一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百三十七話 カツサンド

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 昼休み、教室にやってきた咲良の手には、大きめのきんちゃく袋が握られていた、どうやら今日が調理実習の日だったらしい。

「調理実習の親子丼だけじゃ、やっぱ足りねえや」

 パイプ椅子に座り、咲良は菓子パンを二つ取り出した。

「いただきます」

 ミートボールに卵焼き、プチトマト、といったシンプル極まりない弁当だが、これが落ち着く。

「見てよ、これ。今月の新作っつって、コンビニで売ってた」

「甘そうだな」

「チョコとかいろいろかかってるんだって」

 袋を開けた時点で、すでに甘い甘い香りが漂っている。半分ぐらい食べたら休憩挟みたくなるような感じだ。

 ミートボールを食べて口の中は甘辛いというのに、なんだか変な感じである。

「春都たち、昨日だったんだろ。調理実習」

「あー……」

「なに、なんかやだったの?」

「なんか、注目浴びたから」

 ただ親子丼を作っただけなのに、あの後、色々聞かれたんだよな。

 料理はし慣れているのかとか、どうしてあんなに手際がいいのかとか、いつもの弁当は自分で作っているのかとか。

 ちょっと褒められる分には悪い気しないけど、ああも根掘り葉掘り聞かれると疲れる。

「そりゃ聞くよ」

 そう話に入ってきたのは勇樹だ。

「だって今までよく知らなかった同級生が、実は料理上手だった! なんて、注目するほかないでしょ。ギャップの塊って感じ?」

「なんだそれは」

「一年の頃もそういや、盛り上がったっけ」

 二つ目の菓子パンに手を付けながら、咲良が懐かしむように言った。

「初耳だぞ」

「やー、だってなんか手馴れてたじゃん、春都。結構みんな見てたよ」

 去年の調理実習の記憶といえば、薬草でも煎じたんかってくらい苦い野菜スープと、手のかかる咲良の手伝いぐらいなんだが。

 咲良は笑って言った。

「俺の世話してくれてたからさ、みんな話しかけづらかったんじゃない?」

「ああ、そういう……」

「今年は春都いなかったから、頑張ったんだぞ~」

 と咲良はのんきに笑って菓子パンをかじる。

 ご飯をかき集め、ミートボールのソースと合わせながら食べる。トロッとした、どこか爽やかなソースは、ミートボールそのものがなくてもご飯に合うのである。

 まあ、今回の調理実習でさんざん話題になったことだし、次の調理実習じゃ注目を浴びることはないだろう……たぶん。

 自由献立もあるんだっけ。ちょっと楽しみだな。



 さて、明日は休みなので今日はちょっと寄るところがある。

 DVDのレンタルショップだ。

「えーっと、どこだっけ」

 都会のレンタルショップに比べれば品数は少ないが、俺が今見たいアニメの在庫はあるらしいのでよかった。気になってたけど、なかなか借りるタイミングがつかめなかったんだよなあ。

 他に何かあるだろうか。

 DVDも気になるが、ゲームも気になるところである。

「お、これ、予約始まってんな」

 ずらりと並ぶタイトルに、買わないけれどテンションが上がる。いつか自分の好きなゲームとか本とか、そういうのを壁いっぱいに並べた部屋を作ってみたいものである。

「あれ、一条?」

 予約しようかしまいか考えていたら、どこかで聞いたことのある声に呼び止められた。

「おお、守本」

「久しぶりー。なに、ゲーム買いに来たの?」

「いやDVD借りに来た」

「あ、そう。俺はね、暇つぶし」

 西高近いもんなあ。

 貸出手続きを終え、揃って店の外に出ると、守本がふと思い出したように言った。

「そういえばさ、次一条に会ったときに教えたいなーと思ってたことがあったんだよね」

「ん? 何だ」

 守本は不敵に笑った。

「この近くにさ、うまいカツサンド売ってる店があんの。テイクアウトでも、店内飲食でも可。とんかつ屋さんだから、カツの揚げ具合が絶妙なんだ」

 なんと、それは買わずにはいられないだろう。

 その店はバス停の近くにあるらしい。こっち方面にはなかなか来ないから、ノーマークだった。

「行ってみる?」

「ああ」

「よし来た」

 雨が降り出しそうな気配を感じながらも、気になった以上、買いに行かざるを得なかった。



 幸いにも雨は降らず、無事に家に帰りついた。

 手に感じるカツサンドのぬくもりにそわそわする。ああ、とりあえず身ぎれいにしないとな。

「おお……」

 これはまたでかい。ぎっちり箱に詰まっている様子はたまらなくワクワクする。からしも小袋でついているが、足りるのだろうかと思うほどだ。

「いただきます」

 いい色にトーストされたパンに挟まるのは、分厚いとんかつだ。いやはや、パンも決して薄くはないだろうに、カツの分厚さはそれをはるかに勝っている。

 さくっと歯切れのいいパンは香ばしく、染みたソースがうま味たっぷりだ。そして、カツ。

 ソースを吸って幾分かやわらかくなった衣だが、確かにカリサクッとして香ばしい。肉は分厚いながらもやわらかく、そしてジューシーだ。脂身の味もよく、甘みとうま味の絶妙なバランスで次々食べてしまう。

 この分厚さの肉を引きちぎるようにして食べなくていいのは、すごいな。

「これうまいなあ」

 少し挟まったキャベツもいい感じだ。

 ソースは酸味が少なく、塩辛くもなく、甘みがありとても爽やかでカツサンドによく合うのだ。

 からしをつけてみる。ん、辛い。でも、きりっと味が引き締まってこれはこれでいい。

 いやあ、カツサンドだけで腹が膨れるだろうかと思ったが、これはとんかつ定食を食った時並みに腹いっぱいだ。しかも、ご飯大盛り、みたいな。

 なにせ分厚いカツサンドが六切れも入っているのである。まあ、値段はそこそこだが、たまの贅沢にはもってこいだな。

 だって俺、毎日頑張ってるし。



「ごちそうさまでした」
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