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日常
第四百三十六話 カレー
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そろそろ次の調理実習だなあ、などと思いながら家庭科の授業の準備をする。
次は洋食だっけ。メニューはムニエルって、先生確か言ってたなあ。鮭のムニエル。教科書で見る限り結構うまそうだ。
「なーに見てんの、春都」
休み時間、教科書を眺めながらぼんやりとしていたら勇樹がやってきた。前の席に座っているやつを少し押しのけ座ると、俺の机に肘をついた。前の席のやつが勇樹を肘で追いやろうとする。
「おい、勇樹、邪魔」
「いーじゃんちょっとくらい」
「ったく……」
結局、前のやつが諦める結果となった。
こういうところは、ほんと、すごいなあと思う。浅く広い人付き合いというか、ためらいなく色んなやつと関わることができるところというか。咲良もなかなかのものだが、あいつはどっちかっていうと、人が寄ってくる方なんだよなあ……
「で、春都。何見てんの?」
「教科書」
「それは分かるよ。教科書で何見てんのって聞いてんじゃん」
「……飯」
他に言い表しようがなかったのでそう言えば、勇樹はゲラゲラと笑った。
「言い方!」
「あ? 飯は飯だろ」
正直、家庭科は裁縫より料理の方が好きだ。裁縫は……設計図通りにできた試しがない。技術もそうだ。料理は何とか毎日やってるからできるけど、裁縫とか設計はなあ……うちの家族はみんな手先が器用なのに、どうして俺だけ……と思ってしまう。
まあ、あれだ。周りがうまい人ばっかりだから、自分でする必要なかったんだ。だから上達しなかったんだろう。
「そういや今度、調理実習だよな。また一緒に組もうぜ」
人のことを散々笑って満足したのか、勇樹は話題を変えた。こちらはなんだか釈然としないが、蒸し返すのもあれなので話にのっておく。
「ああ、いいぞ」
「じゃー健太も誘わないとなー」
「あっ、じゃあ俺も」
そう言ってやってきたのはクラスの……えっと……山崎か。山崎護。それこそ、前の席に座ってるやつと仲がいいんだ。人畜無害って感じで、人当たりもよくて、女子ともそつなく話しているイメージがある。
「俺、一条と同じ班になってみたいなーって、こないだの調理実習の時思ったんだよねー」
「おー、いいぞいいぞー」
勇樹が軽く了承をする。俺らと宮野の意思は関係ないのか。まあ、俺は別にいいけど。
「ありがとー。あ、雪ちゃんもいいよね」
山崎は、俺の前の席のやつを雪ちゃんと呼んだ。雪ちゃんはじろっと山崎に視線を向ける。いや、どう見ても雪ちゃんって感じじゃないけど。せめてさん付けだろ。
「雪ちゃんって呼ぶなって、何回言えば分かる」
「えー、雪ちゃんは雪ちゃんでしょ」
雪ちゃんはいかにもな感じのヤンキー……というか、ヤンチャな感じの見た目なんだよなあ。何だっけ、名前。ああ、中村雪だ。名前はなんか儚いのに全然儚くないんだこいつ。絶対に俺と交わることのない人種だと勝手に思っていたのだが。
山崎はにこにこ笑いながら言った。
「調理実習の班ってさ基本四人だけど、うちのクラスは五人の班が二つできるじゃん? だから、ちょうどいいよね」
と、指折り数える山崎。まあ、確かにそうではあるが。
「なんで俺も入ることになってるんだよ」
雪ちゃん……もとい、中村が言うと山崎は「えー、じゃあ、雪ちゃんは別?」と首を傾げた。「でも、一緒にやってみたいって言ってたじゃん」と山崎が付け加えると、中村は不機嫌そうに言った。
「入らねえとも言ってねえし」
「もー、めんどくさいなあ、雪ちゃん」
山崎は笑みを絶やさぬまま言った。
「雪ちゃんね、こんなだけどいいやつだから。この見た目はただの趣味だし、人見知りなだけで、いいやつだよ」
「ばっかお前、いらんことを……」
中村は慌てたように山崎を小突くが、山崎は痛くもかゆくもないというようにひらひらと手を振った。なるほど、つまり先ほどの態度は……
「人見知りに起因する威嚇、って感じ?」
勇樹が歯に衣着せぬ物言いで言えば、中村は決まり悪そうにそっぽ向いた。あー、威嚇。分かるわ。威嚇な。それも子犬とかのな。
「そりゃ雪ちゃんだわ、お前」
勇樹に言われ、半ばやけくそ気味に「雪ちゃんって呼ぶな!」と中村は言う。
「いいじゃん、雪ちゃん。かわいくて」
「かわいくねえ!」
「あはは、よかったねー雪ちゃん。友達増えて」
「ばかにしてんだろ、お前ら……」
目力の強いその顔は確かに怖いが、威嚇なんだと考えるとなんというか、怖さが半減するなあ。
人って、ちょっとしたことで印象変わるもんだなあ。
なんだか、宮野が班を組むのをためらいそうなメンバーではあるが……まあ、勇樹が強制的に入れるんだろうなあ。
ちょっとしたことで印象が変わるのは何も人だけではない。食い慣れた飯も、ちょっとの工夫で趣が変わるものである。
「今日、カレー?」
「そう。チーズトッピングする?」
「する」
モッツァレラチーズをトッピングし、レンジでチンする。あー、カレーの色とチーズの色の対比がたまらねえ。
「いただきます」
まずはチーズがないところから。中辛だが、ピリッとした刺激が強い。香辛料の香りもよく、ご飯が進むことこの上ない味だ。やっぱカレーって進むなあ。食べてる途中から、この香りで腹が減ってくるようである。
ニンジンもジャガイモも冷凍らしいが、十分うまい。ジュワッと甘みのあるニンジン、ジャガイモはもっちもちで、食べ応えがある。
さて、お楽しみのチーズも熱々のうちに。
おっほほ、伸びる伸びる。スプーンに巻き付けて……おお、うまい。チーズのおかげで辛味がまろやかになった。もちもち、ぎゅっぎゅっとした食感、とろりとした口当たり、カレーの風味にご飯の甘味。カレーのトッピングにチーズって、やっぱ合うよなあ。
醤油をかけると和風っぽくなって、また味わいが変わっていいものだ。
普段のカレーに一品加えただけだというのに、この変わりようである。やはり、飯というのは奥深いものだなあ。
まあ、そういう考えは後付けで、食ってるときは難しいことは考えず、うまいと思っているだけだが。
時間がたったチーズは歯切れがよくなり、風味をよく感じられる。
うん、うまかった。
「ごちそうさまでした」
次は洋食だっけ。メニューはムニエルって、先生確か言ってたなあ。鮭のムニエル。教科書で見る限り結構うまそうだ。
「なーに見てんの、春都」
休み時間、教科書を眺めながらぼんやりとしていたら勇樹がやってきた。前の席に座っているやつを少し押しのけ座ると、俺の机に肘をついた。前の席のやつが勇樹を肘で追いやろうとする。
「おい、勇樹、邪魔」
「いーじゃんちょっとくらい」
「ったく……」
結局、前のやつが諦める結果となった。
こういうところは、ほんと、すごいなあと思う。浅く広い人付き合いというか、ためらいなく色んなやつと関わることができるところというか。咲良もなかなかのものだが、あいつはどっちかっていうと、人が寄ってくる方なんだよなあ……
「で、春都。何見てんの?」
「教科書」
「それは分かるよ。教科書で何見てんのって聞いてんじゃん」
「……飯」
他に言い表しようがなかったのでそう言えば、勇樹はゲラゲラと笑った。
「言い方!」
「あ? 飯は飯だろ」
正直、家庭科は裁縫より料理の方が好きだ。裁縫は……設計図通りにできた試しがない。技術もそうだ。料理は何とか毎日やってるからできるけど、裁縫とか設計はなあ……うちの家族はみんな手先が器用なのに、どうして俺だけ……と思ってしまう。
まあ、あれだ。周りがうまい人ばっかりだから、自分でする必要なかったんだ。だから上達しなかったんだろう。
「そういや今度、調理実習だよな。また一緒に組もうぜ」
人のことを散々笑って満足したのか、勇樹は話題を変えた。こちらはなんだか釈然としないが、蒸し返すのもあれなので話にのっておく。
「ああ、いいぞ」
「じゃー健太も誘わないとなー」
「あっ、じゃあ俺も」
そう言ってやってきたのはクラスの……えっと……山崎か。山崎護。それこそ、前の席に座ってるやつと仲がいいんだ。人畜無害って感じで、人当たりもよくて、女子ともそつなく話しているイメージがある。
「俺、一条と同じ班になってみたいなーって、こないだの調理実習の時思ったんだよねー」
「おー、いいぞいいぞー」
勇樹が軽く了承をする。俺らと宮野の意思は関係ないのか。まあ、俺は別にいいけど。
「ありがとー。あ、雪ちゃんもいいよね」
山崎は、俺の前の席のやつを雪ちゃんと呼んだ。雪ちゃんはじろっと山崎に視線を向ける。いや、どう見ても雪ちゃんって感じじゃないけど。せめてさん付けだろ。
「雪ちゃんって呼ぶなって、何回言えば分かる」
「えー、雪ちゃんは雪ちゃんでしょ」
雪ちゃんはいかにもな感じのヤンキー……というか、ヤンチャな感じの見た目なんだよなあ。何だっけ、名前。ああ、中村雪だ。名前はなんか儚いのに全然儚くないんだこいつ。絶対に俺と交わることのない人種だと勝手に思っていたのだが。
山崎はにこにこ笑いながら言った。
「調理実習の班ってさ基本四人だけど、うちのクラスは五人の班が二つできるじゃん? だから、ちょうどいいよね」
と、指折り数える山崎。まあ、確かにそうではあるが。
「なんで俺も入ることになってるんだよ」
雪ちゃん……もとい、中村が言うと山崎は「えー、じゃあ、雪ちゃんは別?」と首を傾げた。「でも、一緒にやってみたいって言ってたじゃん」と山崎が付け加えると、中村は不機嫌そうに言った。
「入らねえとも言ってねえし」
「もー、めんどくさいなあ、雪ちゃん」
山崎は笑みを絶やさぬまま言った。
「雪ちゃんね、こんなだけどいいやつだから。この見た目はただの趣味だし、人見知りなだけで、いいやつだよ」
「ばっかお前、いらんことを……」
中村は慌てたように山崎を小突くが、山崎は痛くもかゆくもないというようにひらひらと手を振った。なるほど、つまり先ほどの態度は……
「人見知りに起因する威嚇、って感じ?」
勇樹が歯に衣着せぬ物言いで言えば、中村は決まり悪そうにそっぽ向いた。あー、威嚇。分かるわ。威嚇な。それも子犬とかのな。
「そりゃ雪ちゃんだわ、お前」
勇樹に言われ、半ばやけくそ気味に「雪ちゃんって呼ぶな!」と中村は言う。
「いいじゃん、雪ちゃん。かわいくて」
「かわいくねえ!」
「あはは、よかったねー雪ちゃん。友達増えて」
「ばかにしてんだろ、お前ら……」
目力の強いその顔は確かに怖いが、威嚇なんだと考えるとなんというか、怖さが半減するなあ。
人って、ちょっとしたことで印象変わるもんだなあ。
なんだか、宮野が班を組むのをためらいそうなメンバーではあるが……まあ、勇樹が強制的に入れるんだろうなあ。
ちょっとしたことで印象が変わるのは何も人だけではない。食い慣れた飯も、ちょっとの工夫で趣が変わるものである。
「今日、カレー?」
「そう。チーズトッピングする?」
「する」
モッツァレラチーズをトッピングし、レンジでチンする。あー、カレーの色とチーズの色の対比がたまらねえ。
「いただきます」
まずはチーズがないところから。中辛だが、ピリッとした刺激が強い。香辛料の香りもよく、ご飯が進むことこの上ない味だ。やっぱカレーって進むなあ。食べてる途中から、この香りで腹が減ってくるようである。
ニンジンもジャガイモも冷凍らしいが、十分うまい。ジュワッと甘みのあるニンジン、ジャガイモはもっちもちで、食べ応えがある。
さて、お楽しみのチーズも熱々のうちに。
おっほほ、伸びる伸びる。スプーンに巻き付けて……おお、うまい。チーズのおかげで辛味がまろやかになった。もちもち、ぎゅっぎゅっとした食感、とろりとした口当たり、カレーの風味にご飯の甘味。カレーのトッピングにチーズって、やっぱ合うよなあ。
醤油をかけると和風っぽくなって、また味わいが変わっていいものだ。
普段のカレーに一品加えただけだというのに、この変わりようである。やはり、飯というのは奥深いものだなあ。
まあ、そういう考えは後付けで、食ってるときは難しいことは考えず、うまいと思っているだけだが。
時間がたったチーズは歯切れがよくなり、風味をよく感じられる。
うん、うまかった。
「ごちそうさまでした」
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