439 / 855
日常
第四百十八話 目玉焼きご飯
しおりを挟む 図書館のカウンター当番でもないし、暇な昼休みだな。ざわめく教室で話しかけるような相手もおらず、かといって話しかけてくるような奴もいないので、頬杖をつきぼんやりとするばかりだ。
いつもはたいてい、咲良がずっと喋ってるからその相槌を打つのに忙しいが、その咲良は体育があるからと早々に行ってしまった。今やってるのはバレーボールだったか。五時間目の体育の授業の時は、自分たちで準備をしないといけないらしい。
バレーボールは、試合に出なくていいなら好きだ。見る分にはいいのだが、自分がやるとなると憂鬱である。アニメとか漫画とか見てると、出来たら楽しそうだなあとは思うが……
そもそも集団でやる競技が嫌なんだよなあ。運動できないと足引っ張るし、それでいろいろ言われるし。中学の頃のクラスマッチがバレーボールで、散々な言われ様だったのを思い出す。ま、たかだか校内のクラスマッチで優勝したところで何もないのだが。せいぜい、数日賞賛されるだけだ。
だからバレーボール嫌いだったんだけど、漫画読んで好きになったんだ。平気なものが増えるのは、楽だ。
「なー、春都。暇」
ゆらゆらと力ない様子でやってきたのは勇樹だ。近くの席に座り、だらりと机にうなだれる。
こいつとも、バレーボールが無きゃ話してないようなもんだよなあ。
「なんで」
「席替えでさあ、健太とも春都とも離れたじゃん。話し相手がいねーの」
「お前、たいていのやつと話せるだろ」
そう言えば、勇樹は「よいしょ」と体勢を立て直して言った。
「話せるけど、なんか違うじゃん。遠慮なく物が言える相手と、そうじゃないっていうか?」
「多少は遠慮していただきたいものだが」
「それ健太にも言われた。遠慮はしてないけど、気は使ってるよ」
「そうかぁ?」
勇樹はにこにこ笑って言ったものだ。
「なんか面白い話してよ」
「また無茶振りな……」
唐突に面白い話をしろというのは、「なんか方言話してみてよ!」と言われる時並みの無茶振りのように思える。いや、それ以上か。
「面白いかどうかは分かんねえけど……」
今話せることと言ったら、これくらいだろうか。
「俺、放送部入った」
「えっ? お前が?」
おや、どうやら当たりのようである。勇樹は嬉々として身を乗り出し、話を促してきた。
「なになに、なんで? どういう経緯で? あれ、こないだの体育祭で放送してたっけ?」
「いっぺんに聞くな」
教室には人がたくさんいるが、こちらに注意を向ける者は皆無だ。皆それぞれに会話をしていて、ときたま聞こえる授業の話に少し気を取られながら話を続ける。
「荷物持ち要員で入ったんだよ。こないだはほぼ裏方に徹してた」
「へーっ、じゃあ放送とかはしないんだ?」
勇樹の言葉に、思わず押し黙る。そして我ながら盛大だなあと思うため息をついた。
「そのつもりだったんだが……先生がな、大会に出てみろって言うから」
「出るんだ?」
「勝手にエントリーされた」
勇樹はケラケラと面白そうに笑った。
「放送部の顧問って、矢口先生だったよな? あー、あの先生ならやるだろうなあ!」
ひとしきり笑った後、勇樹は笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら息を整えた。笑い過ぎだ。何がそんなにおかしい。
「練習してんの?」
「毎日じゃないけどな」
「それでいいのか?」
「もともと荷物持ちとして入れられたわけだし、無理はしなくていいっていわれてる」
それに、俺がほぼ一人で生活しているということもなんとなく知っているらしく、矢口先生はありがたくも「生活優先」と言ってくれたのだ。そもそも、矢口先生は少々無茶なところはあるが、本当に無理なことはさせないし、体調や事情を優先してくれる。
はたから見るとめちゃくちゃ怖くて厳しい先生だと思いがちだが、やはり、人とは関わってみないと分からないものである。
「いい先生じゃん」
「そう。まあ、その分、一回の指導の熱がすげえんだけどな。密度がすげえ」
「成績残させるつもりなんだろ。頑張れよー」
「運動じゃないだけいいけどな」
一口に放送といっても、気を付けないといけないことはたくさんある。発声とか、活舌とか、速度とか、声のトーンとか。
大変だけど、運動を強制されるよりずっといい。何より個人でやることだしな。
「ほんと春都、運動嫌いだな」
勇樹のその言葉は、厳密にいえば違う。運動が嫌いなのではなく、強制されることと、集団でやる競技で足を引っ張って嫌な気分になるのが嫌いなのだ。
でもそれを説明するのも面倒なので、
「まあ、そうだな」
とだけ言っておいた。
いずれ話せればいいだろう。ま、話さなくても支障はないがな。
簡単でありながらなぜか中毒性の高い食事というものがある。人によってそういう食事はそれぞれ違うだろうが、俺には、定期的にブームが訪れる食事がある。
フライパンに油を引き、卵を二つ割る。赤い殻の卵で、目玉焼きにするとうまい卵だ。両面焼きの半熟にするのがポイントだ。
器に盛ったご飯の上には千切りキャベツをのせている。その上に目玉焼きをのせたら完成だ。
目玉焼きご飯。これがうまいんだなあ。付け合わせは日によって違うが、今日は漬物とウインナーを焼いたものだ。
「いただきます」
卵を割る瞬間はいつも緊張する。割けた白身からあふれ出す金色の卵黄、いい感じに半熟だ。これに醤油をかけて、しっかりかき混ぜて食べる。スプーンで食うのがいいな。
ホカホカご飯に焼けた白身の風味、カリッとしたところとプリッとしたところが両方あるのがいい。キャベツはみずみずしく、程よく爽やかで、醤油としっかり混ざった卵黄はコク深く、臭みがなく、まったりとしていておいしい。
そんな黄身にウインナーをつけて食べるのがうまいんだなあ。パリッと香ばしい皮にプリプリの中身、醤油によって香ばしさが加えられ、卵のおかげで味わい深さが増す。
漬物を混ぜると食感のアクセントになる。今日はつぼ漬けだ。かつお節の風味がよく、うま味が倍増する。
ああ、うまいな、目玉焼きご飯。
またしばらく、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
いつもはたいてい、咲良がずっと喋ってるからその相槌を打つのに忙しいが、その咲良は体育があるからと早々に行ってしまった。今やってるのはバレーボールだったか。五時間目の体育の授業の時は、自分たちで準備をしないといけないらしい。
バレーボールは、試合に出なくていいなら好きだ。見る分にはいいのだが、自分がやるとなると憂鬱である。アニメとか漫画とか見てると、出来たら楽しそうだなあとは思うが……
そもそも集団でやる競技が嫌なんだよなあ。運動できないと足引っ張るし、それでいろいろ言われるし。中学の頃のクラスマッチがバレーボールで、散々な言われ様だったのを思い出す。ま、たかだか校内のクラスマッチで優勝したところで何もないのだが。せいぜい、数日賞賛されるだけだ。
だからバレーボール嫌いだったんだけど、漫画読んで好きになったんだ。平気なものが増えるのは、楽だ。
「なー、春都。暇」
ゆらゆらと力ない様子でやってきたのは勇樹だ。近くの席に座り、だらりと机にうなだれる。
こいつとも、バレーボールが無きゃ話してないようなもんだよなあ。
「なんで」
「席替えでさあ、健太とも春都とも離れたじゃん。話し相手がいねーの」
「お前、たいていのやつと話せるだろ」
そう言えば、勇樹は「よいしょ」と体勢を立て直して言った。
「話せるけど、なんか違うじゃん。遠慮なく物が言える相手と、そうじゃないっていうか?」
「多少は遠慮していただきたいものだが」
「それ健太にも言われた。遠慮はしてないけど、気は使ってるよ」
「そうかぁ?」
勇樹はにこにこ笑って言ったものだ。
「なんか面白い話してよ」
「また無茶振りな……」
唐突に面白い話をしろというのは、「なんか方言話してみてよ!」と言われる時並みの無茶振りのように思える。いや、それ以上か。
「面白いかどうかは分かんねえけど……」
今話せることと言ったら、これくらいだろうか。
「俺、放送部入った」
「えっ? お前が?」
おや、どうやら当たりのようである。勇樹は嬉々として身を乗り出し、話を促してきた。
「なになに、なんで? どういう経緯で? あれ、こないだの体育祭で放送してたっけ?」
「いっぺんに聞くな」
教室には人がたくさんいるが、こちらに注意を向ける者は皆無だ。皆それぞれに会話をしていて、ときたま聞こえる授業の話に少し気を取られながら話を続ける。
「荷物持ち要員で入ったんだよ。こないだはほぼ裏方に徹してた」
「へーっ、じゃあ放送とかはしないんだ?」
勇樹の言葉に、思わず押し黙る。そして我ながら盛大だなあと思うため息をついた。
「そのつもりだったんだが……先生がな、大会に出てみろって言うから」
「出るんだ?」
「勝手にエントリーされた」
勇樹はケラケラと面白そうに笑った。
「放送部の顧問って、矢口先生だったよな? あー、あの先生ならやるだろうなあ!」
ひとしきり笑った後、勇樹は笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら息を整えた。笑い過ぎだ。何がそんなにおかしい。
「練習してんの?」
「毎日じゃないけどな」
「それでいいのか?」
「もともと荷物持ちとして入れられたわけだし、無理はしなくていいっていわれてる」
それに、俺がほぼ一人で生活しているということもなんとなく知っているらしく、矢口先生はありがたくも「生活優先」と言ってくれたのだ。そもそも、矢口先生は少々無茶なところはあるが、本当に無理なことはさせないし、体調や事情を優先してくれる。
はたから見るとめちゃくちゃ怖くて厳しい先生だと思いがちだが、やはり、人とは関わってみないと分からないものである。
「いい先生じゃん」
「そう。まあ、その分、一回の指導の熱がすげえんだけどな。密度がすげえ」
「成績残させるつもりなんだろ。頑張れよー」
「運動じゃないだけいいけどな」
一口に放送といっても、気を付けないといけないことはたくさんある。発声とか、活舌とか、速度とか、声のトーンとか。
大変だけど、運動を強制されるよりずっといい。何より個人でやることだしな。
「ほんと春都、運動嫌いだな」
勇樹のその言葉は、厳密にいえば違う。運動が嫌いなのではなく、強制されることと、集団でやる競技で足を引っ張って嫌な気分になるのが嫌いなのだ。
でもそれを説明するのも面倒なので、
「まあ、そうだな」
とだけ言っておいた。
いずれ話せればいいだろう。ま、話さなくても支障はないがな。
簡単でありながらなぜか中毒性の高い食事というものがある。人によってそういう食事はそれぞれ違うだろうが、俺には、定期的にブームが訪れる食事がある。
フライパンに油を引き、卵を二つ割る。赤い殻の卵で、目玉焼きにするとうまい卵だ。両面焼きの半熟にするのがポイントだ。
器に盛ったご飯の上には千切りキャベツをのせている。その上に目玉焼きをのせたら完成だ。
目玉焼きご飯。これがうまいんだなあ。付け合わせは日によって違うが、今日は漬物とウインナーを焼いたものだ。
「いただきます」
卵を割る瞬間はいつも緊張する。割けた白身からあふれ出す金色の卵黄、いい感じに半熟だ。これに醤油をかけて、しっかりかき混ぜて食べる。スプーンで食うのがいいな。
ホカホカご飯に焼けた白身の風味、カリッとしたところとプリッとしたところが両方あるのがいい。キャベツはみずみずしく、程よく爽やかで、醤油としっかり混ざった卵黄はコク深く、臭みがなく、まったりとしていておいしい。
そんな黄身にウインナーをつけて食べるのがうまいんだなあ。パリッと香ばしい皮にプリプリの中身、醤油によって香ばしさが加えられ、卵のおかげで味わい深さが増す。
漬物を混ぜると食感のアクセントになる。今日はつぼ漬けだ。かつお節の風味がよく、うま味が倍増する。
ああ、うまいな、目玉焼きご飯。
またしばらく、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡
五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉
ワケあり家族の日常譚……!
これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と
妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。
不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。
※他サイトでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる