一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
355 / 843
日常

第三百四十一話 麻婆豆腐

しおりを挟む
「うわ、めっちゃ砂」

 廊下を掃除していた宮野が心底嫌そうな声を上げる。

 避難訓練の後は大体そうだよなあ。それとか、体育祭練習の後とか。なんか教室とかが全体的に埃っぽい。

「ちゃんと洗っていただきたいのだが」

「洗う場所限られてるし、面倒で洗わないやついるもんな」

「それと、中途半端に洗って、そのまま歩いて濡れた砂が落ちて、それが乾燥したとか」

「そうそう」

 教室の窓枠に寄りかかり、廊下をのぞき込む。うん、なんか白い。

 宮野は盛大にため息をつくと、集めた砂をちりとりに集めようとした。その時、換気のために開けられていた窓から風が吹き込み砂を散らし、雑談をしながら駆け抜けて行った二人組の風圧によって、集める前よりもさらに広範囲に砂が広がった。

 しばらくの沈黙の後、宮野は「ああーもう!」と座り込んでしまった。

「せっかく集めたのに。やり直しとか萎える」

「あはは、ドンマイ」

 しばらくうつむいていた宮野だったが、やれやれというように立ち上がると、再びちまちまと集め始めた。

 廊下掃除の人員は二人だけ。しかも今もう一人はごみ捨てに行っている。

 一方教室掃除はといえば、人数多すぎて飽和状態だ。確か事務室と校長室の掃除がないんだったかな。だからそこの掃除当番のやつらが教室にいるんだ。

「手伝うか?」

 そう聞けば宮野は「頼める?」と実に情けない声で言ったものだ。

「何すればいい」

「ほうきもう一本持ってきて、掃くの手伝って……」

「分かった」

 砂とは案外集めにくいもので、少々強く掃かなければいけない。それに、ほうきにまとわりつくので、きれいになったと思っても、ほうきから砂が落ちてきて堂々巡りなのだ。

 見ればよそのクラスも苦戦しているらしい。

「ちょっとずつ集めて捨てて、ってした方がよさそうだ」

 と、宮野はちりとりに砂を収めてごみ箱に捨てた。

「面倒だけど、また散らかされるよりはいい」

「それはそうだ」

 何とか片付くめどが立ったところで、宮野は安堵の息をついた。

「時間内に終わらなかったらさあ、結構先生たちうるさいでしょ? 何ならやり直しとかさせられるし」

 そういやうちの学年の先生の中に、やたらと掃除に命かけてる先生がいるんだよなあ。

「あー、あの先生だろ。ほら」

「そうそう。名前は出てこないけど、あの」

「廊下の番人」

 それはその先生の通称で、毎年、廊下掃除の監視役をしているからとか、通りがかりに過剰なほど注意していくからとか、いろいろないわれがある。

「はもったなあ」

 そう言えば宮野も楽しげに笑った。



 掃除が終われば後は帰るだけだ。なんとか時間内に終え、番人のチェックもつつがなく突破し、帰りのホームルームである。

「来週からはテスト期間だからな。テスト範囲もそろそろ出るし、予習復習はしっかりするように」

 テスト範囲って、どうしてテスト一週間前にしか出ないんだろう。もうちょっと早めに出してくれれば対処のしようがあるのになあ、と思わなくもない。特に期末とか、範囲広いし。

 まあ、期末テストはこの際どうだっていい。問題は……

「それと、体育祭の練習も始まるから、その辺も頭に置いておくように」

 きたよ体育祭。あー、やりたくねえー。

 まかり間違っても何かしらの役にはなりたくない。あ、でもちょっとさぼれそうなやつがあるならいいなあ。体育祭の熱気自体はまあ、強要さえされなければ眺めている分には嫌いじゃないし。

 合法的にさぼれる係があるんなら、やってみたいものだな。

「以上。他に連絡事項のあるやつはいるか?」

 地味に日が照る中、一時間ほど防災教室を受けた後、そこそこの休み時間を経て、古文、数学、極めつけに体育の授業を受けたのだ。教室中がだるい空気に満ちている。たとえ連絡事項があったとしても、明日の朝でいいだろうという雰囲気である。

「ないな? それじゃ、解散」

 先生が言い終わるや否や、誰からともなく立ち上がり、部活に向かうやつら以外は荷物を持ってそそくさと帰っていく。

 ま、俺もそのうちの一人なんだけどな。



 疲れはしたが、飯はしっかり食いたいものである。

 というわけで今日は麻婆豆腐を作る。しかもレトルトじゃなくて、自分で調味料調合して作るやつだ。コチュジャンとか豆板醬とかはある。母さんが色んな調味料を集めるのが好きで、色々揃ってんだ。たまにゲテモノ買ってくるけど。

 こないだ味噌で代用して作って、麻婆豆腐? って感じになったからな……リベンジしたかったんだ。

 まずは、油をひいたフライパンで豚肉をにんにく、しょうが、ネギと一緒に炒めていく。豆板醤も加えて……って、どんぐらい入れりゃいいんだ。うーん、よく分からないから、調べたレシピの分量より少し少なめに。

 炒めたら、酒、コチュジャン、醤油、鶏がらスープの素、砂糖、水を入れてひと煮立ち。砂糖も気持ち少なめにしておこう。

 そんで、賽の目切りした豆腐を入れて、ぐつぐつ煮る。とろみは水溶き片栗粉でつける。

 匂いはいい感じだが、果たして味はどうだろう。仕上げにねぎを散らしごま油を垂らしたら、完成だ。

「いただきます」

 熱々なので、気を付けないと。

 ん、意外と辛くない? いや、あとから来るな、この辛さは。でも嫌な辛さじゃない。なんだか爽やかというか、しつこくないのだ。油っぽくもないし、濃くやうま味もしっかりあっておいしい。キレがいい、という表現が合うかもしれない。

 豆腐にもしっかり味が染みている。淡白な豆腐のうま味はそのままに、中華の調味料の辛さとコクが染み染みだ。

 豚肉のうま味もしっかり効いてる。濃い味付けに負けない肉の食感と味、脂身の甘味。

 これをご飯にかけて食べる贅沢よ。味噌で代用したのもうまかったけど、麻婆豆腐っつったらこの辛さだよな。うん、やっぱコチュジャンとか豆板醤って大事だ。

 ネギのさわやかさもおいしさに一役買っている。ごま油の香りもいい。

 しっかり辛く、うま味もあるのに、脂っこくなくてもったりしない。手作り麻婆豆腐、いいなあ。

 また作ろう。

 大成功だ。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日 *『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11,11/15,11/19 *『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 *『いつもあなたの幸せを。』 9/14 *『伝統行事』 8/24 *『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで *『日常のひとこま』は公開終了しました。 7月31日   *『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 *『ある時代の出来事』 6/8   *女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。 *光と影 全1頁。 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和6年1/7 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

処理中です...