一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百五十五話 冷やしうどん

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 連日の猛暑ですっかりくたびれてしまった。
 クーラーの効いた裏の部屋。カーテンを閉めてはいるが、差し込む太陽の光は存在感を増すばかりである。
 ソファに横になり、ぼんやりと天井を見上げる。小さいころ、風邪をひいたらいつもこの部屋で寝ていたよなあ。天井の木目が人の顔とかに見えて怖かったっけ。元気な時に見ても不気味なのに、風邪ひいて心細いときに見るともう、半泣きだよな。
「春都、今、忙しい?」
 店の方に出ていたばあちゃんが部屋にやってくる。
「いやー、暇」
「じゃあ手伝って」
「んー? 何を?」
 上体を起こし、立ち上がる。ばあちゃんはもう台所の方に行っていた。
 キッチンペーパーに塩を盛り、渡される。ああ、なるほど。
「水換えか」
「そう。暑いせいか、すぐ濁るのよ」
 店には金魚の水槽がある。幼いころに夏祭りの金魚すくいでうちに連れ帰ってきた金魚たちだが、今じゃもうずいぶん大きくなったものだ。夏祭りの金魚は長生きしないと聞くが、うちの金魚はもう十年近く生きている。
「あっついなあ~」
 外は蒸し暑いというか、じりじりと焼けるようというか、とにかく熱気がすごい。
 大きな水槽の中で、金魚たちはゆらゆらとのんびり泳いでいる。確かに、ずいぶん汚れているなあ。
 金魚の水替えとか、生育環境を整えるのって、結構神経を使うらしい。けど、うちの金魚たちは、夏は灼熱、冬は極寒という実に過酷な状況に置かれている。水替えも半分ずつとかそういうことはしなくて、ザバザバと思い切りがいいものだ。
 それで長生きしているのだから、なかなかタフだよなあ。
 しいて気を付けていることといえば、水に塩を溶かしていることだろう。水槽を買いに行ったときに、同じく買い物に来ていた人から教えてもらって、それからずっとそうしている。あとはまあ、水がいいのかな、とじいちゃんとばあちゃんは言う。井戸水で、そのまま飲めるほどきれいなんだとか。
 酸素を送り込むホースを外し、水槽を表まで運ぶ。重いことこの上ない。
 大きめのバケツに水を張って、金魚たちには一時的にこちらに移動してもらっておく。ひらひらと優雅な尾びれの真っ赤な金魚に、紅白のめでたい金魚、真っ白なベールのような尾びれの金魚、計五匹。どいつもこいつも元気いっぱいだ。
「おーい、逃げるなよ~。キレイにするんだからさあ」
「はは、元気いっぱいだな」
「早い早い……うわっ、そんな暴れんなって!」
 じいちゃんは、水槽に敷いてある砂利を洗う。
 水槽の掃除はかなり骨が折れる。緑色の汚れがこびりついているのでスポンジなんかでこすって落とす。
「こうも暑いと、外に出る人も少ないからな」
 小さなバケツに石を入れてガラガラと洗いながら、じいちゃんは言った。
 夏場は修理も増える一方、暑すぎると外出することも減るから、お客さんが来ない日もあるのだという。
「こういう日じゃないと、掃除なんかできん」
「忙しいもんねえ」
 よし、ずいぶんきれいになったんじゃないか? あー、汗だくだ。
 確かに、見れば人通りがいつにもまして少ない。車の通りすら無いくらいだ。セミこそ鳴いてないものの、じりじりと焼けつくような日差しが容赦なく降り注いでくるので、気分は真夏だ。
 金魚も煮えてしまいそうだな。
 井戸水は、出始めは暖かい。しばらく出しているとすっかり冷えて、気持ちのいい温度になる。きんっきんだから、夏場はよく水遊びをしたものだ。
 砂利を戻したら塩を入れ、水を入れてよく溶かす。半分より少し少なめに水を入れたら、金魚を移す。バケツの中でじっと休んでいた金魚たちは、相変わらずの元気の良さだ。
 水槽を元の場所に持って行き、蛇口につけていたホースを長めのものに付け替える。水槽まで伸ばしたら、水をたっぷり入れる。水流に金魚たちがほんろうされている。
 酸素を送り込むホースをつなぐと、水槽に気泡が生まれ始める。すっかりきれいになった水槽で、金魚たちはしばらくじっとしていたが、やがて悠々と泳ぎ始めた。
 気持ちよさそうだなあ。
「手伝ってくれてありがとうな」
 じいちゃんは、ふうと息をつくと少し笑った。
「汚れているのは分かっていたが、時間がなくてなあ」
「やっぱきれいだと気持ちよさそう」
「ああ、替えられてよかったよ」
 網やバケツ、スポンジの片付けをする。この日差しだと、すぐに乾きそうだ。
「お疲れさま。ありがとうねえ」
 部屋に戻ると、ばあちゃんが昼ご飯の準備をしてくれていた。
「着替えておいで。お昼にしよう」
「うん。ありがとう」
 最近買った上下セットのシャツと短パン。アニメコラボでデフォルメされたキャラクターが胸元とズボンのすそにプリントされている。部屋着ではあるが、ちょっと外に出る分にもいい感じだ。
 居間に戻る。テーブルにはすっかり昼食が準備されていた。冷やしうどんか。
「いただきます」
 とりあえず麦茶をあおる。あー、冷え冷えの麦茶、染みるなあ。
 さて、うどんにのっているのは……オクラ、ネギ、天かすにとり天か。オクラは湯通しされ、ポン酢で味付けされているようだ。
 熱い季節に冷やしうどん。しかもつるつるの食材が一緒となると、もう最高だな。オクラの、酸味のある味付けにザクザクとした食感、そしてねばねばとろとろの口当たり。うどんとよく合うのだ。
 青い風味は、麺つゆの甘味で程よく香る。プチッとはじける種がうまい。
 ネギのさわやかな風味もうどんにぴったりだ。しっかり冷えたうどんは、つるつるとすすりやすく、モチモチと食べ応えがある。
 天かすの食べ応えもいいなあ。
「とり天、食べた?」
「まだ」
「作ってみたんだけど、どうかな」
 なんと、出来立てだったのか。それは食べなければ。
 サクッとした衣はほんのり甘いようだ。そしてプリプリの身……胸肉だな。いい食感で、味付けも程よい。塩辛くなく、鶏のうま味を引き立てながらも臭みはない。そしてこの温度差。ほんのりぬくいとり天と冷たいうどん。最高だ。
「めっちゃおいしい」
「よかった」
 うどんのさっぱりとした感じにオクラのねばねば、ネギのさわやかさと天かすの濃さに、とり天の食べ応え。
 これはうまい。冷やしうどん、はまってしまいそうだ。
 今度は何をのせようかなあ。山芋とかもいいかも。
 冷やしうどん、侮れないなあ。

「ごちそうさまでした」
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