一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百二十二話 アップルパイ

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 ピンポーン、と、軽快な音が鳴り、インターホンが来客を告げる。
「はいはいっと」
 誰が来たのかとインターホンの画面を見れば、田中さんと山下さんが映っていた。
『こんにちはーっ』
「あっ、はーい」
『山下でーす』
『田中です』
「今開けます」
 玄関先にいた田中さんは、大きな箱を抱えていた。山下さんはにこやかに手を振る。
「こんにちは」
「今年もリンゴが届いたんだー。よかったら食べて」
「えっ、そんなに大量にいいんですか」
「三箱も届いたからねえ、よかったら食べて」
 田中さんは箱を抱えなおして言った。
「どこに置こうか」
「ああ、こっちにどうぞ」
 三箱かあ……箱の中にはみっちりとリンゴが入っているし、確かに、消費するには苦労しそうだ。決して長持ちするものでもないからなあ。
 一応、玄関先に置いてもらうことにした。
「俺も一箱貰ったからな。荷物持ちで使われてるよ」
「そういうことでしたか」
「毎年貰っててな、これからしばらくはリンゴ生活が続く」
「リンゴ生活」
 田中さんはふっと困ったように笑った。
「姉さんが料理やお菓子を作るのが好きでな、リンゴが来ると、これでもかと毎日のようにリンゴを使った料理を作るんだ」
 へえ、田中さん、お姉さんがいるんだ。すると山下さんが言った。
「うちの二番目の姉さんと同い年でなあ、まあ、よくこき使われてたよ」
「今でも都合よく使われてるけどな」
「なー」
 きょうだいがいるというのは、やはり、色々大変なのだろうか。うちは俺や両親を含めきょうだいがいないので、よく分からない。
「でさでさぁ」
 山下さんはうきうきした様子で聞いてくる。
「今回は何作んの? 前作ってくれた丸焼きのリンゴ、うまかったからさぁ。何作んのか楽しみで……」
 そこまで言ったところで山下さんは、はっと真剣な表情になった。
「別に催促してるわけじゃなくてね? なんか作ってもらおうとか企んでるわけでもなくてな?」
「別にいいですよ、企んでもらってても」
 そういう、俺に何とかできることを企んでもらうのは別に構わない。あまりにも慌てて取り繕う山下さんがおかしくて少し笑ってしまった。
「お二人とも、お腹は空いていますか? 作ってみようと思っているものがあるんですが、一人では食べきれないので」
 そう提案すれば、山下さんはぱあっと表情を明るくした。年下の俺から思われるのは嫌だろうが、なんだか子どもみたいだ。後ろで呆れる田中さんは保護者か、それとも兄か。
「この間、海に連れて行ってもらったお礼もできてませんし、よかったらどうぞ」
「じゃ、遠慮なくお邪魔します!」
「すまないな、押しかけるように」
「いえ、大丈夫です」
 田中さんは、リンゴの箱を台所まで持って来てくれた。ありがたい。
 さて、それじゃあ、二人がうめずの相手をしてくれている間に調理開始だ。
 作るのはアップルパイだが、いつものとは少々違う。母さんから新たに教わった、ちょっと簡易的なアップルパイだ。
 まずは冷凍パイシートを出す。全部で二枚あり、一枚を半分に切ったらクッキングシートを引いた鉄板に並べていく。オーブンは予熱しておかないとな。
 そして、ここで登場、リンゴ。
 しっかり洗ったら四等分にし、薄く切って、パイシートの上にのせる。できるだけきれいにまっすぐのせたいが、たっぷりのせたい欲も相まって結局、あんまきれいじゃなくなる。ま、うまけりゃよし、ということで。
 パイシートの縁を少し折り曲げたら、スティックシュガーをリンゴにかけていく。パイ一つにつき一本くらいでいいだろうか。
 予熱も終わったみたいだ。あとはこれを焼けば完成である。
 うめずのためにもリンゴを切り分けよう。うめずは何でも食べるからなあ。そういえばアンデスはどうしているだろうか。気候のいいときに出かけられるといいな。
 このお菓子には紅茶というより緑茶が合いそうだ。茶葉を急須に入れお湯を注いだら、来客用のコップと、自分用のコップに、味が偏らないように注ぎ入れる。
「あー、バターのいいにおいがするなあ。幸せの匂いだ」
 山下さんが心底嬉しそうに言った。バターの匂いは幸せの匂い、か。なるほど、いい言葉だ。
「もうすぐ焼きあがると思います」
「楽しみだなあ。な、うめず」
「わうっ」
「何か手伝うことはあるか?」
 相変わらず田中さんは気を使う人である。
「大丈夫です。ゆっくりしていてください」
 お、そろそろよさそうだ。
 やけどしないように鉄板を取り出す。うん、いい色だ。
 あとは皿に移したら、よし、完成。アイスを添えてもいいが、今日はないのでこのまま食べよう。
「どうぞ」
「わ、おいしそー」
 では、さっそく。
「いただきます」
 パイ生地がサクパリっと香ばしく焼けている。バターの薫り高い風味とうま味、ジュワッと染み出す熱さ、これこれ、この層を食べたかった。
 リンゴはあっつあつだ。砂糖やシナモンで煮ていない分、リンゴそのもののおいしさが分かるというものである。さっぱりとした口当たりなのがまたいい。砂糖も一本でちょうどよかった。リンゴそのもののおいしさが強いので、それを損なわず、うまく引き立てる量だった。
「おいしいな、これ!」
「うん、甘いものはあまり食べないが……これはうまいなあ」
 二人にも気に入ってもらえたようで何よりだ。
 緑茶をズズッとすする。はあ、落ち着くなあ。うめずもうまそうにリンゴを食っている。
 また作ろう。今度は、アイスを添えて。残った一個は……明日の朝にでも食べようかなあ。

「ごちそうさまでした」
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