一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百七十話 餃子

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「春都、お使い頼んでいい?」
 朝食を終えて父さんと洗濯を干していたら、台所にいた母さんに呼ばれた。
「いいよ。何買うの」
「餃子の材料」
 おっ、ということは、今日の晩飯は餃子か。
「それじゃあ、キャベツとひき肉と……」
「にんにくとかショウガもあったら買ってきて。チューブもいいけど、せっかくだから」
「了解」
 刻んでいれるとうまいんだよな。やっぱ風味が違う。
 花丸スーパーに行ったら揃うかなあ。

 いい天気だ。自転車に乗ると気持ちがいい。暑いことには暑いが、その暑さが無性にうれしいときがある。百瀬はいつもこんな気分なのだろうか。何かが始まりそうな、そわそわする感じだ。
 うめずの散歩には向かないがなあ。
「涼し~……」
 この時期の花丸スーパーは涼しくていい。というか、寒いくらいだ。働いてる人たち、長袖着てるもんな。
 さて、とりあえずキャベツ買おう。半玉か一玉か……ま、余ればなんか使えるだろ。たっぷり入ってた方がうまいし、一玉買っとこう。ざく切りにしてポン酢かけてもうまいんだよな。
 にんにくもショウガもきれいなのがあってよかった。
 あとはひき肉と皮か。豚ひき肉、特用パックがあるのでそれにする。皮は何枚買えば十分かな。一袋五十枚だから……二袋買えば足りるかな。
「おっ、一条君」
「こんにちは、田中さん」
 商品のチェックをしていたらしい田中さんが、愛想のいい笑みを浮かべてやってきた。相変わらず、夏だろうとなんだろうと爽やかな人だなあ。
「今日は……餃子か?」
「正解です。よく分かりましたね」
「まあ、餃子の皮があるからな。手作り餃子、いいなあ。にらは入れないのか?」
「うちじゃ入れませんねぇ」
 家庭の味が出やすいものの代表といえばカレーだが、餃子も出るよな。にらの有無、ひき肉の種類、キャベツ、白菜、味付け。同じ料理を思い浮かべているはずなのに、想像している味は違う。つくづく、面白い。
 田中さんは「そうなんだ」と楽しげに笑った。
「やっぱ家によって違うんだね。ああ、そういえば晃は、餃子といえば茹で餃子のイメージがあるって言ってたよ」
「本場じゃ茹でが主流らしいですよ」
「おっ、そうなんだ。もしかしたらあいつ、その情報を知って言ったのかもしれないな」
 はは、と田中さんは笑った。
 確かに山下さんならやりそうだ。

 夕方、母さんは仕事があるらしいので、餃子は父さんと二人で作ることになった。
 キャベツはフードプロセッサーで細かくして、塩もみして水気を切る。にんにくとショウガは刻むとしよう。それをひき肉と混ぜて、塩コショウ、醤油、酒で味付けをする。色々入れるのもうまいが、うちで作るのはシンプルなものだ。
 すぐ焼けるように、ホットプレートに油をひいて、作ったらそこにのせていく。
「図書委員の報告会は、どうやって行くんだ?」
 父さんは器用にひだを作りながら聞いてくる。
「先生が運転するって」
「お、それじゃあみんなで揃っていくのか。楽しそうだなあ」
「時間があったらショッピングモールも行くって」
 そう言えば父さんは「ああ、近くにあるもんな」とすぐにピンと来たようだった。
「あそこはね、ご飯屋さんが充実してるよ。フードコートもあるし、レストラン街もある。デザート系のお店もたくさんあったんじゃないかなあ」
「行ったことあるんだ」
「ほら、あそこってドームと続いているだろう? そこに向かう通路は分かる?」
 野球を見に行ったときはいつも通る道だろう。簡単な屋根はあるが空がよく見えて、南国風のレイアウトがワクワクするあの通路だ。ショッピングモールとドームをつないでいて、年季が入って少し寂し気なところもいい。
「ああ、分かる」
「そこに得意先の店があってね。季節によってはよく行くよ」
「えー、いいなー」
「試合がないときは人少なくて、静かだよ。春都、そういうとこ好きでしょ」
 確かに、好きだな。にぎやかなのもいいけど、そういう、人に忘れ去られたような、でも人の気配があるような場所、かなり好き。
「はー、終わった終わった」
「お疲れー」
 自室で仕事をしていた母さんが戻ってきた。こっちもすっかり準備が終わっている。あとは、風呂入って焼くだけだ。

「どう? 焼けてきた?」
 先に風呂から上がっていた父さんと母さんに聞く。
「いい感じだよ」
 ホットプレートの近くで番をしていた父さんが言う。母さんは飲み物を持ってきた。
「二人に任せて正解だわ。几帳面に包むから」
「母さん、いっつも肉だね、はみ出すもんね」
「たくさんの方がおいしいでしょー?」
 まあ、その気持ちも分からなくはないのだが。
 今日のたれはどうしようかな。いろいろ試そうか。
「いただきます」
 まずはポン酢だけで。カリッカリに焼けた皮にポン酢をつける。そして端の方から、やけどしないように口に含み……あ、もうこの時点で香りがうまいや。
 噛むと、肉汁とポン酢がジュワッと口に広がる。皮は香ばしく、肉だねはにんにくとショウガの香りがとてもいい。肉そのものもシンプルな味付けでうま味が引き立つ。ポン酢のさわやかさはやはり、餃子によく合うのだ。
 次は酢にポン酢を少し垂らし、こしょうとラー油を加えたたれで。
「ん~、すっぱ!」
 母さんも同じたれで食べたようで、どうやら酢を多く入れすぎたらしかった。父さんはポン酢で食べている。
「それ、酸っぱいもんね」
「でもおいしいよ」
 確かに、ポン酢だけで食べるよりは格段に酸味が強い。むせかえりそうなほどだ。しかし、それがまた進むんだ。餃子も、ご飯も。こしょうのピリリとした刺激にラー油のじわじわやってくる辛み、酢の容赦ない酸味、ほのかに香るポン酢のうま味。肉の味に合わないわけがないんだよな。
 熱いうちは半分ずつ食べて、肉の面にたれをたっぷり含ませて食うのもいい。少し冷めてきたら一口で食ってみるのもありだ。細かく食べると、ひとつひとつの素材の味がよく分かるし、いっぺんに食うと、すべての食材のうま味が相まったおいしさが楽しめる。
 熱々を一口でいくと……熱さに気を取られてそれどころじゃないし、下手したら酸味でむせてえらいことになる。でもやっぱ、熱いの一口でいくの、うまいんだ。
 たれのついたご飯をかきこむ。ほのかに肉だねのうま味があっておいしい。
 ま、どう食うにしても、おいしく食えるのが一番だよな。
 今日はしこたま楽しめたので、それでよしである。

「ごちそうさまでした」
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