一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
451 / 846
日常

第四百二十九話 肉ごぼう天うどん

しおりを挟む
 今朝は冷えるな。学ランを出すほどではないが、上着が欲しいくらいの冷え込みだ。台風が秋を連れてきたらしい。
「うめず~」
「わうっ」
 こういう気温になってくると、うめずの体温が愛おしくなる。素直にやってきたうめずを座って後ろから抱きかかえる。ああ、温かい。
 夏の暑さにはほとほと困らされたが、いざ、なくなると寂しいものだな。まあ、まだまだ日差しが強い日もあるみたいだし、油断はできないけど。
 そろそろ、居間のカーペットも冬仕様にするか……悩みどころだなあ。

「冷えるなあ、今日は」
 咲良は言うと、カーディガンの袖を伸ばす。
 今日は上着を羽織ってくる奴らが結構いた。かくいう俺もそうである。休みの内にばあちゃんが秋物を出しておいてくれたので、助かった。
 教室のクーラーも今は止まっている。窓を開け、空気の通り道を作るだけで十分涼しい。廊下の窓も開いていて、学校周辺の生活音まで聞こえてくるようだ。自然の風は心地よく、どことなく香りも変わったように思う。
 咲良は伸びた袖をヒラヒラと動かして見せ、笑った。
「見て、めっちゃ伸びた」
「何やってんだ」
「着心地よくて、ずっと着続けてきたらこうなった」
 物持ちがいいのか何なのか、よく分からない。だがそれでもだらしなく見えないのは何だろうか。ゆるい格好がよく似合うやつだ。
「春都のカーディガンはきれいだな」
「まあ……うん」
 衣替えはいつもばあちゃんがやってくれるから、きれいなんだよなあ。毛玉も取ってくれるし、きれいにたたんでくれるし、ありがたい限りである。
 咲良は悪びれる様子もなく、無邪気に笑って言ったものだ。
「春都が俺のカーディガン着たら、子どもっぽくなりそうだな。童顔だし」
 褒められてんだか貶されてんだか分らんが、明確な悪意がないくせになんとなくイラッとしたので「うるせえ」と、びれびれしたカーディガンの袖を思いっきり下に引っ張る。
「ぎゃー、やめろー」
「今更伸びたところで誤差だ、誤差」
「暴論だぁ。きゃー、誰かぁ~」
 わざとらしい上に棒読みな悲鳴だ。するとそれを聞きつけて、のんびりとあきれ顔でこちらにやってくる奴がいた。朝比奈だ。
「何やってんだ、朝から」
「おー、朝比奈ぁ。おはよー」
「おはよう」
「おはよう……」
 寒いのが嫌いな朝比奈はやはり、カーディガンを着てきている。
 引っ張っていた咲良のカーディガンから手を放す。でろんでろんに伸びてしまって、咲良は、いつものゆるい笑みを浮かべて「うわあ」と小さくつぶやいた。
 器用にくるくるっと袖を回し、手だか腕だかに袖を巻き付けると、何事もなかったかのように咲良は話し出した。
「一気に冷えたなあ。朝比奈、ちゃんと朝は起きれたか?」
 朝比奈はそんな咲良を呆れたように見つめていたが、小さく息をつくと、いつもの無表情に戻って言った。
「ちゃんと起きたから、今、学校に来てる」
「それもそっか」
「あ~、寒かった!」
 そう言いながら駆け足でやってきたのは百瀬だ。
「おはよ~、あ~、寒かった!」
「お前がそんなに寒がるとか、珍しいな。百瀬」
 咲良が聞けば、その咲良の伸び切って腕に巻き付いた袖を解きながら百瀬は言った。
「自転車だとさあ、風が」
「あー、自転車な」
 咲良もされるがままだ。俺と朝比奈は、その様子を黙って見つめるほかない。
 百瀬はほどき終わった袖に自分の手を入れた。なるほど、それで暖を取るのか。
「冷えてんなあ、百瀬」
「あ~、温かい……」
 実に滑稽な見た目である。百瀬は咲良から熱を奪い取ると、すっかり満足したようであった。一方の咲良は心なしかしゅんとしている。
「なんか芯から冷えた気がする……」
「そうか」
「春都であったまろ」
 と、今度は咲良が俺のカーディガンに手を入れようとしてきた。しかも背中。一瞬あたった手はとても冷たくて、思わず逃げる。
「なんだよ~逃げんなよ~」
「寒いわ」
 結局、咲良から逃れるために動き回っていたらすっかり体が温まってしまったのだった。

 しかし、今日は昼間も冷え込みが続いたので、温まった体もまた冷えてしまう。
「おっ、今日はごぼう天があるぞ」
 食堂のカウンターに並ぶ軽食類を見て咲良が嬉しそうに言った。最近は、食堂のメニューも少しずつ充実してきていて、うどんのトッピングになりそうなものも増えたものだ。
 それじゃ、今日は寒いことだし、大盛りの肉うどん頼んで、ごぼう天トッピングすっか。
 これでワンコイン切るし、すぐ出るし、お得だよなあ。
「いただきます」
 まずは出汁をひとすすり。温かなうま味が口いっぱいに広がり、のどをゆっくりと通って胃に収まる。
「はぁ~」
 咲良も同じものを頼んでいて、しみじみとつぶやいた。
「染みるなあ……」
「うまい」
 肉の脂が溶けだした出汁はうま味倍増だ。
 麺は程よくもちもちで、程よくふやふやだ。噛み応えのあまりない麺は、出汁の風味も相まっておいしい。この麺がいいんだよ。コシのあるうどんも嫌いじゃないが、俺はやっぱり、このやわらか麺が好きだ。
 肉は甘辛く炊かれていて、一味のピリッとしたアクセントがいい。ギュッギュッと噛めば、牛肉のうま味と甘辛い味付けが染み出してきてたまらない。
 ごぼうは少し厚めだろうか。風味よく、サクサクで、この食感がいい。汁に浸すと少し柔らかくなるのもまたいい。たっぷりと出汁を含んでトロトロになった衣は、それにしかないうま味をたたえているのだ。
 そして出汁は、食べ進めていくうちによりうまくなっていくのだ。
 肉の脂だけでなく、ごぼうの風味に天ぷらの香り、うどんの気配、一味のピリ辛。すべてが相まった出汁は、うま味の塊ともいうべき味わいをしている。
 そりゃ、最後まで飲み干すよなあ。
 寒いし、腹減ってたし、余計にうまかった。
 冷え込んでくるのは少ししんどいけど、こういう、温かい飯をより一層楽しめる日々がやってくるのだ。
 そう考えると、幾分か心が軽くなった。
 さあ、今年はどれだけ、楽しめるかなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

蛍地獄奇譚

玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。 蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。 *表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。 著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...