一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百八十一話 辛子明太子

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『夏休みになり、観光地は大賑わい! こちらの海では……』
 テレビを見ていたら、夏休み特番みたいなのが始まった。おお、海、人めっちゃいるなあ。泳げてないだろ、これ。
「そーいや、海行きたいなーって咲良と話してたなあ」
「へえ、いいじゃん。楽しそう」
 台所でコーヒーを入れていた父さんが笑って言った。
「せっかくだから行っておいでよ」
「でも、子どもだけじゃ心配よね」
 と、パソコンから顔を上げて母さんが言った。
「いろんな人いるから、ああいうとこって」
「あー……」
 それもそうか。テレビに映る海もイモ洗い状態だし、海の家もいろいろあるもんなあ。
 ふと時計に視線を移す。今日は咲良と会う約束をしていた。図書館で勉強して、それから、プレジャスにでも行こうという話だ。
「そろそろ行ってくる」
「はーい。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 外に出ると、セミの声が一段と大きく聞こえてきた。
 ああ、夏だなあ。

 自転車で図書館に向かう。咲良はまだ来ていないようだった。
「図書館の中で待ってるか……」
 咲良にメッセージを送り、館内に入る。外は蒸し暑くて日差しも肌が焦げるように暑いのだ。本のために適温に維持された館内は、人にも心地いいのである。
 入り口付近の新刊コーナーを眺めていたら、咲良がやってきた。
「よぉ」
「お、来たか」
「聞いてよ、それがさ……」
 奥の勉強スペースに向かいながら咲良は楽しそうに話す。
「行きがけに犬見かけてさ~。散歩途中の犬なんだけど、すっげえ人懐っこくて~」
「うん」
「めっちゃじゃれついてくんの。斜め走りしてたなあ」
「はは、たまにいるよな、そういうの」
 うちのうめずはたいていの人とうまくやってるが、本気でじゃれついてくるのは、家族にだけなんだよな。
 家族以外で特にじゃれついてんのは誰かなあ。咲良とか、あとは……田中さんか。
「あ、なんか見覚えある人がいる」
 勉強スペースに着いたところで咲良が言った。見れば確かに、見覚えのある人がいた。田中さんと山下さんだ。
 向こうもこちらに気が付いたようで「おっ」と山下さんが手を振った。
「こんにちは」
「どーもぉ。二人もお勉強?」
「宿題が多いんすよね~」
 向かいに座ると、山下さんは課題を閉じた。田中さんが何か言いたげだったが、諦めたようにため息をついた。なんかその気持ち、分かる。咲良は背もたれに身を預けた。
「とっとと終わらせて遊び倒したいんすよ。海とか行きたい」
「海か」
 田中さんはつぶやくと、山下さんと視線を合わせる。
 どうしたのかと思っていたら、楽しげに笑った田中さんが言った。
「実はな、俺たち今度、海の家でバイトすることになってんだ」
「えっ、そうなんですか」
「ああ。俺のバイト先の人の知り合いが、海の家やってるらしいんだけど、人手が足りないらしくて。それでな」
「そーなんだよ。ま、バイトだから海で遊ぶわけには行かないけど、楽しそうだし」
 と、山下さんも笑う。隣を見れば、咲良が実に分かりやすい表情を浮かべていた。うらやましい、と顔に書いてあるように見える。
 するとそれを見た山下さんが言ったものだ。
「よかったらさ、俺たちと一緒に行こうよ、海。送迎するよ」
「えっ、マジすか!」
 一瞬声が大きくなった咲良だが、ここが図書館だということを思い出して口に手を当てた。田中さんは面白そうに笑った。
「ああ、構わないよ。君たちさえよければ」
「行きたいです」
「それじゃあ、親御さんにも聞いておいで」
 海の家でのバイトは、ちょうど夏休みの課外が休みになるころだった。何と都合のいい。
 これはますます、課題を早く終わらせないとなあ。

 家に帰って父さんと母さんにこのことを話せば、快く納得してくれた。
「二人ともしっかりしてるみたいだから、安心ね」
 晩ご飯の配膳を手伝う。今日はご飯に具だくさんのみそ汁、明太子だ。明太子はプレジャスで買ってきた。母さんに頼まれていたんだ。
「しかもその海水浴場、観光客とか少ないみたいだから、いいんじゃない? 近くにプールもあったはずだよ」
 席に着きながら、父さんは言った。確か田中さんたちも、同じようなことを言っていた。プールの利用客が多くて、その人たちが海の家を利用するんだって。
 咲良は早々に親に電話して許可をもらっていたな。それじゃあ、海、行けるぞ。
 いつ行くかは後で咲良と話してみるとして、今は飯だ。
「いただきます」
 ニンジンに大根、厚揚げを薄く切ったものが入ったみそ汁。豚汁のようだが、豚は入っていない。厚揚げから染み出すうま味が効いていて、野菜の甘味も程よい。ほくほくしたニンジン、味の染みた大根、厚揚げはフルフルで、ネギのしゃきしゃきした食感とさわやかな風味がおいしいなあ。豚汁よりはあっさりしている。
 ホカホカご飯に明太子。いい光景だ。
 舌にのせると、ご飯の温かさで際立つ辛み。次いで、魚卵の塩気とうま味。ひんやりした舌触りもいいなあ。ご飯のほかほかと、明太子のひんやり、塩気と辛み。この塩梅がたまらない。明太子を食べて、ご飯を食べて、そしたらまた塩気が欲しくなるから明太子を食べて……このループが止められない。
「明日は、炙ろうか」
 母さんが言い、父さんも頷く。
「炙り明太子、おいしいもんねえ」
 そうそう。朝飯で炙り明太子が出てくると、すごい豪華な気分になるんだ。
 あ、明太マヨにするものいい。辛みと塩分が幾分か和らいで、食べやすくなる。食べやすくなるということは、ご飯もより進むということで。
 明太子、ご飯がどんどん減っていく、恐ろしい食べ物だな。

「ごちそうさまでした」
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