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日常
第四百三十五話 洋食プレート
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どちらかといえば夏というより秋、という今の季節は、初夏に差し掛かった梅雨時のような風情があるように思う。視聴覚室の外に見える空は薄暗く、室内はなんとなく湿気が多い。
「春都ぉ。聞いてくれぇ」
俺の前の席に座り、振り返って机にうなだれる咲良は、梅雨だろうとなんだろうと、嫌なことがあればいつも湿っぽい。
「なんだ」
「今日さぁ、物理返ってきてぇ」
「もう帰ってきたのか、早いな」
「昨日、試験監督してるときにだいぶ進んだっつって、今日もう配られたー」
採点が早い先生は早いもんなあ。一週間たっても返ってこない先生もいるけど。ま、先生によっていろいろあるんだろうな。
「でさあ、点数が~」
「赤点か」
原稿を見ながら話を促す。テスト明けの活動初日だし、ということで来たのだが、練習しようにもこいつの話が終わらないのでどうしようもない。先生に指導されてとにかく色々書き込んだ原稿用紙はしなしなしている。
「それがな。話せば長くなるんだけど」
「簡潔に」
「ちょっとくらい聞いてくれよ」
練習しなくて大目玉を食らうのはお前だぞ。咲良はうなだれたまま話し始めた。
「赤点じゃないんだけど、赤点でぇ」
「意味わからん」
「簡潔にっつったのは春都だろ」
「簡潔って言うのはい短いって意味だけじゃねえぞ。短くかつ、分かりやすくってことだ」
「じゃあこれで分かって」
「無茶だ」
咲良はため息をつき、とってつけたように原稿を見ると、続けた。
「最初は赤点じゃなかったんだけど、見直ししたら採点ミスあってぇ。ほんとはバツなのに丸になってたから、それでギリ赤点になった」
「うわ、それ嫌なやつ」
咲良は「そうなんだよぉ」と頭を抱えた。
「言わなきゃ赤点免れるんだけど、言った方がよかったんかなあどうかなあって後で悩むのも嫌でさあ。あとから言ってもなんかズルっぽいし、じゃあ言っとくかなあ、って」
「えらいな」
「先生によっては、自分のミスだからって、点数はそのままにしてちゃんと復習しろよって言われるだけなんだけど、俺らの先生違くて」
咲良は再び深いため息をつく。肺活量がすごいなあ。
「ミスはミスだから、っつって、補習対象になった」
なるほど、こいつがへこんでる理由はそこにあったか。赤点なんて取り慣れてる……と言っては失礼だが、今更赤点を取ったところで懲りない咲良である。ここまでしょぼんとするのにはそれなりの理由があったわけだ。
「採点ミスのことは何も言わねーのに、俺のミスだけしつこくとがめてくんの、萎える。もともと先生がミスしなきゃいらん希望は抱かなかったってのに」
「まあでも、素直に言ったのは偉いよ」
「だよな? 俺、偉いよな?」
赤点云々は置いておくとして、点数が下がる採点ミスを素直に申告するのはやるなあ、と思う。赤点を逃れたい咲良ではあるが、こういうところは素直に言いにいくんだなあ。偉いというか、馬鹿正直というか……
「ま、俺は間違ったことしてないし!」
やっとメンタルが立て直ってきたのか、咲良はガッツポーズをした。その拍子に原稿がひらりと落ちたので拾ってやる。……っと、これはこれは。
「なっ、正直者だよな、俺! 偉いよな!」
「んー……」
にやける口元を隠しつつ、原稿に視線を落とす。咲良から……もとい、咲良の背後から感じる圧は、確かに恐ろしいものがあったが、同時に滑稽でもあった。
「なんだよ、その微妙な態度」
「んふふ、いや、なに。お前は本当に正直者だなあと思ってな」
「は? 何だよ急に~」
ヘラヘラと笑いながら咲良は原稿を持って振り返る。と、表情はそのままに動きが止まった。ようやく気付いたか。
「あっ、矢口先生。こんちはーっす」
咲良は焦った様子を見せないようにしながら言うが、何度もシャーペンを取り損ねているあたり、相当動揺しているのが見え見えだ。
「こんにちは」
仁王立ちをしていた先生はにっこり笑うと言った。
「井上はずいぶん余裕があるようだな」
「いやあ、そんなことは……」
「よし、それじゃあ今日は井上からにしよう。準備室においで」
「そんなぁ~!」
先生との一対一の指導は、準備室でやる。順番を決めていることもあれば、こんなふうに先生の気まぐれで順番が変わることにもなる。今日も、順番は一応決まっていたのだがなあ。
咲良は準備室まで連行されていく。大人しい。さっきとは大違いだ。
ホワイトボードに書かれていた順番は、二人が準備室に入ってから静かに書き直されたというのは、言うまでもない。
疲れ果てて帰ってくれば、晩飯がもう準備されていた。ありがたい限りだ。
「いただきます」
今日はハンバーグにエビフライ、クリームコロッケがのった、洋風プレートだ。
キャベツの千切りをドレッシングで食べながら、どういう順番で食べていこうか考える。
最初はハンバーグかなあ。醤油ベースの和風ソース。ふっくらとしたハンバーグに箸を入れ、大きめに切ったら、一口で食べる。食感を楽しめる玉ねぎは甘く、肉は香ばしくうま味たっぷりで、醤油ソースとよく合う。香ばしいなあ。デミグラスも好きだけど、醤油も好きだなあ。
細かくほぐしてご飯にのせるのもよしである。よりうまみを口全体で噛みしめられて、ご飯のほろほろ具合も相まってたまらなくうまい。
エビフライはタルタルソースで。
「あ、これ手作り?」
「そうよー」
母さん手製のタルタルソースは酸味があって、玉ねぎのさわやかさも感じられてうまい。サクッと衣のエビフライによく合う。えびが大ぶりで、ぷりっぷりだなあ。
クリームコロッケはコーンだ。クリームコロッケはいろいろあるけど、コーンが何気に一番好きかもしれない。とろりとしながらも食べ応えのある口当たりのクリームは、コーンの甘味が絶妙で、紛れ込んだコーンの実がはじける食感も好きだ。サクサクととろとろ、本来であれば「半生なのでは?」と身構える食感だが、クリームコロッケに関していえば、最高にうまい食感なのである。
そしてまた、クリームコロッケにタルタルソースが合うのだ。甘くトロッとしたコーンクリームに、酸味とみずみずしさにあふれるタルタルソース。サックサクの衣も相まって、とてもおいしい。
「部活はどうだ?」
父さんに聞かれ、口がいっぱいだったので、頷いて答える。飲み込んでしまって、話した。
「楽しいよ。今日はさ……」
部活をするとのんびり飯が食えない、と思っていた。まあ確かに忙しいし、自分で飯を作ってるとやっぱり面倒だなあと思う日も少なくない。
でも、夕方までがっつり頑張って食う飯も悪くない。
あっ、もしかして皆、こういううまい飯のために部活入ってんのかな?
「ごちそうさまでした」
「春都ぉ。聞いてくれぇ」
俺の前の席に座り、振り返って机にうなだれる咲良は、梅雨だろうとなんだろうと、嫌なことがあればいつも湿っぽい。
「なんだ」
「今日さぁ、物理返ってきてぇ」
「もう帰ってきたのか、早いな」
「昨日、試験監督してるときにだいぶ進んだっつって、今日もう配られたー」
採点が早い先生は早いもんなあ。一週間たっても返ってこない先生もいるけど。ま、先生によっていろいろあるんだろうな。
「でさあ、点数が~」
「赤点か」
原稿を見ながら話を促す。テスト明けの活動初日だし、ということで来たのだが、練習しようにもこいつの話が終わらないのでどうしようもない。先生に指導されてとにかく色々書き込んだ原稿用紙はしなしなしている。
「それがな。話せば長くなるんだけど」
「簡潔に」
「ちょっとくらい聞いてくれよ」
練習しなくて大目玉を食らうのはお前だぞ。咲良はうなだれたまま話し始めた。
「赤点じゃないんだけど、赤点でぇ」
「意味わからん」
「簡潔にっつったのは春都だろ」
「簡潔って言うのはい短いって意味だけじゃねえぞ。短くかつ、分かりやすくってことだ」
「じゃあこれで分かって」
「無茶だ」
咲良はため息をつき、とってつけたように原稿を見ると、続けた。
「最初は赤点じゃなかったんだけど、見直ししたら採点ミスあってぇ。ほんとはバツなのに丸になってたから、それでギリ赤点になった」
「うわ、それ嫌なやつ」
咲良は「そうなんだよぉ」と頭を抱えた。
「言わなきゃ赤点免れるんだけど、言った方がよかったんかなあどうかなあって後で悩むのも嫌でさあ。あとから言ってもなんかズルっぽいし、じゃあ言っとくかなあ、って」
「えらいな」
「先生によっては、自分のミスだからって、点数はそのままにしてちゃんと復習しろよって言われるだけなんだけど、俺らの先生違くて」
咲良は再び深いため息をつく。肺活量がすごいなあ。
「ミスはミスだから、っつって、補習対象になった」
なるほど、こいつがへこんでる理由はそこにあったか。赤点なんて取り慣れてる……と言っては失礼だが、今更赤点を取ったところで懲りない咲良である。ここまでしょぼんとするのにはそれなりの理由があったわけだ。
「採点ミスのことは何も言わねーのに、俺のミスだけしつこくとがめてくんの、萎える。もともと先生がミスしなきゃいらん希望は抱かなかったってのに」
「まあでも、素直に言ったのは偉いよ」
「だよな? 俺、偉いよな?」
赤点云々は置いておくとして、点数が下がる採点ミスを素直に申告するのはやるなあ、と思う。赤点を逃れたい咲良ではあるが、こういうところは素直に言いにいくんだなあ。偉いというか、馬鹿正直というか……
「ま、俺は間違ったことしてないし!」
やっとメンタルが立て直ってきたのか、咲良はガッツポーズをした。その拍子に原稿がひらりと落ちたので拾ってやる。……っと、これはこれは。
「なっ、正直者だよな、俺! 偉いよな!」
「んー……」
にやける口元を隠しつつ、原稿に視線を落とす。咲良から……もとい、咲良の背後から感じる圧は、確かに恐ろしいものがあったが、同時に滑稽でもあった。
「なんだよ、その微妙な態度」
「んふふ、いや、なに。お前は本当に正直者だなあと思ってな」
「は? 何だよ急に~」
ヘラヘラと笑いながら咲良は原稿を持って振り返る。と、表情はそのままに動きが止まった。ようやく気付いたか。
「あっ、矢口先生。こんちはーっす」
咲良は焦った様子を見せないようにしながら言うが、何度もシャーペンを取り損ねているあたり、相当動揺しているのが見え見えだ。
「こんにちは」
仁王立ちをしていた先生はにっこり笑うと言った。
「井上はずいぶん余裕があるようだな」
「いやあ、そんなことは……」
「よし、それじゃあ今日は井上からにしよう。準備室においで」
「そんなぁ~!」
先生との一対一の指導は、準備室でやる。順番を決めていることもあれば、こんなふうに先生の気まぐれで順番が変わることにもなる。今日も、順番は一応決まっていたのだがなあ。
咲良は準備室まで連行されていく。大人しい。さっきとは大違いだ。
ホワイトボードに書かれていた順番は、二人が準備室に入ってから静かに書き直されたというのは、言うまでもない。
疲れ果てて帰ってくれば、晩飯がもう準備されていた。ありがたい限りだ。
「いただきます」
今日はハンバーグにエビフライ、クリームコロッケがのった、洋風プレートだ。
キャベツの千切りをドレッシングで食べながら、どういう順番で食べていこうか考える。
最初はハンバーグかなあ。醤油ベースの和風ソース。ふっくらとしたハンバーグに箸を入れ、大きめに切ったら、一口で食べる。食感を楽しめる玉ねぎは甘く、肉は香ばしくうま味たっぷりで、醤油ソースとよく合う。香ばしいなあ。デミグラスも好きだけど、醤油も好きだなあ。
細かくほぐしてご飯にのせるのもよしである。よりうまみを口全体で噛みしめられて、ご飯のほろほろ具合も相まってたまらなくうまい。
エビフライはタルタルソースで。
「あ、これ手作り?」
「そうよー」
母さん手製のタルタルソースは酸味があって、玉ねぎのさわやかさも感じられてうまい。サクッと衣のエビフライによく合う。えびが大ぶりで、ぷりっぷりだなあ。
クリームコロッケはコーンだ。クリームコロッケはいろいろあるけど、コーンが何気に一番好きかもしれない。とろりとしながらも食べ応えのある口当たりのクリームは、コーンの甘味が絶妙で、紛れ込んだコーンの実がはじける食感も好きだ。サクサクととろとろ、本来であれば「半生なのでは?」と身構える食感だが、クリームコロッケに関していえば、最高にうまい食感なのである。
そしてまた、クリームコロッケにタルタルソースが合うのだ。甘くトロッとしたコーンクリームに、酸味とみずみずしさにあふれるタルタルソース。サックサクの衣も相まって、とてもおいしい。
「部活はどうだ?」
父さんに聞かれ、口がいっぱいだったので、頷いて答える。飲み込んでしまって、話した。
「楽しいよ。今日はさ……」
部活をするとのんびり飯が食えない、と思っていた。まあ確かに忙しいし、自分で飯を作ってるとやっぱり面倒だなあと思う日も少なくない。
でも、夕方までがっつり頑張って食う飯も悪くない。
あっ、もしかして皆、こういううまい飯のために部活入ってんのかな?
「ごちそうさまでした」
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