一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百九十八話 弁当

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 ばあちゃんがいろいろおかずを持って来てくれた。
 きんぴらごぼうにたくあん炒め、高菜炒め、そんでじゃこときたもんだ。見事にご飯のお供がそろったなあ。それに、じいちゃんがサイクリングに行くときに持って行く弁当の定番でもある。
 こりゃ、どこか行かないともったいないだろうよ。

 というわけで、ぶらりとサイクリングに出かけることにした。弁当と水筒、スマホ、財布を入れたリュックサックをかごに入れ、向かう先は……どこだろう。
 弁当食べられる場所がいいなあ。となると、公園か。
 昨晩降った雨はとうにやみ、黒雲は空の隅の方に追いやられている。入道雲と青空のコントラストがまぶしい。乾き始めた水たまりに光が差し、きらきらときらめいている。
 せっかく天気いいし、ちょっと遠くの公園に行くか。
 緩やかな上り坂になっている道を行く。車の往来が多い一方、近くに、足を踏み入れられないほどうっそうと茂る木々があるので、なんだか変な感じである。
「ふー……っ、と。よいしょっ」
 急な坂もしんどいが、緩やかな上り坂もなかなか足にくるのである。
 下り坂をのろのろと走っていく。次第に景色が開けていき、草原にも似た色合いの田畑が見えてきた。おお、これは気持ちがいい。ここまでくると途端に車が減り、どことなく空気が爽やかである。
 そういやあの公園、結構広いよなあ。遊ぶとこもいっぱいあるし、何なら、クーラーの効いた建物もあるくらいだ。よっぽど暑くなったら、そこに逃げ込めばいい。
 でっかいグラウンドみたいなところがあって、自分たちでサッカーボールとか持って行って遊べるようになっている。ただ走るだけでも気持ちのいい場所なんだ。風が気持ちよく吹いている場所なので、バドミントンには向かないけど。
 でかい遊具も確かあった気がする。そうそう、滑り台だ。めっちゃ長くて、コロコロしたやつ。あれうまく滑れないと痛い目を見ることになる。あとの遊具は腕力や脚力が無いと遊べないやつだったから、小さい頃の俺は、早々に諦めたものだ。いまだにうんていができるか怪しいものである。
 そんで何よりあの公園の目玉といえば、水辺の広場だろう。広大な池にはいろんな魚が泳いでいるし、立ち入り自由な噴水もある。プールもあったかな。最近行ってないけど、きれいになったらしいと、回覧板にチラシがあったような。
 屋外ステージもあって、ちょっとしたイベントも行われている。夏休みだからなんかやってるかもしれない。人も多いかな。
 まあ、敷地広いし、閑散としてるところもあるだろう。
「案外、行けるもんだな」
 もうちょっとしんどいかと思ったが、思いのほか疲れることなく目的地に到着した。むしろ気持ちがいい。
 駐輪場に自転車を停め、リュックサックを背負う。こんだけの設備があって入園無料なんだよな。
 さて、マップをもらって……どこに行こうか。
 お、展望デッキがある。行ってみよう。
 春になると桜がきれいな並木道も、今は青々とした葉が茂っている。これはこれで涼しげだ。近くに住宅街が見えるっていうのがいいんだよな、この公園。
 大きな噴水がある広場は、ちびっ子とその親らしき人たちでいっぱいだった。自由に噴水の中に入っていいから、暑い夏にはもってこいの場所だろう。案の定、子どもたちはびしょびしょになりながら遊んでいる。
 中央に水が流れ、途中、滝のようになっている階段を上っていく。滝のようになっているところは通路にもなっていて、水のカーテンの裏を通ることができる。
 上った先にはまた噴水がある。ここは立ち入りできないのかな。軽快な音楽が鳴っていて、それに合わせて水がまるで意思を持ったように動いている。噴水をぐるりと囲むように座る場所が設けられているので、噴水そのものがまるでステージのようで、踊る水はさながら舞台役者である。
 展望デッキまでは木陰が涼しい散策路になっている。緩やかな上り坂をのんびり歩いて行く。
 木漏れ日が道に不規則な模様を描き、ちらちらときらめく。セミの合唱も聞こえてきて暑いには暑いが、木漏れ日と水に満ちた空間のおかげで心地よい。小学生くらいの子どもが数人、駆け足で下ってくる。展望デッキには遊具も何もない。確かに、元気が有り余って遊びたいやつには退屈か。
 他のエリアに比べて人通りの少ない道だ。これは、展望デッキにもあまり人がいないだろう。
 坂道を登りきると、つり橋が現れる。なるほど、これを渡らなければ展望デッキには行けないわけだ。高所恐怖症でなくとも、揺れるつり橋はちょっと怖い。まあ、そもそも高所恐怖症だったら展望デッキには来ないか。がっちりとした木材で組まれた展望デッキは、少し湿っていた。
「着いた」
 おお、これは絶景。
 遠くに見える山は濃い緑が密集しているのか黒々としていて、なかなかに迫力がある。手前の方には湖と、それを取り囲むように森がある。風に吹かれ、木々がざわざわと鳴りだす。気持ちいいなあ。
 今見えている池は公園の敷地外にあるやつだろう。ちゃんと管理されているみたいだし、生き物もいるはずで、湖面も揺れ、森も呼吸をするように揺れているが、どこか無機質な感じがする。それは人に見せるためではないからだろうか。そういうさみし気な感じも嫌いじゃない。
「さて、昼飯にするか」
 さっき散策路の途中で、いい感じの東屋を見つけたのだ。そこで食おう。
 来た道を戻る。幸いにも、東屋には誰もおらず、食事をするにも申し分ない清潔さだった。木陰にもなっているし、過ごしやすい。
「いただきます」
 弁当箱を開ける。
 大きめの塩おにぎり六つに、ばあちゃん手製のおかず。目にも幸せだ。
 一つ目のおにぎりをほおばりながら、どのおかずを食べようか考える。まずは、きんぴらごぼうからいくか。
 みずみずしい、とはちょっと違うが、食感がいい。根菜らしい香りにジャキジャキ食感。甘辛い味付けが身に染みるようだ。ごまの風味よく、一緒に炊かれた肉のうま味もあってご飯が進む。
 二つ目のおにぎりはたくあん炒めで。うん、安定のおいしさ。火を通していながらもポリポリとした食感が残っているのがいつもすごいなあと思う。香ばしく、塩気がありながら、優しい甘さが舌をなでる。あっという間におにぎりがなくなってしまうのだ。
 水筒には麦茶。氷が小さくなっていて、二つほど口に流れ込んできた。
 さて、次はじゃこを食おうかな。カリッカリのじゃこは魚の風味が際立っていて、甘味が強めの味付けとよく合う。少しねっちりしたところもうまい。かたまりは、気を付けて食べないと口をけがしてしまいそうなほど鋭利だ。ご飯にねじ込んで食べる。うん、文句なしに合う。
 高菜炒めはしょっぱさがいい。茎の部分のみずみずしさと葉の部分の香ばしさ。ごまの風味もよく、おにぎりの具として優秀過ぎる。のどに詰まらないよう、しっかり噛んで食べないといけない。葉の部分はのどに引っかかりやすいんだ。それさえ気を付ければ、後はうまさを堪能するばかり。
 このおかずたち、ご飯のお供として最高のものであるが、最高過ぎてご飯が足りなくなってしまう。おにぎり、あっという間に食べ終えてしまった。
 仕方ない。ここまで自転車で頑張ってやってきたわけだし、腹も減る。
 少し散策したら、帰ろう。そんで、またおにぎり作って食べるとしよう。お茶漬けもいいな。

「ごちそうさまでした」
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