一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
440 / 855
日常

第四百十九話 卵丼

しおりを挟む
 卵は気づいたらなくなっていることが多いが、だからこそ買い込みすぎてどうしようという現象にも陥りやすい。
 今、冷蔵庫には卵が三パックある。二つは自分が買ってきたやつで、もう一つはばあちゃんが持って来てくれたやつだ、実にありがたい。こんなことなら二パック買わなきゃよかった。だって、安かったんだよ。
「ゆで卵にするか」
 しかしそれも長持ちはしない。まあ、卵焼き作れば一気に減るが、毎日作るのもなあ……
 どうしよっかなあ……あ、いかん。学校行かないと。

 図書館のカウンターで暇を持て余す。料理本をあてにしていたのだが、あいにく貸し出し中だった。食欲の秋特集で目立つところに置いてあったからだろうか。
 ふと見れば、忘れられた鉛筆たちの中に、新入りが増えている。これは、紐か?
 輪になるように結ばれた紐で、あやとりにちょうどよさそうな長さである。真っ赤な色であるのには何か意味があるのだろうか。
 あやとりなんて久しくしていない……というわけでもなく、輪の形になっている紐や伸び切ったゴムを見つけると、つい、いじってしまうので久しぶりという感覚はない。でもこうやって、いかにもあやとりって感じの紐を使うことはなかなかないなあ。
 両手の親指と小指に引っかけ、中指で向かいの紐をとって……どうすんだっけ。親指の紐を外して小指のとこの紐を下から親指でとって、小指のひもを外して、今度は上から親指のとこの紐を小指でとって、それからこうして、ああして……
「最後にこうして……っと」
 できた。橋。
 ほどくときは真ん中の両端から引っ張らないと絡まってしまう。
 次は片手の綾指と人差し指に引っかけて、二回、紐を下に引っ張って、反対の親指と小指を……そんで、よし、これはほうき。
「何をやっているんだ、一条君」
「あっ、漆原先生。あやとりですよ。できます?」
「あやとりなあ」
 漆原先生は詰所から出てきてカウンターに着くと、俺の手元を見て笑った。
「器用だな」
「嫌いじゃないんですよ、あやとり」
 今度は親指と人差し指に引っかけて……よし。
「はい、先生。とってください」
 これは確かばあちゃんが、川、と言っていた気がする。これは複数人で遊ぶ時に使うんだとか。こっから先は、人によってとり方が変わってくるので面白い。
「あ、分かります?」
「やったなあ、これ。さて、どうやってとるか……」
「おっ、そうやってとるんですね」
「さあどうだー」
 これは結構難しい。一回失敗すると途端にやる気がなくなる遊びなんだ。気楽なようでいて、その実、真剣な遊びなのである。
「さー、これはどうだ」
 しかし、さっきから先生は妙に複雑な形にしてくるな。
「先生、こういうのどこで覚えてくるんです」
「ははは」
「笑ってごまかさないでくださいよ」
 こうなったらこっちも変わったとり方をしてやろうじゃないか。まあ、やったことないけど。たぶんこうやればうまくいく……
「あっ」
 しまった。この形になるともう強制終了だ。どうやっても絡まる。
「俺の勝ちだな?」
 先生がにやりと笑う。
「これって、勝ち負けあるんです?」
「あるんじゃないか? よく知らんが」
 まあいいや。俺の負けで。
 紐は元あった場所に戻して、背もたれに寄りかかる。
「先生、卵料理のレパートリーってなんかあります?」
「卵? そうだなあ、卵焼き、目玉焼き、出汁巻き……」
 あ、そういや茶碗蒸しも卵使うな。でも帰ってから作るのはちょっとしんどい。ぼんやりしながら聞いていたら、先生が何かを思い出したように言った。
「卵丼はどうだ?」
「卵丼?」
「天津飯の具無し、って感じかな」
 天津飯の具無し。なんかさみしい響きだな。
「その時あるもので合いそうな具をを入れてもいい。俺なんか何もなしで作ることも多いな。ふわふわに焼いた卵をご飯にのっけてな、白だしベースの餡をそれをかけるだけだ」
 ふうん、なるほどなあ。
 それだったら作れそうだな。よし、やってみるか。

 えーっと、まずはご飯をよそっておく。餡をかけるから、広めの皿にしよう。
 そしたら卵の準備だ。先生は二つで作っているらしいが、このご飯の量なら、四つでいいな。水と片栗粉、塩を入れてよく混ぜる。片栗粉がだまにならないようにしないと。脂をひいて熱したフライパンに流し込み、かたまった端から中央に寄せていけばいいらしい。
 おお、ふわふわだ。
 これをご飯にのせて、後は餡だな。白だしに水、少しだけごま油を垂らして、最後にとろみをつける。
 冷蔵庫にチャーシューがあったのでそれを添えて、餡をかければ完成だ。
「いただきます」
 これはスプーンで食べたいな。
 おおお、今までにないほどにフワッフワ。さて、味はどうだろう。
 ジュワッと広がる白だしのうま味、鼻に抜けるほのかな香ばしさ、とろんとした餡がふわふわとろとろの卵と絡んで、飲むように食べられる。ご飯にも味がよくなじんで……ああ、体も温まる。
 チャーシューがいい味だ。脂身の甘さ、肉の食感と味、甘辛い味付けが、さっぱりとした卵によく合う。
 それにこの具無し天津飯……もとい、卵丼、結構がっつり腹にたまる。餡のおかげだろうか。
 これはアレンジもし放題。工夫のし甲斐がありそうだ。今度は何を具にしようかなあ。ご飯をチャーハンにしてもいいかもしれない。
 卵をくれたばあちゃんと、レシピをくれた先生に、感謝しないとなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...