一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百四十四話 スパゲティミートソース

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「うわっ」
 学校について傘を閉じようとしたら、ぶっ壊れた。なんか閉まりにくいなあ、と思って力任せにやったら骨組みがはじけ飛んだ。
 直せないかと思って見てみるが、こりゃだめだ。ぼっきり折れている。
「どうしたもんかなあ……」
 傘立てにも入らないし、かといって外に置いておくにしても今日は風が強いし、昇降口に置いていたら場所とるし……ああ、でも、もうすぐ予鈴が鳴る。
 ついでに、人の視線も気になる。
 予鈴間近になって登校する生徒たちは増えてくる。そいつらみんな、こっち見てくるんだ。そりゃ俺だって逆の立場なら見るだろうけど。
 そんな人波の中に、見覚えのあるやつがいた。そいつは俺を見つけると、にこにこ笑って近づいてくる。
「どしたの、春都」
「咲良、ちょ、助けて」
「すげー困ってんじゃん」
 咲良は自分の傘を片付けると、再び俺のもとに戻ってきてくれた。
「うわ、ぐちゃぐちゃ」
「なんか、壊れて、それで……」
「パニックになるよなーこういうの。ちょっと貸して?」
「ん」
 咲良は壊れた傘を見ると「なるほどねえ」とつぶやいて、器用に折りたたむ。先ほどよりもずいぶんコンパクトな形になった。これなら傘立ての近くに置いていても邪魔にならなさそうだ。
「これでいんじゃない?」
「ああ、ありがとうな、咲良。すげえ助かった。ほんとに」
 そう言えば咲良は面白そうに笑った。
「なんかさあ、昇降口んとこで変な形になった傘持ってるやついるなあ、壊れたんかなあ、と思ったらさ、春都じゃん? 俺、びっくり」
「いや、ホント。咲良見つけたとき、もう、助かった! って、思った」
「見てて分かったよ。顔がそうだったもん」
 階段を上ろうとしたとき、予鈴が鳴った。階段は濡れて、滑りやすくなっている。
「焦って滑るなよ、春都」
「分かってる」
 ここで滑ろうものなら、俺はもう立ち直れん。今日は一日、慎重にいくとしよう。

 雨が降り続いている昼下がり。やっと気分が落ち着いてきた。
「なんか悪いなー。傘片付けただけなのに、おごってもらって」
 図書館の隅の方の席でぼんやりしていたら、咲良がそう言った。昼飯の時に、飲み物をおごったのだった。
「いや、助かったし、なんかしないと落ち着かない」
「律儀だねえ」
 咲良は言うと、頬杖をついて聞いてきた。
「なんで壊れたの?」
「俺も知りたい。まあ、家出るときにうまく広がらなくて、あれ? とは思ったけど。骨組みがこう、ずれてたんだよな」
「その時点で使うのやめりゃよかったのに」
 ごもっともな意見である。
 しかし、別の傘を取りに戻るのは面倒だったもんで。
「いや、だって、そういうことたまにあるだろ? 広がりづらいこと」
「んーまあ、ないとは言い切れないけど」
「な? そうだろ?」
「君たち、ずいぶん楽しそうだな」
 利用者が少なくて暇を持て余していたらしい漆原先生が、にこにこしながらやってきた。
「傘がどうしたって?」
「あ、それがですね、今朝のことなんですけど……」
 咲良が朝の出来事を話すと、先生は「それは災難だったな」と笑った。
「帰りは大丈夫なのか? 傘、壊れたんだろう」
「それ、俺も思ってた」
 二人に揃って聞かれ、首を縦に振って応える。
「折り畳み傘持って来てるし。大丈夫です」
 その言葉を聞いて、咲良は苦笑した。
「じゃあ、来るときもそっち使えばよかったのに」
「だって折り畳み傘って片付け面倒だろ」
「いや、別に片付けなくても、それこそ傘立ての横にでも置いとけば。場所とらないし?」
 あ、なるほど。その手があったか。
 濡れた折り畳み傘ほど片づけにくくてイライラするものはないと思っていたが、帰りにも使うなら、そうやって置いておくのもありか。
「で、帰って、家で乾かして、片づければいい」
 漆原先生も言うと、咲良は「そうそう」と頷いた。
 ははあ、そんなやり方があったとは。
 すっかり感心しきっていると、咲良は微笑んで言った。
「春都って、頭よくて料理もできて生活力それなりなのに、そういうとこあるよね」
 おそらく褒められていないのであろうということは分かったが、助けてもらった手前、何も言えなかった。

 今日はずいぶん疲れたので、さっと作れる料理にする。
 温めるだけのミートソースでスパゲティだ。麺は鍋で茹でるのではなく、レンジでチンだ。
「タバスコと、粉チーズと……そんなもんか」
 ミートソースは味変が楽しみなのである。
 皿に麺をのせ、そこにソースをかける。大して考えなくていいのが楽だ。
「いただきます」
 まずはそのままで。
 レトルトのミートソースはトマトたっぷりだ。甘みの強いトマトのごろっとジューシーな食感、ミンチ肉の噛みしめるほどに染み出るうま味、麺のつるっとした口当たり。うまいなあ。
 最近、スパゲティが妙にうまく感じる。おいしいと思えるものが増えるのはいいことだ。それだけ楽しみが増える。
 さて、次はチーズをかける。粉チーズの風味は結構強いので、小さい頃はちょっと苦手だった。でも、今じゃあると嬉しい。チーズのコクがトマトと肉にうまくなじんで、うま味が増すと気づいたから。
 そしてタバスコ。
 爽やかな酸味と、きりっとした辛味。味を引き締めるにはもってこいの調味料だ。チーズと合わされば刺激が幾分か和らぐが、味の輪郭は、はっきりとさせたままだ。この組み合わせ、はまっちゃったなあ。
 そんで、そのスパゲティをパンと一緒に食べるうまさよ。
 ソースまでちゃんとぬぐって食う。洗ってもいないのに皿が真っ白になっていくのを見ると、なんだか満ち足りた気持ちになる。
 ああ、そうだ。新しい傘、出しとかないと。
 それも一応、広げてみて、確認しておいた方がよさそうだ。
 雨はまだ当分、続くだろうからな。

「ごちそうさまでした」
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