403 / 846
日常
第三百八十五話 からあげ
しおりを挟む
もうすぐ前期課外も終わるということで、なんか気分が浮き立っている。休み初日とかよりも、休み前日の方がワクワクするのは何だろう。遠足当日より、前の日の晩の方が楽しい、みたいな。
「あ、いたいた。一条ー」
廊下を見れば、早瀬が来ていた。
「なんだ、また手伝いか」
「違う違う。こないだはありがとな」
早瀬は朗らかに礼を言うと続けた。
「いや、実はな。別の頼みがあるというか、俺の頼みではないというか……」
あの早瀬にして、何やら言いづらそうな様子である。何だろうか。
早瀬は少し困ったように笑うと言った。
「調理部でさ、先生やってほしいって、姉ちゃんが」
「……調理部?」
要領を得ない説明だ。無言で話を促せば、早瀬は少し考えこんで、申し訳ないような表情で説明してくれた。
「なんか、一条が料理上手だって噂が姉ちゃんの耳に入ったらしくて……その、俺がちらっと話したのがきっかけなんだけど……それで、調理部で、教えてほしいって……」
「マジか」
「それでさ、とりあえず聞いてみてって言われたんだよな。後期課外の初日に、部活があるらしくて、その時に来れないかーって……」
おいおい、俺は生きるために料理が作れるようになったというだけであって、教えるようなことはできないぞ。しかも、調理部ってお菓子中心だろ。それこそ、お門違いというものである。
どう答えるべきか思い悩んでいると、咲良がやってきた。
「なに、どしたのこんな暑いところで」
「咲良。それがだな……」
事情を話せば、咲良は屈託なく笑った。
「春都が先生かあ。想像つくような、つかないような……」
「人前で教えるとか、そんなん向いてないって」
そう言えば早瀬は苦笑して言った。
「急な話だしさ、まあ、断ってくれてもいいんだけど」
「どうすんの、春都」
「えー……」
できればやりたくない。教えるなんて考えただけでぞっとする。。
「正直言うと、嫌だ」
「だよなあ」
早瀬は分かっていた、というように頷いた。
うーん、でも、このまま断るのもなあ……
「……まあ」
ふと咲良に視線を向ける。咲良はロッカーにもたれかかって「ん?」とこちらを見返す。
「咲良が一緒なら、考えなくもないけど」
「えっ、俺?」
「なるほど。助手付きな!」
早瀬はパチンと指を鳴らす。そういうしぐさが様になるやつだ。
「こいつがいたら、説明はこいつに任せて、俺は技術指導に徹する」
「おー、それいいな。姉ちゃんもどっちかっていうと、レシピとかより技術を教えてほしいみたいだったし」
まあ、教えるほどの技術を持っているとは言い難いが……それくらいなら、まだ、いける。
急に話題の中心に引きずり込まれた咲良は少々混乱しているようだった。
「え? 俺が教えるの? 春都じゃなくて?」
「お前、口は達者だろ。俺より適任だ」
「えぇ~? そうかなあ~?」
落ち着いて来たらしい咲良は、困惑というよりまんざらでもないような表情を浮かべた。
「そういうのってありなの?」
咲良が早瀬に聞けば、早瀬はいつも通りはつらつとした笑みを浮かべて頷いた。
「姉ちゃんに聞いてみないと分かんねーとこもあるけど……結構自由らしいし、良いと思う!」
「じゃ、助手として同行させていただきますか」
やる気満々の咲良である。
あ、そういや何作るんだろう。スイーツ系だったら、百瀬の方が適任のような気がするんだが。
「何を作る予定なんだ?」
その問いに早瀬はたいそうすがすがしい笑みで言った。
「からあげ定食だって! それが昼飯になるらしいから、俺も食いにくるぜ!」
これはまたがっつり系のメニューだな……しかし、からあげ定食となれば、やる気が出るというものである。
「よかったな、春都」
「何がだよ」
「だって、大好物じゃん。気合入るだろ~」
にやにや笑ってこちらを見る咲良がなんだか腹立たしかったので、思いっきり背中を叩いてやったのだった。
「おわ、昼飯、超豪華」
帰って着替えを済ませて部屋を出てみれば、揚げたてのからあげが用意されていた。添えられているのはキャベツで、ご飯は大盛り、みそ汁付きだ。
「鶏むね肉が安かったのよ」
「うまそう。いただきます」
とりあえず、キャベツにドレッシングをかけて、青い味を感じながらどういう順番で食べるかを考える。
うん。まずは、小さいやつから。
凝縮されたうま味、サクサクの衣に歯を入れればジュワッと肉汁があふれ出す。にんにく醤油だが、夜に食べるのとは違ってほのかな感じだ。昼ご飯にもってこいの味付けだ。
みそ汁はわかめと豆腐。シンプルな具がうまい。
さて次は少し大きめのやつを。皮もついているので、食べ応えがあるのだ。カリふわっとした表面に染み出すうま味、皮のところはもちもちで、身はプリプリだ。さっき食べた小さいやつより、肉汁が多い。
マヨネーズをつけて食べてみる。一気にご飯が進む味になった。
むね肉はぱさぱさしている、とかいうけれど、このさっぱりとした味わいにニンニク醤油の風味と衣の香ばしさが合わさると、十分満足できる味だ。
鶏肉の部位に、優劣はないよなあ。
「そういえば今度さ……」
母さんに調理部に頼まれたことを話せば、母さんは面白そうに笑った。
「あら、それはすごい。先生になるのね、春都」
「あんま気乗りしないけど、からあげ定食らしいし……」
「そう。じゃあ、後でレシピ決めとかないとね。うちはたいていの調味料、適量でやってるけど、教えるならそうもいかないもんね」
そうだった。そこなんだよ、俺が教えるのに向いてない、一番のポイント。
基本、適量。足りないなら足せばいいし、多すぎるならどっかで調整すればいい。……そう教わってきたもんなあ。
ま、頑張るとしよう。
「ごちそうさまでした」
「あ、いたいた。一条ー」
廊下を見れば、早瀬が来ていた。
「なんだ、また手伝いか」
「違う違う。こないだはありがとな」
早瀬は朗らかに礼を言うと続けた。
「いや、実はな。別の頼みがあるというか、俺の頼みではないというか……」
あの早瀬にして、何やら言いづらそうな様子である。何だろうか。
早瀬は少し困ったように笑うと言った。
「調理部でさ、先生やってほしいって、姉ちゃんが」
「……調理部?」
要領を得ない説明だ。無言で話を促せば、早瀬は少し考えこんで、申し訳ないような表情で説明してくれた。
「なんか、一条が料理上手だって噂が姉ちゃんの耳に入ったらしくて……その、俺がちらっと話したのがきっかけなんだけど……それで、調理部で、教えてほしいって……」
「マジか」
「それでさ、とりあえず聞いてみてって言われたんだよな。後期課外の初日に、部活があるらしくて、その時に来れないかーって……」
おいおい、俺は生きるために料理が作れるようになったというだけであって、教えるようなことはできないぞ。しかも、調理部ってお菓子中心だろ。それこそ、お門違いというものである。
どう答えるべきか思い悩んでいると、咲良がやってきた。
「なに、どしたのこんな暑いところで」
「咲良。それがだな……」
事情を話せば、咲良は屈託なく笑った。
「春都が先生かあ。想像つくような、つかないような……」
「人前で教えるとか、そんなん向いてないって」
そう言えば早瀬は苦笑して言った。
「急な話だしさ、まあ、断ってくれてもいいんだけど」
「どうすんの、春都」
「えー……」
できればやりたくない。教えるなんて考えただけでぞっとする。。
「正直言うと、嫌だ」
「だよなあ」
早瀬は分かっていた、というように頷いた。
うーん、でも、このまま断るのもなあ……
「……まあ」
ふと咲良に視線を向ける。咲良はロッカーにもたれかかって「ん?」とこちらを見返す。
「咲良が一緒なら、考えなくもないけど」
「えっ、俺?」
「なるほど。助手付きな!」
早瀬はパチンと指を鳴らす。そういうしぐさが様になるやつだ。
「こいつがいたら、説明はこいつに任せて、俺は技術指導に徹する」
「おー、それいいな。姉ちゃんもどっちかっていうと、レシピとかより技術を教えてほしいみたいだったし」
まあ、教えるほどの技術を持っているとは言い難いが……それくらいなら、まだ、いける。
急に話題の中心に引きずり込まれた咲良は少々混乱しているようだった。
「え? 俺が教えるの? 春都じゃなくて?」
「お前、口は達者だろ。俺より適任だ」
「えぇ~? そうかなあ~?」
落ち着いて来たらしい咲良は、困惑というよりまんざらでもないような表情を浮かべた。
「そういうのってありなの?」
咲良が早瀬に聞けば、早瀬はいつも通りはつらつとした笑みを浮かべて頷いた。
「姉ちゃんに聞いてみないと分かんねーとこもあるけど……結構自由らしいし、良いと思う!」
「じゃ、助手として同行させていただきますか」
やる気満々の咲良である。
あ、そういや何作るんだろう。スイーツ系だったら、百瀬の方が適任のような気がするんだが。
「何を作る予定なんだ?」
その問いに早瀬はたいそうすがすがしい笑みで言った。
「からあげ定食だって! それが昼飯になるらしいから、俺も食いにくるぜ!」
これはまたがっつり系のメニューだな……しかし、からあげ定食となれば、やる気が出るというものである。
「よかったな、春都」
「何がだよ」
「だって、大好物じゃん。気合入るだろ~」
にやにや笑ってこちらを見る咲良がなんだか腹立たしかったので、思いっきり背中を叩いてやったのだった。
「おわ、昼飯、超豪華」
帰って着替えを済ませて部屋を出てみれば、揚げたてのからあげが用意されていた。添えられているのはキャベツで、ご飯は大盛り、みそ汁付きだ。
「鶏むね肉が安かったのよ」
「うまそう。いただきます」
とりあえず、キャベツにドレッシングをかけて、青い味を感じながらどういう順番で食べるかを考える。
うん。まずは、小さいやつから。
凝縮されたうま味、サクサクの衣に歯を入れればジュワッと肉汁があふれ出す。にんにく醤油だが、夜に食べるのとは違ってほのかな感じだ。昼ご飯にもってこいの味付けだ。
みそ汁はわかめと豆腐。シンプルな具がうまい。
さて次は少し大きめのやつを。皮もついているので、食べ応えがあるのだ。カリふわっとした表面に染み出すうま味、皮のところはもちもちで、身はプリプリだ。さっき食べた小さいやつより、肉汁が多い。
マヨネーズをつけて食べてみる。一気にご飯が進む味になった。
むね肉はぱさぱさしている、とかいうけれど、このさっぱりとした味わいにニンニク醤油の風味と衣の香ばしさが合わさると、十分満足できる味だ。
鶏肉の部位に、優劣はないよなあ。
「そういえば今度さ……」
母さんに調理部に頼まれたことを話せば、母さんは面白そうに笑った。
「あら、それはすごい。先生になるのね、春都」
「あんま気乗りしないけど、からあげ定食らしいし……」
「そう。じゃあ、後でレシピ決めとかないとね。うちはたいていの調味料、適量でやってるけど、教えるならそうもいかないもんね」
そうだった。そこなんだよ、俺が教えるのに向いてない、一番のポイント。
基本、適量。足りないなら足せばいいし、多すぎるならどっかで調整すればいい。……そう教わってきたもんなあ。
ま、頑張るとしよう。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる