段が食い過ぎだ」
「そんなことねーって。一条とかもそんぐらい食べてるだろ」
 ふと、普段の一条を思い出す。確かにあいつは、いつも飯を食っているというイメージだ。大盛りの飯もペロッと平らげるし、なみなみのうどんもあっという間だ。
「運動部でもないのに、すごいな、お前ら」
「部活は関係ないだろ」
 お前は何も食ってないのか、と聞かれ、図書館に行く前に食ったものを思い出す。
「パンを二つ」
「よくそれで動けるな、お前」
「まあ……調理実習で足りない分はなんか後で食えばいいかなと」
「それもそうだな」
 調理実習で大盛りの飯は期待できないからなあ。
 帰りにどっか寄るか。

 案の定、調理実習の飯だけでは足りなかった。俺も、人のことは言えないなあ。放課後、ホームルームを何とかやり過ごして、向かう先はコンビニだ。
 なんか腹にたまるものが食いたい。
「あ、貴志~」
 スイーツコーナーには優太がいた。
「今日は部活ないんだ?」
「あー……今日は休みにしてもらった」
 部活自体はやってるけど、毎回来なくていいとのお達しだからな。まあ、週に一度くらいは顔を出すけど。
「季節限定のスーツがあってねー。それ買いに来たんだ。うちの近く、ほとんど売り切れでさあ」
「そうなのか」
 結局めぼしいものはなくて、諦めて帰ろうとしたら、レジ横の総菜が目に入った。あっ、肉まん出てる。食おう。
「いただきます」
 肉まん、コンビニのはあんまり食ったことがない。いつも冷凍庫に入ってるのをレンジでチンして食うんだ。コンビニで買い食いするの、ちょっとした憧れなんだよなあ。
 カサカサと袋から出すだけで楽しい。
「見て、俺のはチョコまん」
「んー」
 隣では優太が嬉々としてチョコまんを食べている。鼻からは甘い香りが入ってくるが、口の中はしょっぱく、うま味たっぷりの肉ダネが広がっている。変な感じがする。
 酢醤油を垂らすとさっぱりする。からしはつけすぎると、すっげぇ辛い。
「もう肉まんの季節なんだな」
「ねー。寒くなるとスイーツ結構出回るから、楽しみなんだー」
 優太が嬉しそうに笑う。
 そういえばデパートでスイーツの催事があるとか、姉さんが言ってたな。こいつ、きっと狂喜乱舞するだろうなあ。
 行けそうだったら、誘ってみるか。

「ごちそうさまでした」
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