442 / 843
日常
番外編 井上咲良のつまみ食い③
しおりを挟む
飲み物を買った帰り、廊下で春都と早瀬を見かけた。何やら困った様子の春都に、苦笑を浮かべる早瀬。何だ何だ、面白そうだな。
「なに、どしたのこんな暑いところで」
「咲良。それがだな……」
なんでも、調理部で先生をしてほしいとの打診があったらしい。ははぁ、そりゃ困るわけだ。春都、何があってもやりたくなさそうだ。実際、春都は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。早瀬からの頼みである以上、無下にもできないが、できればやりたくない、といったところか。
「春都が先生かあ。想像つくような、つかないような……」
「人前で教えるとか、そんなん向いてないって」
渋る春都に、早瀬も申し訳なさそうな表情を向けていた。どうなるんかなと会話を見守っていたら、春都がこちらに視線をよこす。
「ん?」
「咲良が一緒なら、考えなくもないけど」
と、春都は言った。
「えっ、俺?」
戸惑っているのは俺ばかりで、早瀬も「名案だ」といわんばかりの表情で指を鳴らす。
「なるほど。助手付きな!」
ちくしょう、様になってんなこいつ。
「こいつがいたら、説明はこいつに任せて、俺は技術指導に徹する」
「おー、それいいな。姉ちゃんもどっちかっていうと、レシピとかより技術を教えてほしいみたいだったし」
はぁー、なるほどなあ、それなら春都もあんまりしゃべらなくていいからいいってわけかあ。って、いやいや。
「え? 俺が教えるの? 春都じゃなくて?」
どちらともなく聞けば、春都がまっすぐこちらを見て言ったものだ。
「お前、口は達者だろ。俺より適任だ」
「えぇ~? そうかなあ~?」
あまりはっきりとそういうことを言わない春都に言われると、純粋な誉め言葉じゃないかもしれないけど、まあ、悪い気はしないな。
「そういうのってありなの?」
「姉ちゃんに聞いてみないと分かんねーとこもあるけど……結構自由らしいし、良いと思う!」
「じゃ、助手として同行させていただきますか」
やるからには、ちゃんと気合入れないとな。
「何を作る予定なんだ?」
「からあげ定食だって! それが昼飯になるらしいから、俺も食いにくるぜ!」
「よかったな、春都」
「何がだよ」
「だって、大好物じゃん。気合入るよね~」
そう言えば春都から思いっきり背中を叩かれた。あんま痛くはなかった。
当日は思いのほか順調……いや、てんやわんやだった。
「あーほら、橘。よそ見したら危ないぞ」
「はっ、すみません」
春都の手さばきに見とれるのもまあ分かるけど。料理してるときは自分の手元に集中してほしいものである。向こうの班は勝手に味付け変えてるし。ああいうやつらに限って、出来上がりが違うって文句言うんだよなあ。それか、俺たちの方がうまい、とか。
創意工夫は大事だろうけど、時を考えろ、時を。
「なー、春都。そっちなんか手ぇいる?」
一通り班を見て回って、前にいる春都の元へ戻る。春都は料理に対する疲労とはまた別の意味で疲れているようだった。
「おぉ……この辺、片づけてくれるか。あと揚げるだけだし、俺、見て回ってくる」
「任せとけ。これも、助手の役目だ」
教えること優先で作業を進めていたので、調理器具が山積みだ。春都は水分補給をすると、ぐっと体を伸ばす。
「はぁ~……やっぱ、慣れないことはするもんじゃないなあ」
「にしては頑張ってんじゃん? あ、俺は春都が作ったからあげ食えんの?」
「ああ、そういうことになるだろうな」
「そっかあ、楽しみだなあ」
言えば春都は、少しだけ笑って、調理部の面々に教えに行った。
そして、戻ってくる頃にはすっかりやつれていた。
「ありゃ。大丈夫?」
「……こっちも揚げないとな」
答えにならない返事をして、春都は疲労感の中でも手際よくからあげを揚げていた。家でもこんな感じなんかなあ。今は両親が戻って来てるみたいだけど、普段は、自分で作ってるんだもんな。
俺にはできないなあ。
「なあ、春都」
「んー?」
「俺にもやらせてよ、それ」
言えば春都は驚いたような、半分めんどくさそうな表情をした。めんどくさそうな部分は見なかったことにして笑う。
「俺も、料理できるようになりたい」
「……分かったよ」
嘆息した春都は、苦笑して菜箸を手渡してきた。
さあ、がんばるぞー。
ちょっとやけどはしたけど、無事、出来上がった。さっそく、実食だ。
「いただきます」
限界を迎えたらしい春都と一緒に、準備室兼教官室みたいなところで食べる。顧問の先生が気を利かせてくれたのだ。ちょうどできあがったタイミングで早瀬も来た。
「ん、うまいなー!」
サックサクに揚がった衣、ジュワッとあふれる肉汁。味付けはがっつりにんにく醤油で食べ応えがある。
「あ、早瀬早瀬。これ、俺が揚げたんだ」
「へー、そうなん。ちゃんとうまいじゃん」
「なー?」
黙々と箸を進める春都にも聞いてみる。
「ど、春都。合格?」
「ん? ああ……いいんじゃないか。ちゃんと食べられる」
「なんだその言い方ぁ」
「合格だ、合格」
そう言って春都は少し笑って、からあげをほおばった。
顧問の先生も奥の席で、にこにこしながら食べている。うちの学校でも年齢的に結構上の先生だが、よく食べる。
「今度家で作ってみようかなー、作れっかな?」
ふと呟けば、春都が小さく頷いたのが見えた。
「作れる?」
「何でも、やってみないと上達しない」
何でもないように呟かれたその言葉だが、なんだかとても大事なことを言っているように思えた。
自分の経験から来る言葉か、はたまた今日、教える先々で揚げさせられたから出た言葉か。
どっちかは分かんないけど、まあ、あれだ。揚げたてのからあげ、うまい。
「ごちそうさまでした」
「なに、どしたのこんな暑いところで」
「咲良。それがだな……」
なんでも、調理部で先生をしてほしいとの打診があったらしい。ははぁ、そりゃ困るわけだ。春都、何があってもやりたくなさそうだ。実際、春都は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。早瀬からの頼みである以上、無下にもできないが、できればやりたくない、といったところか。
「春都が先生かあ。想像つくような、つかないような……」
「人前で教えるとか、そんなん向いてないって」
渋る春都に、早瀬も申し訳なさそうな表情を向けていた。どうなるんかなと会話を見守っていたら、春都がこちらに視線をよこす。
「ん?」
「咲良が一緒なら、考えなくもないけど」
と、春都は言った。
「えっ、俺?」
戸惑っているのは俺ばかりで、早瀬も「名案だ」といわんばかりの表情で指を鳴らす。
「なるほど。助手付きな!」
ちくしょう、様になってんなこいつ。
「こいつがいたら、説明はこいつに任せて、俺は技術指導に徹する」
「おー、それいいな。姉ちゃんもどっちかっていうと、レシピとかより技術を教えてほしいみたいだったし」
はぁー、なるほどなあ、それなら春都もあんまりしゃべらなくていいからいいってわけかあ。って、いやいや。
「え? 俺が教えるの? 春都じゃなくて?」
どちらともなく聞けば、春都がまっすぐこちらを見て言ったものだ。
「お前、口は達者だろ。俺より適任だ」
「えぇ~? そうかなあ~?」
あまりはっきりとそういうことを言わない春都に言われると、純粋な誉め言葉じゃないかもしれないけど、まあ、悪い気はしないな。
「そういうのってありなの?」
「姉ちゃんに聞いてみないと分かんねーとこもあるけど……結構自由らしいし、良いと思う!」
「じゃ、助手として同行させていただきますか」
やるからには、ちゃんと気合入れないとな。
「何を作る予定なんだ?」
「からあげ定食だって! それが昼飯になるらしいから、俺も食いにくるぜ!」
「よかったな、春都」
「何がだよ」
「だって、大好物じゃん。気合入るよね~」
そう言えば春都から思いっきり背中を叩かれた。あんま痛くはなかった。
当日は思いのほか順調……いや、てんやわんやだった。
「あーほら、橘。よそ見したら危ないぞ」
「はっ、すみません」
春都の手さばきに見とれるのもまあ分かるけど。料理してるときは自分の手元に集中してほしいものである。向こうの班は勝手に味付け変えてるし。ああいうやつらに限って、出来上がりが違うって文句言うんだよなあ。それか、俺たちの方がうまい、とか。
創意工夫は大事だろうけど、時を考えろ、時を。
「なー、春都。そっちなんか手ぇいる?」
一通り班を見て回って、前にいる春都の元へ戻る。春都は料理に対する疲労とはまた別の意味で疲れているようだった。
「おぉ……この辺、片づけてくれるか。あと揚げるだけだし、俺、見て回ってくる」
「任せとけ。これも、助手の役目だ」
教えること優先で作業を進めていたので、調理器具が山積みだ。春都は水分補給をすると、ぐっと体を伸ばす。
「はぁ~……やっぱ、慣れないことはするもんじゃないなあ」
「にしては頑張ってんじゃん? あ、俺は春都が作ったからあげ食えんの?」
「ああ、そういうことになるだろうな」
「そっかあ、楽しみだなあ」
言えば春都は、少しだけ笑って、調理部の面々に教えに行った。
そして、戻ってくる頃にはすっかりやつれていた。
「ありゃ。大丈夫?」
「……こっちも揚げないとな」
答えにならない返事をして、春都は疲労感の中でも手際よくからあげを揚げていた。家でもこんな感じなんかなあ。今は両親が戻って来てるみたいだけど、普段は、自分で作ってるんだもんな。
俺にはできないなあ。
「なあ、春都」
「んー?」
「俺にもやらせてよ、それ」
言えば春都は驚いたような、半分めんどくさそうな表情をした。めんどくさそうな部分は見なかったことにして笑う。
「俺も、料理できるようになりたい」
「……分かったよ」
嘆息した春都は、苦笑して菜箸を手渡してきた。
さあ、がんばるぞー。
ちょっとやけどはしたけど、無事、出来上がった。さっそく、実食だ。
「いただきます」
限界を迎えたらしい春都と一緒に、準備室兼教官室みたいなところで食べる。顧問の先生が気を利かせてくれたのだ。ちょうどできあがったタイミングで早瀬も来た。
「ん、うまいなー!」
サックサクに揚がった衣、ジュワッとあふれる肉汁。味付けはがっつりにんにく醤油で食べ応えがある。
「あ、早瀬早瀬。これ、俺が揚げたんだ」
「へー、そうなん。ちゃんとうまいじゃん」
「なー?」
黙々と箸を進める春都にも聞いてみる。
「ど、春都。合格?」
「ん? ああ……いいんじゃないか。ちゃんと食べられる」
「なんだその言い方ぁ」
「合格だ、合格」
そう言って春都は少し笑って、からあげをほおばった。
顧問の先生も奥の席で、にこにこしながら食べている。うちの学校でも年齢的に結構上の先生だが、よく食べる。
「今度家で作ってみようかなー、作れっかな?」
ふと呟けば、春都が小さく頷いたのが見えた。
「作れる?」
「何でも、やってみないと上達しない」
何でもないように呟かれたその言葉だが、なんだかとても大事なことを言っているように思えた。
自分の経験から来る言葉か、はたまた今日、教える先々で揚げさせられたから出た言葉か。
どっちかは分かんないけど、まあ、あれだ。揚げたてのからあげ、うまい。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日
*『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11,11/15,11/19
*『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12
*『いつもあなたの幸せを。』
9/14
*『伝統行事』
8/24
*『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
*『日常のひとこま』は公開終了しました。
7月31日
*『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18
*『ある時代の出来事』
6/8
*女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。
*光と影 全1頁。
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和6年1/7
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる