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日常
第三百五十九話 カレーうどん
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「お」
朝、身支度を整えていたら、スマホが鳴った。父さんだ。
「わうっ」
「今日、帰ってくるってさ。母さんも一緒だって」
この時期は出張で出ずっぱり、というよりも、家からあっちこっち行ったりオンラインでやり取りしたり、というのが中心になるんだよな。忙しいときもあるけど、たいてい、夏場は家族がそろってるって印象だ。
「晩飯、カレーでいいかな」
もう材料買っちまったんだよなあ。ご飯も一人だし、冷凍でいいかと思ってたぐらいだから、家族全員分はまかなえない。
ま、いいや。何とかなるだろ。
とりあえず、今日の晩飯はカレーだということは送っておいた。
図書館は絶好の避暑地である。別荘地やらなにやら世間では騒がしいが、俺的には夏を過ごすにあたって、図書館というものは必要不可欠に思う。
昼休み、晩飯のことをつらつらと考えながら図書館に向かう。
「先生、カレーってどうやって食べます?」
カウンターのところまで椅子を持って来て、先生の隣に座る。先生は雑誌の付録抜きをしていたが、その手をいったん止めて答えた。
「そりゃあ……ご飯にかけて」
「ですよねえ」
「ああ、カレーにもよるが、ナンもうまいな」
ナン、か。ナンだったら野菜たっぷりのドライカレーとかが合いそうだ。しかし今日作る予定なのはがっつり日本式のカレーである。とろみがあって、まさしく白米に合うような、福神漬けやらっきょうが合うような。
「帰って炊くかあ」
「なんだ、晩飯の相談だったのか」
「材料はあるんですけど、ご飯が足りないんですよ。両親帰ってくるって、今朝知ったもので」
「カレーは決定事項なんだな」
「材料があるから、ってのもありますけど。何より今日はどうしてもカレーが食いたい気分なんです」
その気持ちは分かるなあ、と先生は付録抜きの続きを始めた。
「手伝いましょうか」
「お、いいのか? 助かる」
やけに粘着力のある袋なんだ、これが。引きちぎるようにして外袋を開け、付属のポーチを取り出す。ビニール臭い。
「カレーなあ。ものによっては、つまみになるな」
なるほど、それはお酒を飲む大人ならではの発想だ。それなら自分の分だけ米用意しとけばいいから、当初の予定通りでいい。
でもたぶん、二人のことだから、カレーだけじゃすまないだろうなあ。
何か雑誌に載っていないだろうか。ぺらぺらとめくるが、なんかよく分からんことばっかり書いてある。
「先生、この雑誌、付録ついてないですけど」
「ん、おや。混ざってたか。別にしておいてくれ」
「はい」
明るい色のその表紙には、いろいろなうどんの写真が載っている。ああ、これ、テレビでやってるやつだ。地元のうどん店特化型のグルメ番組とでもいうのだろうか、表紙に載っている人に見覚えがあった。
「あ、カレーうどん」
どうして今まで思い至らなかったのだろう。炭水化物は何も米やパンだけではないのだ。
「カレーうどんにします」
「そうか。解決してよかったな」
先生は言うと、付属のしおりを雑誌から丁寧に切り離した。
「カレーそば、というのもいいけどな。ラーメンもいける」
「悩ませないでくださいよ、せっかく決めたのに」
「はは、すまんすまん」
しかし今日はうどんだ。そう決めた。
「ただいまー」
カレーが程よく煮込めたところで、父さんと母さんは帰ってきた。
「おかえり」
「あー、いい香りねえ」
「春都、これお土産」
「ありがとう」
父さんが買ってきたのはとうもろこしのお茶だった。とうもろこしのお茶は結構好きだ。ほのかに甘くて、おいしい。せっかくだから、晩飯の時に飲もう。
「水で出してもいいけど、お湯の方が早いだろうね。入れようか?」
「よろしく。ご飯仕上げるから」
「じゃ、母さんはお風呂に入って来まーす」
うどんはレンジでチンして丼に。カレーは出汁を入れて引き伸ばしている。カレーを作って、次の日にカレーうどんにする、っていうのはよくやるけど、最初っからカレーうどんを作るなんてことは、そういえばあまりないかもしれない。
父さんも母さんも風呂から上がったタイミングでうどんにカレーをかける。
「はい、お待たせ」
具材は少し小さめに切ったので、だいぶとろけている。うまそうな香りだなあ。
「いただきます」
しっかり麺と絡めて、ひとすすり。
ああ、これこれ。このスパイスの香りともちもち食感の麺。玉ねぎの甘味でまろやかな口当たりだ。口いっぱいにカレーとうどんがあるのって、なんか幸せだ。
ニンジンもほろほろと甘い。こんなにうまかったっけ? ニンジンって。なんか今日はやけにうまく感じる。普段、なんでもないように食べているものが突然うまく感じることってたまにある。この現象、なんなんだろう。
ジャガイモはホックホクだ。とろけた表面とほこほこの中心、カレーの風味。やっぱカレーにジャガイモ、うまい。
「コーン茶、久しぶりに飲むなあ」
「春都が好きだったなあ、と思ってね。買ってきてみた。ここのはうまいんだ」
「あとで私にもちょうだい」
ん、これは……カレーに合う!
いくら日本のカレーとはいえ、食べ進めていくと少しスパイスがきついかな? って思うタイミングがある。
そんな時にこのコーン茶をすする。甘みでスパイス特有のきつさがスッと引いて、一気に食べやすくなるのだ。だからといってうま味も流されるかといえばそうではなく、むしろさっきまでスパイスで隠れていた野菜のうま味が、鼻の奥と口の中に残って、香りと味、両方で楽しめるのだ。
これはうまい。はまってしまいそうだ。
「春都。浴衣は見た?」
母さんが楽し気にビールを飲みながら言う。
「見た。まさか浴衣が届くとは思わなかった」
「似合うと思ったのよね~」
「あ、そん時一緒に届いた桃、凍らせてるからあとで切ろう」
「凍らせた桃? 何それ、すごくおいしそうじゃない」
「お酒にも合いそうでいいじゃないか」
カレーの後の、いい口直しになりそうだな。
「ごちそうさまでした」
朝、身支度を整えていたら、スマホが鳴った。父さんだ。
「わうっ」
「今日、帰ってくるってさ。母さんも一緒だって」
この時期は出張で出ずっぱり、というよりも、家からあっちこっち行ったりオンラインでやり取りしたり、というのが中心になるんだよな。忙しいときもあるけど、たいてい、夏場は家族がそろってるって印象だ。
「晩飯、カレーでいいかな」
もう材料買っちまったんだよなあ。ご飯も一人だし、冷凍でいいかと思ってたぐらいだから、家族全員分はまかなえない。
ま、いいや。何とかなるだろ。
とりあえず、今日の晩飯はカレーだということは送っておいた。
図書館は絶好の避暑地である。別荘地やらなにやら世間では騒がしいが、俺的には夏を過ごすにあたって、図書館というものは必要不可欠に思う。
昼休み、晩飯のことをつらつらと考えながら図書館に向かう。
「先生、カレーってどうやって食べます?」
カウンターのところまで椅子を持って来て、先生の隣に座る。先生は雑誌の付録抜きをしていたが、その手をいったん止めて答えた。
「そりゃあ……ご飯にかけて」
「ですよねえ」
「ああ、カレーにもよるが、ナンもうまいな」
ナン、か。ナンだったら野菜たっぷりのドライカレーとかが合いそうだ。しかし今日作る予定なのはがっつり日本式のカレーである。とろみがあって、まさしく白米に合うような、福神漬けやらっきょうが合うような。
「帰って炊くかあ」
「なんだ、晩飯の相談だったのか」
「材料はあるんですけど、ご飯が足りないんですよ。両親帰ってくるって、今朝知ったもので」
「カレーは決定事項なんだな」
「材料があるから、ってのもありますけど。何より今日はどうしてもカレーが食いたい気分なんです」
その気持ちは分かるなあ、と先生は付録抜きの続きを始めた。
「手伝いましょうか」
「お、いいのか? 助かる」
やけに粘着力のある袋なんだ、これが。引きちぎるようにして外袋を開け、付属のポーチを取り出す。ビニール臭い。
「カレーなあ。ものによっては、つまみになるな」
なるほど、それはお酒を飲む大人ならではの発想だ。それなら自分の分だけ米用意しとけばいいから、当初の予定通りでいい。
でもたぶん、二人のことだから、カレーだけじゃすまないだろうなあ。
何か雑誌に載っていないだろうか。ぺらぺらとめくるが、なんかよく分からんことばっかり書いてある。
「先生、この雑誌、付録ついてないですけど」
「ん、おや。混ざってたか。別にしておいてくれ」
「はい」
明るい色のその表紙には、いろいろなうどんの写真が載っている。ああ、これ、テレビでやってるやつだ。地元のうどん店特化型のグルメ番組とでもいうのだろうか、表紙に載っている人に見覚えがあった。
「あ、カレーうどん」
どうして今まで思い至らなかったのだろう。炭水化物は何も米やパンだけではないのだ。
「カレーうどんにします」
「そうか。解決してよかったな」
先生は言うと、付属のしおりを雑誌から丁寧に切り離した。
「カレーそば、というのもいいけどな。ラーメンもいける」
「悩ませないでくださいよ、せっかく決めたのに」
「はは、すまんすまん」
しかし今日はうどんだ。そう決めた。
「ただいまー」
カレーが程よく煮込めたところで、父さんと母さんは帰ってきた。
「おかえり」
「あー、いい香りねえ」
「春都、これお土産」
「ありがとう」
父さんが買ってきたのはとうもろこしのお茶だった。とうもろこしのお茶は結構好きだ。ほのかに甘くて、おいしい。せっかくだから、晩飯の時に飲もう。
「水で出してもいいけど、お湯の方が早いだろうね。入れようか?」
「よろしく。ご飯仕上げるから」
「じゃ、母さんはお風呂に入って来まーす」
うどんはレンジでチンして丼に。カレーは出汁を入れて引き伸ばしている。カレーを作って、次の日にカレーうどんにする、っていうのはよくやるけど、最初っからカレーうどんを作るなんてことは、そういえばあまりないかもしれない。
父さんも母さんも風呂から上がったタイミングでうどんにカレーをかける。
「はい、お待たせ」
具材は少し小さめに切ったので、だいぶとろけている。うまそうな香りだなあ。
「いただきます」
しっかり麺と絡めて、ひとすすり。
ああ、これこれ。このスパイスの香りともちもち食感の麺。玉ねぎの甘味でまろやかな口当たりだ。口いっぱいにカレーとうどんがあるのって、なんか幸せだ。
ニンジンもほろほろと甘い。こんなにうまかったっけ? ニンジンって。なんか今日はやけにうまく感じる。普段、なんでもないように食べているものが突然うまく感じることってたまにある。この現象、なんなんだろう。
ジャガイモはホックホクだ。とろけた表面とほこほこの中心、カレーの風味。やっぱカレーにジャガイモ、うまい。
「コーン茶、久しぶりに飲むなあ」
「春都が好きだったなあ、と思ってね。買ってきてみた。ここのはうまいんだ」
「あとで私にもちょうだい」
ん、これは……カレーに合う!
いくら日本のカレーとはいえ、食べ進めていくと少しスパイスがきついかな? って思うタイミングがある。
そんな時にこのコーン茶をすする。甘みでスパイス特有のきつさがスッと引いて、一気に食べやすくなるのだ。だからといってうま味も流されるかといえばそうではなく、むしろさっきまでスパイスで隠れていた野菜のうま味が、鼻の奥と口の中に残って、香りと味、両方で楽しめるのだ。
これはうまい。はまってしまいそうだ。
「春都。浴衣は見た?」
母さんが楽し気にビールを飲みながら言う。
「見た。まさか浴衣が届くとは思わなかった」
「似合うと思ったのよね~」
「あ、そん時一緒に届いた桃、凍らせてるからあとで切ろう」
「凍らせた桃? 何それ、すごくおいしそうじゃない」
「お酒にも合いそうでいいじゃないか」
カレーの後の、いい口直しになりそうだな。
「ごちそうさまでした」
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