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日常
番外編 橘唯織のつまみ食い②
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先輩が料理できるらしいので、僕も何か作れるようになりたいと思った。
そんな理由で調理部に入り、今日は活動日である。
「はーい、それじゃあ今日は前にも言っていたように、クッキーを作ります」
クッキー、それは決して珍しいものではない。たいていの洋菓子屋さんにはおいてあるし、スーパーでもコンビニでも見かけるお菓子だ。レシピ本にも『基本のクッキー』なるページがあるくらいである。
しかし、そのなじみやすさとは裏腹に、おいしいクッキーを焼くというのは至難の業だ。
少なくとも僕は、家で練習してみたところ、一度目はまる焦げ、二度目はカッチカチになった。歯ぁ折れるんじゃないかと思った。小麦粉たちには申し訳ないことをしたと思っている。
でも、やれることはやった。なんなら、型抜き用の型も作ってきた。準備は万全だ。
「橘君って、普段からお菓子作るの?」
先輩の一人が声をかけてきた。二年生の先輩で、優しそうな人だ。
「いや、全然」
「あ、そうなんだ。調理部に入るくらいだから作ってるんだと思ってた」
「普段作らないから、入った、って感じですかね」
美術部も大概緩いが、調理部も平和だ。こうやって雑談しながら何か作業をするのは嫌いじゃない。
「あこがれている先輩がいて、その人が料理上手なんです。だから、僕もそんなふうになりたくて」
「え~っ、それ、すっごくいいじゃん!」
話に入ってきたのは、三年生の先輩だ。こっちはパッと見、運動部って感じの元気な印象の先輩だ。
元気な方の先輩は早瀬先輩。先輩ははじけるような笑顔で言った。
「目標があるってかっこいいね! あたしはお菓子食べられるから入ったようなもんだし」
「それも十分いい理由だと思いますよ~」
「そう? ありがとー!」
二年の先輩のおっとりとした言葉に、勢いよく早瀬先輩は返事をしていた。
バターを練りながら、話を続ける。
「そういえば、うちの学年に料理上手な子がいますねぇ」
二年の先輩は言って、考え込むようなそぶりを見せる。しばらく考えると、何か思いだしたらしかった。
「二組の子なんですけど、こないだの調理実習ですごかったらしいんですよ~」
なんと、二組。確か一条先輩も二組ではなかっただろうか。思わずぎこちなくなる動きで、バターに粉糖を入れる。よく混ぜながら、聞き耳を立てた。
「手際が良くって、その子が作ってる周りに人だかりができてたって」
「へー、そうなんだ! なんて子?」
「えっと……なんだっけ。忘れちゃいました。同じクラスじゃないから……」
「だよねー。クラスの子ですら、関わらない子だと名前覚えてるか危うい子いるもんねー」
早瀬先輩は屈託なく言ったものだ。はっきりものを言う人なんだなあ、と思いながら、バターと粉糖を混ぜたものに卵黄を入れてさらに混ぜ、ふるっておいた薄力粉を入れる。
早瀬先輩はふと思い出したように言った。
「そういえば、うちの弟も言ってたよ。今度、図書館の仕事で一緒になった子が料理上手だって」
「あっ、確かその私の言ってた料理上手な子、うちのクラスの図書委員の井上君と仲いいです」
これはますます一条先輩説濃くなってきたぞ。
えーっと、粉を入れたら切るように混ぜるんだっけ。全体がまとまるように……
「うちの弟が言うには、その子、確か一条君っていうんじゃなかったかな」
「やっぱり!」
あ、しまった、つい。
「すみません、その……」
「もしかして、橘君のあこがれの先輩って、その子?」
二人の先輩に視線を向けられ、早瀬先輩に聞かれたら頷くしかない。と、先輩たちは「そうなんだ~! と楽しげに笑った。
「やっぱり料理上手なんだ、一条君って子は」
「あ、そう聞いてます。お弁当とか、作ってるって」
「え~、手作り弁当なんだ。すっごいじゃん!」
「私、そもそもお弁当作れるような時間に起きられない……」
感心したように言う先輩方を見て、やっぱり一条先輩はすごいんだ、となぜか僕がうれしくなる。
先輩も調理部入ればいいのになあ。
そう思っていたら、早瀬先輩が言った。
「じゃあさ、今度、その子呼んで先生してもらおうよ!」
「あ、いいですねえ。同級生から習うの、面白そうです!」
二年生の先輩も頷いて笑った。
え、一条先輩、調理部に来るの? ほんとに?
「弟に聞いてみようかな~」
「いいですねぇ」
わあ、本当に話が進んでる。思わず生地を伸ばす手に力が入ってしまった。
本当に来るかは分かんないけど……来るなら、楽しみだなあ。上手にできるようになって、褒められたいかも。
よし、それじゃ、気合入れて頑張るぞぉ。
クッキーが焼きあがった。焼いているときからいいにおいしてたけど、実食となるとテンション上がるなあ。
結構多めにできたので、ラッピングもすることにした。でもそれは冷めてからだ。
まずは焼きたてを食べる。
「いただきます」
家庭科室で何か食べるって、やっぱり慣れない。
あっ、うまくできてる。焼きたてのクッキーはサクッともしているけど、ふわっともしている気がする。しゅわあっと口の中で溶けるみたいだ。
肉球型もうまくいったみたいだ。ちゃんと肉球になってる。
んー、香ばしくて、ほろほろっと程よい甘さで、バターの香りも控えめでおいしい。手作りクッキーって、おいしいんだなあ。
「あっ、そうだ。危ない、忘れるところだった」
次から次へとクッキーを食べていた早瀬先輩が、鞄からごそごそと何かを取り出した。
「じゃーん! アイシングセット~」
「アイシング?」
「そ、百均に売っててさ。橘君もやってみない?」
ああ、それ、ネットで見たことある。クッキーに絵を描くやつだ。
うーん、でも、上手にできる自信ないなあ……
「橘君美術部だし、絵、うまいでしょ」
「えぇーっと……」
早瀬先輩はにっこり笑って言った。
「それに、これ、一条君にも渡すつもりなんじゃないの? アイシングしたらきっとびっくりするだろうなあ~」
なに、それは……先輩のびっくりする顔は、見てみたい。
ちょっと頑張ってみようかな。井上先輩の分も作っちゃおう。
「少し、もらえますか?」
その言葉に、早瀬先輩は快く頷いてくれた。
「もっちろん! たくさんあるから、じゃんじゃん使っちゃって!」
気合を入れるように、クッキーの最後の一枚をほおばる。
少し冷めたクッキーはサクサクで、今までで一番の出来だった。
「ごちそうさまでした」
そんな理由で調理部に入り、今日は活動日である。
「はーい、それじゃあ今日は前にも言っていたように、クッキーを作ります」
クッキー、それは決して珍しいものではない。たいていの洋菓子屋さんにはおいてあるし、スーパーでもコンビニでも見かけるお菓子だ。レシピ本にも『基本のクッキー』なるページがあるくらいである。
しかし、そのなじみやすさとは裏腹に、おいしいクッキーを焼くというのは至難の業だ。
少なくとも僕は、家で練習してみたところ、一度目はまる焦げ、二度目はカッチカチになった。歯ぁ折れるんじゃないかと思った。小麦粉たちには申し訳ないことをしたと思っている。
でも、やれることはやった。なんなら、型抜き用の型も作ってきた。準備は万全だ。
「橘君って、普段からお菓子作るの?」
先輩の一人が声をかけてきた。二年生の先輩で、優しそうな人だ。
「いや、全然」
「あ、そうなんだ。調理部に入るくらいだから作ってるんだと思ってた」
「普段作らないから、入った、って感じですかね」
美術部も大概緩いが、調理部も平和だ。こうやって雑談しながら何か作業をするのは嫌いじゃない。
「あこがれている先輩がいて、その人が料理上手なんです。だから、僕もそんなふうになりたくて」
「え~っ、それ、すっごくいいじゃん!」
話に入ってきたのは、三年生の先輩だ。こっちはパッと見、運動部って感じの元気な印象の先輩だ。
元気な方の先輩は早瀬先輩。先輩ははじけるような笑顔で言った。
「目標があるってかっこいいね! あたしはお菓子食べられるから入ったようなもんだし」
「それも十分いい理由だと思いますよ~」
「そう? ありがとー!」
二年の先輩のおっとりとした言葉に、勢いよく早瀬先輩は返事をしていた。
バターを練りながら、話を続ける。
「そういえば、うちの学年に料理上手な子がいますねぇ」
二年の先輩は言って、考え込むようなそぶりを見せる。しばらく考えると、何か思いだしたらしかった。
「二組の子なんですけど、こないだの調理実習ですごかったらしいんですよ~」
なんと、二組。確か一条先輩も二組ではなかっただろうか。思わずぎこちなくなる動きで、バターに粉糖を入れる。よく混ぜながら、聞き耳を立てた。
「手際が良くって、その子が作ってる周りに人だかりができてたって」
「へー、そうなんだ! なんて子?」
「えっと……なんだっけ。忘れちゃいました。同じクラスじゃないから……」
「だよねー。クラスの子ですら、関わらない子だと名前覚えてるか危うい子いるもんねー」
早瀬先輩は屈託なく言ったものだ。はっきりものを言う人なんだなあ、と思いながら、バターと粉糖を混ぜたものに卵黄を入れてさらに混ぜ、ふるっておいた薄力粉を入れる。
早瀬先輩はふと思い出したように言った。
「そういえば、うちの弟も言ってたよ。今度、図書館の仕事で一緒になった子が料理上手だって」
「あっ、確かその私の言ってた料理上手な子、うちのクラスの図書委員の井上君と仲いいです」
これはますます一条先輩説濃くなってきたぞ。
えーっと、粉を入れたら切るように混ぜるんだっけ。全体がまとまるように……
「うちの弟が言うには、その子、確か一条君っていうんじゃなかったかな」
「やっぱり!」
あ、しまった、つい。
「すみません、その……」
「もしかして、橘君のあこがれの先輩って、その子?」
二人の先輩に視線を向けられ、早瀬先輩に聞かれたら頷くしかない。と、先輩たちは「そうなんだ~! と楽しげに笑った。
「やっぱり料理上手なんだ、一条君って子は」
「あ、そう聞いてます。お弁当とか、作ってるって」
「え~、手作り弁当なんだ。すっごいじゃん!」
「私、そもそもお弁当作れるような時間に起きられない……」
感心したように言う先輩方を見て、やっぱり一条先輩はすごいんだ、となぜか僕がうれしくなる。
先輩も調理部入ればいいのになあ。
そう思っていたら、早瀬先輩が言った。
「じゃあさ、今度、その子呼んで先生してもらおうよ!」
「あ、いいですねえ。同級生から習うの、面白そうです!」
二年生の先輩も頷いて笑った。
え、一条先輩、調理部に来るの? ほんとに?
「弟に聞いてみようかな~」
「いいですねぇ」
わあ、本当に話が進んでる。思わず生地を伸ばす手に力が入ってしまった。
本当に来るかは分かんないけど……来るなら、楽しみだなあ。上手にできるようになって、褒められたいかも。
よし、それじゃ、気合入れて頑張るぞぉ。
クッキーが焼きあがった。焼いているときからいいにおいしてたけど、実食となるとテンション上がるなあ。
結構多めにできたので、ラッピングもすることにした。でもそれは冷めてからだ。
まずは焼きたてを食べる。
「いただきます」
家庭科室で何か食べるって、やっぱり慣れない。
あっ、うまくできてる。焼きたてのクッキーはサクッともしているけど、ふわっともしている気がする。しゅわあっと口の中で溶けるみたいだ。
肉球型もうまくいったみたいだ。ちゃんと肉球になってる。
んー、香ばしくて、ほろほろっと程よい甘さで、バターの香りも控えめでおいしい。手作りクッキーって、おいしいんだなあ。
「あっ、そうだ。危ない、忘れるところだった」
次から次へとクッキーを食べていた早瀬先輩が、鞄からごそごそと何かを取り出した。
「じゃーん! アイシングセット~」
「アイシング?」
「そ、百均に売っててさ。橘君もやってみない?」
ああ、それ、ネットで見たことある。クッキーに絵を描くやつだ。
うーん、でも、上手にできる自信ないなあ……
「橘君美術部だし、絵、うまいでしょ」
「えぇーっと……」
早瀬先輩はにっこり笑って言った。
「それに、これ、一条君にも渡すつもりなんじゃないの? アイシングしたらきっとびっくりするだろうなあ~」
なに、それは……先輩のびっくりする顔は、見てみたい。
ちょっと頑張ってみようかな。井上先輩の分も作っちゃおう。
「少し、もらえますか?」
その言葉に、早瀬先輩は快く頷いてくれた。
「もっちろん! たくさんあるから、じゃんじゃん使っちゃって!」
気合を入れるように、クッキーの最後の一枚をほおばる。
少し冷めたクッキーはサクサクで、今までで一番の出来だった。
「ごちそうさまでした」
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