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日常
第四百十八話 目玉焼きご飯
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図書館のカウンター当番でもないし、暇な昼休みだな。ざわめく教室で話しかけるような相手もおらず、かといって話しかけてくるような奴もいないので、頬杖をつきぼんやりとするばかりだ。
いつもはたいてい、咲良がずっと喋ってるからその相槌を打つのに忙しいが、その咲良は体育があるからと早々に行ってしまった。今やってるのはバレーボールだったか。五時間目の体育の授業の時は、自分たちで準備をしないといけないらしい。
バレーボールは、試合に出なくていいなら好きだ。見る分にはいいのだが、自分がやるとなると憂鬱である。アニメとか漫画とか見てると、出来たら楽しそうだなあとは思うが……
そもそも集団でやる競技が嫌なんだよなあ。運動できないと足引っ張るし、それでいろいろ言われるし。中学の頃のクラスマッチがバレーボールで、散々な言われ様だったのを思い出す。ま、たかだか校内のクラスマッチで優勝したところで何もないのだが。せいぜい、数日賞賛されるだけだ。
だからバレーボール嫌いだったんだけど、漫画読んで好きになったんだ。平気なものが増えるのは、楽だ。
「なー、春都。暇」
ゆらゆらと力ない様子でやってきたのは勇樹だ。近くの席に座り、だらりと机にうなだれる。
こいつとも、バレーボールが無きゃ話してないようなもんだよなあ。
「なんで」
「席替えでさあ、健太とも春都とも離れたじゃん。話し相手がいねーの」
「お前、たいていのやつと話せるだろ」
そう言えば、勇樹は「よいしょ」と体勢を立て直して言った。
「話せるけど、なんか違うじゃん。遠慮なく物が言える相手と、そうじゃないっていうか?」
「多少は遠慮していただきたいものだが」
「それ健太にも言われた。遠慮はしてないけど、気は使ってるよ」
「そうかぁ?」
勇樹はにこにこ笑って言ったものだ。
「なんか面白い話してよ」
「また無茶振りな……」
唐突に面白い話をしろというのは、「なんか方言話してみてよ!」と言われる時並みの無茶振りのように思える。いや、それ以上か。
「面白いかどうかは分かんねえけど……」
今話せることと言ったら、これくらいだろうか。
「俺、放送部入った」
「えっ? お前が?」
おや、どうやら当たりのようである。勇樹は嬉々として身を乗り出し、話を促してきた。
「なになに、なんで? どういう経緯で? あれ、こないだの体育祭で放送してたっけ?」
「いっぺんに聞くな」
教室には人がたくさんいるが、こちらに注意を向ける者は皆無だ。皆それぞれに会話をしていて、ときたま聞こえる授業の話に少し気を取られながら話を続ける。
「荷物持ち要員で入ったんだよ。こないだはほぼ裏方に徹してた」
「へーっ、じゃあ放送とかはしないんだ?」
勇樹の言葉に、思わず押し黙る。そして我ながら盛大だなあと思うため息をついた。
「そのつもりだったんだが……先生がな、大会に出てみろって言うから」
「出るんだ?」
「勝手にエントリーされた」
勇樹はケラケラと面白そうに笑った。
「放送部の顧問って、矢口先生だったよな? あー、あの先生ならやるだろうなあ!」
ひとしきり笑った後、勇樹は笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら息を整えた。笑い過ぎだ。何がそんなにおかしい。
「練習してんの?」
「毎日じゃないけどな」
「それでいいのか?」
「もともと荷物持ちとして入れられたわけだし、無理はしなくていいっていわれてる」
それに、俺がほぼ一人で生活しているということもなんとなく知っているらしく、矢口先生はありがたくも「生活優先」と言ってくれたのだ。そもそも、矢口先生は少々無茶なところはあるが、本当に無理なことはさせないし、体調や事情を優先してくれる。
はたから見るとめちゃくちゃ怖くて厳しい先生だと思いがちだが、やはり、人とは関わってみないと分からないものである。
「いい先生じゃん」
「そう。まあ、その分、一回の指導の熱がすげえんだけどな。密度がすげえ」
「成績残させるつもりなんだろ。頑張れよー」
「運動じゃないだけいいけどな」
一口に放送といっても、気を付けないといけないことはたくさんある。発声とか、活舌とか、速度とか、声のトーンとか。
大変だけど、運動を強制されるよりずっといい。何より個人でやることだしな。
「ほんと春都、運動嫌いだな」
勇樹のその言葉は、厳密にいえば違う。運動が嫌いなのではなく、強制されることと、集団でやる競技で足を引っ張って嫌な気分になるのが嫌いなのだ。
でもそれを説明するのも面倒なので、
「まあ、そうだな」
とだけ言っておいた。
いずれ話せればいいだろう。ま、話さなくても支障はないがな。
簡単でありながらなぜか中毒性の高い食事というものがある。人によってそういう食事はそれぞれ違うだろうが、俺には、定期的にブームが訪れる食事がある。
フライパンに油を引き、卵を二つ割る。赤い殻の卵で、目玉焼きにするとうまい卵だ。両面焼きの半熟にするのがポイントだ。
器に盛ったご飯の上には千切りキャベツをのせている。その上に目玉焼きをのせたら完成だ。
目玉焼きご飯。これがうまいんだなあ。付け合わせは日によって違うが、今日は漬物とウインナーを焼いたものだ。
「いただきます」
卵を割る瞬間はいつも緊張する。割けた白身からあふれ出す金色の卵黄、いい感じに半熟だ。これに醤油をかけて、しっかりかき混ぜて食べる。スプーンで食うのがいいな。
ホカホカご飯に焼けた白身の風味、カリッとしたところとプリッとしたところが両方あるのがいい。キャベツはみずみずしく、程よく爽やかで、醤油としっかり混ざった卵黄はコク深く、臭みがなく、まったりとしていておいしい。
そんな黄身にウインナーをつけて食べるのがうまいんだなあ。パリッと香ばしい皮にプリプリの中身、醤油によって香ばしさが加えられ、卵のおかげで味わい深さが増す。
漬物を混ぜると食感のアクセントになる。今日はつぼ漬けだ。かつお節の風味がよく、うま味が倍増する。
ああ、うまいな、目玉焼きご飯。
またしばらく、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
いつもはたいてい、咲良がずっと喋ってるからその相槌を打つのに忙しいが、その咲良は体育があるからと早々に行ってしまった。今やってるのはバレーボールだったか。五時間目の体育の授業の時は、自分たちで準備をしないといけないらしい。
バレーボールは、試合に出なくていいなら好きだ。見る分にはいいのだが、自分がやるとなると憂鬱である。アニメとか漫画とか見てると、出来たら楽しそうだなあとは思うが……
そもそも集団でやる競技が嫌なんだよなあ。運動できないと足引っ張るし、それでいろいろ言われるし。中学の頃のクラスマッチがバレーボールで、散々な言われ様だったのを思い出す。ま、たかだか校内のクラスマッチで優勝したところで何もないのだが。せいぜい、数日賞賛されるだけだ。
だからバレーボール嫌いだったんだけど、漫画読んで好きになったんだ。平気なものが増えるのは、楽だ。
「なー、春都。暇」
ゆらゆらと力ない様子でやってきたのは勇樹だ。近くの席に座り、だらりと机にうなだれる。
こいつとも、バレーボールが無きゃ話してないようなもんだよなあ。
「なんで」
「席替えでさあ、健太とも春都とも離れたじゃん。話し相手がいねーの」
「お前、たいていのやつと話せるだろ」
そう言えば、勇樹は「よいしょ」と体勢を立て直して言った。
「話せるけど、なんか違うじゃん。遠慮なく物が言える相手と、そうじゃないっていうか?」
「多少は遠慮していただきたいものだが」
「それ健太にも言われた。遠慮はしてないけど、気は使ってるよ」
「そうかぁ?」
勇樹はにこにこ笑って言ったものだ。
「なんか面白い話してよ」
「また無茶振りな……」
唐突に面白い話をしろというのは、「なんか方言話してみてよ!」と言われる時並みの無茶振りのように思える。いや、それ以上か。
「面白いかどうかは分かんねえけど……」
今話せることと言ったら、これくらいだろうか。
「俺、放送部入った」
「えっ? お前が?」
おや、どうやら当たりのようである。勇樹は嬉々として身を乗り出し、話を促してきた。
「なになに、なんで? どういう経緯で? あれ、こないだの体育祭で放送してたっけ?」
「いっぺんに聞くな」
教室には人がたくさんいるが、こちらに注意を向ける者は皆無だ。皆それぞれに会話をしていて、ときたま聞こえる授業の話に少し気を取られながら話を続ける。
「荷物持ち要員で入ったんだよ。こないだはほぼ裏方に徹してた」
「へーっ、じゃあ放送とかはしないんだ?」
勇樹の言葉に、思わず押し黙る。そして我ながら盛大だなあと思うため息をついた。
「そのつもりだったんだが……先生がな、大会に出てみろって言うから」
「出るんだ?」
「勝手にエントリーされた」
勇樹はケラケラと面白そうに笑った。
「放送部の顧問って、矢口先生だったよな? あー、あの先生ならやるだろうなあ!」
ひとしきり笑った後、勇樹は笑い過ぎて滲んだ涙をぬぐいながら息を整えた。笑い過ぎだ。何がそんなにおかしい。
「練習してんの?」
「毎日じゃないけどな」
「それでいいのか?」
「もともと荷物持ちとして入れられたわけだし、無理はしなくていいっていわれてる」
それに、俺がほぼ一人で生活しているということもなんとなく知っているらしく、矢口先生はありがたくも「生活優先」と言ってくれたのだ。そもそも、矢口先生は少々無茶なところはあるが、本当に無理なことはさせないし、体調や事情を優先してくれる。
はたから見るとめちゃくちゃ怖くて厳しい先生だと思いがちだが、やはり、人とは関わってみないと分からないものである。
「いい先生じゃん」
「そう。まあ、その分、一回の指導の熱がすげえんだけどな。密度がすげえ」
「成績残させるつもりなんだろ。頑張れよー」
「運動じゃないだけいいけどな」
一口に放送といっても、気を付けないといけないことはたくさんある。発声とか、活舌とか、速度とか、声のトーンとか。
大変だけど、運動を強制されるよりずっといい。何より個人でやることだしな。
「ほんと春都、運動嫌いだな」
勇樹のその言葉は、厳密にいえば違う。運動が嫌いなのではなく、強制されることと、集団でやる競技で足を引っ張って嫌な気分になるのが嫌いなのだ。
でもそれを説明するのも面倒なので、
「まあ、そうだな」
とだけ言っておいた。
いずれ話せればいいだろう。ま、話さなくても支障はないがな。
簡単でありながらなぜか中毒性の高い食事というものがある。人によってそういう食事はそれぞれ違うだろうが、俺には、定期的にブームが訪れる食事がある。
フライパンに油を引き、卵を二つ割る。赤い殻の卵で、目玉焼きにするとうまい卵だ。両面焼きの半熟にするのがポイントだ。
器に盛ったご飯の上には千切りキャベツをのせている。その上に目玉焼きをのせたら完成だ。
目玉焼きご飯。これがうまいんだなあ。付け合わせは日によって違うが、今日は漬物とウインナーを焼いたものだ。
「いただきます」
卵を割る瞬間はいつも緊張する。割けた白身からあふれ出す金色の卵黄、いい感じに半熟だ。これに醤油をかけて、しっかりかき混ぜて食べる。スプーンで食うのがいいな。
ホカホカご飯に焼けた白身の風味、カリッとしたところとプリッとしたところが両方あるのがいい。キャベツはみずみずしく、程よく爽やかで、醤油としっかり混ざった卵黄はコク深く、臭みがなく、まったりとしていておいしい。
そんな黄身にウインナーをつけて食べるのがうまいんだなあ。パリッと香ばしい皮にプリプリの中身、醤油によって香ばしさが加えられ、卵のおかげで味わい深さが増す。
漬物を混ぜると食感のアクセントになる。今日はつぼ漬けだ。かつお節の風味がよく、うま味が倍増する。
ああ、うまいな、目玉焼きご飯。
またしばらく、はまってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」
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