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日常
第四百十六話 たこ焼き
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体育祭の熱気もどこへやら、すっかり片付いた校庭を横目に昇降口へ向かう。柔道場や卓球場、剣道場の裏手の扉は薄く開けられていて、柔道部に卓球部、剣道部が片づけをしている様子が見える。
代休開けの朝課外は割り増しで辛いなあ。その休みがすごく充実していればいるほど、休み明けはしんどい。涼しい空気は過ごしやすいが、なんとなくさみしい気分でもある。
「お」
前を行く、見慣れたリュックサックを背負ったやつに声をかける。
「咲良、おはよう」
「おー春都。おはよ~」
咲良はへにゃっと眉を下げて笑った。
「ねみぃね」
「ああ、だりぃ」
「あと一日ぐらい休みほしいわ~」
のろのろと靴を履き替え、階段へ向かう。
「あっ、せんぱーい! おはようございます~」
と、重だるい空気の中、はつらつとした、はじけるような声が飛んでくる。橘だ。橘は教室からひょっこりと顔を出し、子犬よろしく、こちらに駆け寄ってきた。
「体育祭、お疲れさまでした~。先輩方、放送席にいましたよね?」
ランランと輝く瞳を向けてくる橘に、咲良が笑って答える。
「頼まれてなー、放送部に入ったんだ」
「えっ、そうなんですか? 一条先輩も?」
「ああ、まあ」
言えば橘は実に複雑な表情を浮かべた。悔しいというか、納得しないというか、そんな感じの表情だ。
「どうした」
「……先輩の放送する姿が見られるのかと楽しみな半面、調理部か美術部に入ってほしかったという感情がせめぎあってます」
「なんだそれは」
「だってえ、一緒に部活したいじゃないですかあ」
こいつと一緒に部活をしたら、橘のためにならないような気がするのは俺だけだろうか。集中力がなくなるし、危ないし。
すると咲良が面白そうに言ったものである。
「橘お前、春都いたら集中できねーだろ。春都のことばっか見てさあ」
橘は少しむくれて「それは、まあ……」とつぶやいた。なんか、すねた小動物みたいだな。
「井上先輩だけずるいですよー、一条先輩とずっと一緒なんて」
「いや別にずっと一緒ってわけじゃないけど……」
俺の否定の言葉も聞こえていないのか、橘は続けた。
「委員会も部活も一緒で、昼ご飯も一緒に食べて、しょっちゅう話してるじゃないですか!」
それは俺の交友関係の狭さにも原因があると思うのだが。というか、そんなに一緒にいないだろ、俺ら。
「うーん、四六時中一緒、ってわけじゃないと思うんだけど……」
咲良もあきれたように笑い、橘に聞こえないような声でつぶやくが、いたずらっぽい笑みを橘に向けると言った。
「こないだは海にも行ったぜ」
「なっ、海?」
「そーそー。泳いで、水鉄砲して、ビーチバレーして……楽しかったな! 春都!」
「別にそれは二人で行ったわけじゃないだろ……」
こいつ、後輩をからかって楽しんでるな。
「僕だけ仲間外れー!」
「仲間外れって……」
「ふふん、いいだろういいだろう」
「咲良、もうやめろ」
これ以上事をややこしくしないでいただきたい。橘は少し落ち着いて言った。
「俺も先輩たちと遊びたいです」
「ん? 一条だけじゃなくて?」
咲良が聞くと、橘は当然というようにまっすぐな目を向ける。
「はい。前に、先輩方と一緒にお出かけしたじゃないですか。あれすっごく楽しかったんですよ」
それから橘は、先ほどまで拗ねていたとは思えないほど、ワクワクした様子で話し出した。
「ご飯食べたことも、買い物したのも、一緒に歩いたのも、すっごく楽しかったんですよ! 先輩方は忘れてるかもしれないですけど、僕、あの日のことずっと覚えてるんですよ!」
その熱量に、思わず咲良と視線を合わせる。そして再び橘を見る。橘樹はきょとんとこちらを見上げていた。なんかあれだ。自分だけ留守番させられた時の子犬みたいな顔だ。
咲良はおもむろに手を伸ばすと、橘の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ、なんですか」
「いや……なんとなく」
「えーっ、やめてくださいよー。髪がぼさぼさになる~。一条先輩、止めてください~」
「甘んじて受け入れろ」
「どうして」
ひとしきり撫でられた橘は、「もー」と言いながら髪を整えていたが、いつものように、明るい笑みを浮かべていた。
帰りに咲良に誘われて、あのたこ焼き屋に行った。
「おばちゃーん」
「あら、来たの。いらっしゃい」
「たこ焼き二パックください!」
またおまけしてもらった。十二個入りのたこ焼きだが、十五個入っている。
「ありがとうございます」
「また来てね」
立って食うのも何なので、公園に移動して食べることにした。ベンチが空いていたので、そこに座る。
「いただきます」
たっぷりのソースがかかったたこ焼きは、焼きたての熱々だ。
一つ、割って食べてみる。ホワンと立つ湯気、見ただけで分かる、やけどしそうな感じ。そっと口に入れ、ハフハフとすれば口から湯気が出てくる。
酸味が控えめなソースのうま味、出汁の効いた生地。ぷわんぷわんとした口当たりは優しく、ほっとする。トロトロの中身もいいなあ。たこも噛みしめればいい味が出るし、生地にもうま味が染み出している。
ぱりっ、とか、かりサクッ、とか、そんな感じの食感ではないが、香ばしさはあり、うまい。かつお節のうま味と青のりの香りがまたいい味出してる。
紅しょうがもうまいなあ。
「今度さー、橘誘ってどっか行く?」
咲良が、半分ほど食べたところで言った。
「そうだな」
「な、あんだけ言われたらなあ」
でも、休みの日はアンデスの相手もしたいしなあ、と咲良は思案する。俺だってうめずとのんびり過ごす休日がほしい。
「散歩に連れ出すとか?」
「それでも喜んでついてくるだろ、あいつ」
「うちの近くにある道の駅にさ、犬とか散歩させていい公園があるんだよね」
ほお、それは楽しそうだ。たまにはうめずにも、違う場所を走らせたい。
「楽しそうだ」
「な、いいよな」
それならきっと、うめずも喜ぶ。
あ、そしたらアンデスとも対面するわけだ。大丈夫かな、まあ、たぶん大丈夫だと思うけど。
今はとりあえず、楽しみにしておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
代休開けの朝課外は割り増しで辛いなあ。その休みがすごく充実していればいるほど、休み明けはしんどい。涼しい空気は過ごしやすいが、なんとなくさみしい気分でもある。
「お」
前を行く、見慣れたリュックサックを背負ったやつに声をかける。
「咲良、おはよう」
「おー春都。おはよ~」
咲良はへにゃっと眉を下げて笑った。
「ねみぃね」
「ああ、だりぃ」
「あと一日ぐらい休みほしいわ~」
のろのろと靴を履き替え、階段へ向かう。
「あっ、せんぱーい! おはようございます~」
と、重だるい空気の中、はつらつとした、はじけるような声が飛んでくる。橘だ。橘は教室からひょっこりと顔を出し、子犬よろしく、こちらに駆け寄ってきた。
「体育祭、お疲れさまでした~。先輩方、放送席にいましたよね?」
ランランと輝く瞳を向けてくる橘に、咲良が笑って答える。
「頼まれてなー、放送部に入ったんだ」
「えっ、そうなんですか? 一条先輩も?」
「ああ、まあ」
言えば橘は実に複雑な表情を浮かべた。悔しいというか、納得しないというか、そんな感じの表情だ。
「どうした」
「……先輩の放送する姿が見られるのかと楽しみな半面、調理部か美術部に入ってほしかったという感情がせめぎあってます」
「なんだそれは」
「だってえ、一緒に部活したいじゃないですかあ」
こいつと一緒に部活をしたら、橘のためにならないような気がするのは俺だけだろうか。集中力がなくなるし、危ないし。
すると咲良が面白そうに言ったものである。
「橘お前、春都いたら集中できねーだろ。春都のことばっか見てさあ」
橘は少しむくれて「それは、まあ……」とつぶやいた。なんか、すねた小動物みたいだな。
「井上先輩だけずるいですよー、一条先輩とずっと一緒なんて」
「いや別にずっと一緒ってわけじゃないけど……」
俺の否定の言葉も聞こえていないのか、橘は続けた。
「委員会も部活も一緒で、昼ご飯も一緒に食べて、しょっちゅう話してるじゃないですか!」
それは俺の交友関係の狭さにも原因があると思うのだが。というか、そんなに一緒にいないだろ、俺ら。
「うーん、四六時中一緒、ってわけじゃないと思うんだけど……」
咲良もあきれたように笑い、橘に聞こえないような声でつぶやくが、いたずらっぽい笑みを橘に向けると言った。
「こないだは海にも行ったぜ」
「なっ、海?」
「そーそー。泳いで、水鉄砲して、ビーチバレーして……楽しかったな! 春都!」
「別にそれは二人で行ったわけじゃないだろ……」
こいつ、後輩をからかって楽しんでるな。
「僕だけ仲間外れー!」
「仲間外れって……」
「ふふん、いいだろういいだろう」
「咲良、もうやめろ」
これ以上事をややこしくしないでいただきたい。橘は少し落ち着いて言った。
「俺も先輩たちと遊びたいです」
「ん? 一条だけじゃなくて?」
咲良が聞くと、橘は当然というようにまっすぐな目を向ける。
「はい。前に、先輩方と一緒にお出かけしたじゃないですか。あれすっごく楽しかったんですよ」
それから橘は、先ほどまで拗ねていたとは思えないほど、ワクワクした様子で話し出した。
「ご飯食べたことも、買い物したのも、一緒に歩いたのも、すっごく楽しかったんですよ! 先輩方は忘れてるかもしれないですけど、僕、あの日のことずっと覚えてるんですよ!」
その熱量に、思わず咲良と視線を合わせる。そして再び橘を見る。橘樹はきょとんとこちらを見上げていた。なんかあれだ。自分だけ留守番させられた時の子犬みたいな顔だ。
咲良はおもむろに手を伸ばすと、橘の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ、なんですか」
「いや……なんとなく」
「えーっ、やめてくださいよー。髪がぼさぼさになる~。一条先輩、止めてください~」
「甘んじて受け入れろ」
「どうして」
ひとしきり撫でられた橘は、「もー」と言いながら髪を整えていたが、いつものように、明るい笑みを浮かべていた。
帰りに咲良に誘われて、あのたこ焼き屋に行った。
「おばちゃーん」
「あら、来たの。いらっしゃい」
「たこ焼き二パックください!」
またおまけしてもらった。十二個入りのたこ焼きだが、十五個入っている。
「ありがとうございます」
「また来てね」
立って食うのも何なので、公園に移動して食べることにした。ベンチが空いていたので、そこに座る。
「いただきます」
たっぷりのソースがかかったたこ焼きは、焼きたての熱々だ。
一つ、割って食べてみる。ホワンと立つ湯気、見ただけで分かる、やけどしそうな感じ。そっと口に入れ、ハフハフとすれば口から湯気が出てくる。
酸味が控えめなソースのうま味、出汁の効いた生地。ぷわんぷわんとした口当たりは優しく、ほっとする。トロトロの中身もいいなあ。たこも噛みしめればいい味が出るし、生地にもうま味が染み出している。
ぱりっ、とか、かりサクッ、とか、そんな感じの食感ではないが、香ばしさはあり、うまい。かつお節のうま味と青のりの香りがまたいい味出してる。
紅しょうがもうまいなあ。
「今度さー、橘誘ってどっか行く?」
咲良が、半分ほど食べたところで言った。
「そうだな」
「な、あんだけ言われたらなあ」
でも、休みの日はアンデスの相手もしたいしなあ、と咲良は思案する。俺だってうめずとのんびり過ごす休日がほしい。
「散歩に連れ出すとか?」
「それでも喜んでついてくるだろ、あいつ」
「うちの近くにある道の駅にさ、犬とか散歩させていい公園があるんだよね」
ほお、それは楽しそうだ。たまにはうめずにも、違う場所を走らせたい。
「楽しそうだ」
「な、いいよな」
それならきっと、うめずも喜ぶ。
あ、そしたらアンデスとも対面するわけだ。大丈夫かな、まあ、たぶん大丈夫だと思うけど。
今はとりあえず、楽しみにしておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
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